第75話 かつてない偉業と男に秘められた新たな可能性

 A級パーティ・グレイズを引き入れ、エルフ精鋭部隊と合流した俺たちはすぐに最初期ダンジョンへと向かう。

 念のためにと俺たちやグレイズの面々にもヒールポーションを投与したし、備えは万全だ。


「いいかよく聞いてくれ、蘇生薬を使うにも個人の限度と有効時間がある! だから死んでもいいなんて思うなよ!?」

「「「了解!」」」

「安心しな、オレらはそんなヘマはしねー」

「グレイズに関しては何の心配もしていないさ」


 ただ進むにつれて魔物の数がやたらと増えている感じがする。

 相当に長い時間を放置し続けていたからかなり増殖しているようだ。

 それも虫型を中心にした魔物の布陣。

 強さよりも数で押してくるタイプか、囲まれると厄介だな。


「褒めてくれるねぇ! なら初見の奴らにオレらの実力を披露してやるとすっか!」

「キャハッ! いっくよぉ~~~!」


 だがグレイズはむしろそういう相手に対して実力を発揮するタイプだ。

 数は速度で補う、そのバトルスタイルは今なお健在。


 ゆえに全方位からやってくる魔物を一瞬にして蹴散らしてしまった。

 三本槍が四方八方を跳ね飛んで貫き、残る魔術士三人が小刻みに魔導弾を放って打ち漏らした敵を狙撃。

 その圧倒的殲滅速度はエルフ精鋭部隊が動く間を与えられないくらいに速い。

 さすがA級の中でもとびきりと言われるだけのことはあるな。


 ならその実力に甘えて、本番まで力を温存させてもらうとしよう。


「あの人たちすごいね!」


 グレイズのこの戦いっぷりを前にミュナも興奮を隠せないようだ。

 なにせ圧倒的だからな、安心感も伴っていて笑顔がこぼれている。


「ああ、あいつらも頼れる同志さ」

「アディンもたくさん知ってる人いてすごい!」

「昔から色んな国に回っていたからね、こういう縁もできたって訳だ。ミュナもいつかそういう友達とかができるようになるよ」

「トモダチ……っ!」


 そうだった、ミュナには友達と言えるような相手はまだいないんだ。

 仲間も仲がいいものの一緒に遊ぶというような間柄じゃないしな。


 しかし友達、か。


 きっと俺にとってグレイズの面々もそういう間柄になるのだろう。

 アルバレストとして共同戦線を張っていた時はよく飲み交わしたものだしな。

 今でこそグワント帝国の国宝パーティとなってもう関わることも無いと思っていたが、こうして縁も巡ってくればそう思わざるを得ない。


 願わくばこの戦いが終わった時、双方ともに無事のまま握手を交わしたいものだ。

 そのためになら酒を奢るくらいはどうってこともないさ。


「まもなく最初期ダンジョンです!」

「ハハーッ! さすがにこの規模はオレたちでもきっついな!」

「無理はするなよ!? 全員が生き残ることが前提の戦いなんだ!」

「わかってらぁ! だが一番きついのはオメーらだ! だから死ぬんじゃねーぞ!?」


「墓標に奢るような金なんざ、オレらは一銭も持ち合わせちゃいねーんだからなあッ!!!!!」


 ……考えることは一緒か。

 なら奴らに大損させる訳にはいかないよな。


 だから。


「よし、なら今から長持ちするとっておきの強化薬を散布する! これで好き勝手に暴れてくれよ! ――〝全能力向上粉薬オールゲイナー〟!」


 これは餞別だ。

 俺たちが共に大損しないための、全員が生きて帰ることを願っての。

 この薬の効果は低いが、一日持続するからきっと彼らの力になってくれるだろう。


「見えました! 入口です!」

「行って! 今度こそ守り切ってみせます!」

「んじゃオレらはこの一帯を掃除しつつもう一ヶ所のダンジョンを潰してくるぜ!」

「おいおい、お前たちもダンジョンに行くのかよ……!」

「その方が守りに入るよりずっと安定するだろうがよ!」

「……わかった、健闘を祈る!」

「オメーらもなぁ!」


 いくらグレイズといえども単独パーティでの攻略は厳しいはず。

 しかし彼らも愚かではないし、何か算段があるのだと思う。


 だから俺はそう信じて彼らを見送ったのだ。

 自らをもダンジョンへと足を踏み込ませながら。


「気のいい奴らじゃったのう。生きて再会できれば良いが」

「ああ。だがその可能性が限りなく低いのは俺たちの方だ」

「そうだね、だからこそっ!」


 その中で一番手を切るのはやはりシルキス。

 即座に走り出し、入口から溢れんばかりに襲い掛かってきた魔物どもを一閃のもとに切り裂く。


「隙は突かせないですーっ!」

「頼んだよっ!」

 

