第76話 騎士の実力と彼女の秘密

 ついに始まった聖広森の最初期定着ダンジョン攻略。

 俺のもう一つの能力〝信頼力トラステッド〟の恩恵もあって滑り出しは順調だった。


 しかし油断は禁物だ。

 このダンジョンがどれだけ深く厳しいかはまだわからない以上は。


「ピコッテ、過信はするなよ!」

「はいですーっ! うにゃにゃにゃー!」


 それに少しピコッテが前のめりな気がする。先行し過ぎだ。

 トラステッドの効果がより一層強くなったおかげで調子に乗っているからだろう。


「みんなも何か気付いたら逐一報告を! さっきのダンジョンとは訳が違うぞ!」


 もう敵が背後からも襲い来るようになってきた。

 こうなると俺の意識も背後に集中せざるを得ない。

 フォローが薄くなる以上、仲間の協力も不可欠になってしまう。


 だが大暴れするピコッテはともかくとして、他のみんなは至って冷静なようだ。


 特にシルキスはすごい。

 初めて出会った時は俺が圧倒した訳だが、今では逆に一目置くほど冷静沈着。

 光のように鋭く速い剣筋が一切乱れない。

 加えて戦闘機械のような斬撃の嵐で防御すら必要としていないのだ。


 細かいステップを踏むたびに一閃が斬り払われる。

 その姿はまるで踊っているかのようで、とても重厚な騎士とは思えない。


「どうやらシルキスが気になるようじゃのう?」


 そう見惚れていたのをティアに見抜かれてしまった。


「あやつは本来、戦いとは無縁の者じゃった。貴族として振る舞いと教養だけを学ぶ者でしかなかったのよ」


 ……たしかに。

 シルキスは冒険者にしては色白で綺麗な顔をしている。

 装備で騎士に見えるというだけで、体付きもどちらかと言えば細身だしな。


「しかし我があやつを巻き込んでからというものの、ずっと我を守るために戦い続けてくれた。まさしく我の守護騎士とも言うべき存在よ」


 そう語るティアの口元がほころんでいるように見える。

 今のはきっとお世辞でもない彼女の本心なんだろう。


 守護騎士、か。

 どうやらティアはいい従者に恵まれたらしいな。


「そう言うほどだと付き合いも長そうだっ!」


 合間に襲い来る伏兵を斬り捨て、にこやかに言葉を返す。

 するとティアもまんざらではなかったようで、小さな魔法で援護しつつもいじらしい笑みをニヤァと返してきた。


「ああそうよ、たしかもう五百年ほどになる!」

「――は?」


 だが今の一言を聞いた途端、思わず唖然としてしまった。

 聞き間違えたか?


「ちょっとした手違いでのぉ! あやつを不老不死にしてしもうた!」

「僕の話かい? まったくいい迷惑だよね。せっかく普通に暮らしていたのにさっ!」


「まぁ別にいいけど! 下手なの所にに行くよりはねっ!」


 ……どうやらまた聞き違えたようだ。

 聴力が落ちたかな?

 もしかしたら強化薬の配合を失敗したのかもしれない。

 

「ああ、言うのを忘れたがシルキスは元々女じゃ」

「えッ!?」


 ああ良かった、強化薬の配合が間違えた訳ではないらしい。


 ――いやそうじゃないッ!

 シルキスが女性だった!? そんなバカな!?

 見た目は細くも凛々しい男のようにしか見えないんだが!?


 まさか短い銀髪だからそう見えただけ……!?


「不老不死の術をかけた際に性を失ったがのぉ」

「そういうことだから惚れられても困るよ! 愛を返すことはできないからねっ!」 

「出会った時に〝白馬の王子様に憧れております〟なんて言うておった奴の言葉ではないのぉ!」

「そうやって戦いの最中に仲間の動揺を引くのは良くないと思うよ!」


 つまりシルキスは元々、戦いも知らない名家の清楚なお嬢様だったと。

 今まさに血塗られている冷静沈着な騎士が。


 ……まったく想像ができないっ!

 あと頼むから俺の動揺まで引き出さないでくれ!


「なお不老不死とはいえ自己治癒能力はない! 治されないとまともに戦えないからね! その辺りは気にして欲しい!」

「あ、ああ……」


 そうだ、そもそも不老不死というのが驚きなのだ。

 軽く言ってはいたが、本来ならこっちの方がずっと重要だろう。


 しかも不老不死にしたのがティアだと言うが。


 そんな術を使えること自体がまずおかしい。

 そのせいでますますこの人の謎が深まった気がするよ。


 すべてが終わった時、その辺りも踏まえて深く話をしてみたいところだ。

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