 そうして動きが止まったシルキスの脇からピコッテが飛び出し、大車輪タックルで討ち漏らした魔物をすかさず撃ち倒していった。

 さっきのダンジョンの戦いでしっかりと連携を学んだようだ。


「危なーい! みんなはやらせないんだから!」


 そして追撃の極みはやはりミュナの精霊攻撃。

 魔物だけを切り裂く緑風の刃はこれ以上ない安心感を与えてくれる。

 牽制にもなるからな、シルキスが前に出やすい状況を作ってくれているぞ。


 やはりこれならいける。

 あとはこのコンディションを俺が継続させれば、それだけで。


「ふふっ、アディンよ。お前今、自分が薬の補助があれば攻略できる、とでも思っていたのではないか?」

「えっ、どうしてそれを!?」

「顔に書いてあったわ。こういう緊迫した場面になると存外わかりやすいのう」


 やはりティアは周りをよく見ているな。

 まさかこうも見抜かれるとは思いもしなかった。


「じゃがそれは少し違うかもしれぬぞ」

「それってどういう意味だ……?」

「確信はないが、今ふと感じたのじゃよ」


「お前にはもしかしたら先天的アビリティがあるのかもしれぬ、とな」


 だがティアが途端に突拍子もないことを言い放ってきた。

 俺にもう一つの先天的アビリティだって? そんなバカな。


 一人でそんな力を二つも持つなんて――


「なにも先天的アビリティが一人一つとは限らぬ。かつてには二つ三つ持つ者もおったのよ。ただその力がステータスとして表示できないがゆえにわからぬだけで、もしかしたら誰しもが持ち合わせているのかもしれぬのう」


 そ、そんな事実があったのか。

 たしかに先天的アビリティに関してはまだまだ謎が多いと言われているが。


 なら俺のもう一つの能力とは一体……?


「そこで我は少し試す手段を考えてみたよ。貴殿の力ありなしでどれだけの差ができるのかとな……っ!」


 その時突然ティアが俺から顔を逸らしていて。


 それと同時に炎蛇を生み出し、シルキスたちの頭上から遠方へと撃ち放つ。

 すると途端、進路の魔物が轟炎によってあっという間に焼き尽くされた。


「今のはな、先のダンジョンのボスに放ったものと同じ魔法じゃ。ただしアディンのことを考えずに無心のアホ面で放ったものであるがな」

「え……?」


 俺のことを考えないと威力が落ちる……?

 どういうことだ?

 

「その正体はおそらく、信頼じゃと考えておる」

「信頼……?」

「しかも効果はおそらく、アディンからかけられた強化薬の効果中にのみ発現すると思われる。そうでなければここまでの威力差など出る訳がない」


 気にしたこともなかった。

 強化薬の効果中ともなると基本的にはパワーアップしているから、すべて薬の力かと思っていたのだが。


 まさかそれが俺のもう一つの能力によるものだったなんて。


「名付けるならば〝信頼力トラステッド〟。貴殿を信頼すればするほど力が際限なく増加していくステップバイタイプの支援強化能力じゃろう」


 ……言われてみれば思い当たる節はある。

 戦いが続けば続くほど仲間たちの士気が上がり、従来以上の力を発揮してきた。

 それはアルバレスト時代からずっとで、基本的には体力が続く限り延々と強くなり続けるのだ。


 それを俺はただ「テンションが上がっているだけ」と思っていた。

 だけどそれは違ったんだ。


「しかも戦いは先から続いておる。つまりその能力強化はさらに飛躍して上がっているじゃろう。現に見よ、シルキスたちの力を」


 ああ、わかるとも。

 もはやシルキスとピコッテ、ミュナの三人だけで進めるくらいの強さになっている。

 しかもフルライザー無しで、難易度が最高峰の魔王級であるにもかかわらず、だ。


 むしろさっきのダンジョンの方が苦戦したと思えるくらいだよ……!


「おそらくそのことはあのグレイズの面々も気付いておる。だから彼奴らもダンジョンに行くと言って憚らなかった訳じゃ」

「そうか、そうだったのか……!」


 しかもこの能力は俺が強化した相手全員に際限なく乗る。

 たとえ離れていようとも、別パーティだろうとも関係無くだ。

 強化薬が続く限り、信頼する限り。


「……ならばもしかしたらやれるかもしれんぞ? 二つの定着ダンジョン同時刻攻略という偉業をな」


 ティアがそう言うほどなら本当に可能かもしれない。

 俺たちとグレイズ、そしてヘーレルたちもが生還して戦いを終わらせることが。


 俺を中心にして強化を与える力、トラステッド。

 そんな能力がもし俺にあるというのならば、今はその力を信じてみよう。

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