第68話 聖王の決意と英雄王の意思

 ミルコ国王の父親殺害疑惑がまさかこんな遠方の地で浮上するとは。

 まだ確定情報じゃないが、かなり信憑性の高い話だ。


 これは今回の件が片付いたら少し手を打たないといけないかもしれない。

 ただ報告するにも信頼のおける相手じゃないと危険だな。


 でなければ政治利用されてしまう可能性も多いに有り得る。

 それこそ戦争の火種ともなりかねないから扱いに気を付けなければ。


「まさかそのような理由があったとはな。我がこの地を離れている間に随分と歴史が動いておったようじゃの」

「言うて僕はちゃんと聞き及んでいるけどね。ラグナントの王が変わったってくらいの話だけど」


 二人が詳しく知らないのも無理はない。

 遠い他国にいればおのずと関心も薄れるものだから。


「だがしかし、それでもこの地に籠るだけではいつか本当に魔物が攻めてきかねぬ! 定着が広がれば広がるほど魔物が力を付けるのは知っていよう!?」

「わかっている。だからこそだ。今だけでも平穏を過ごし、混沌を忘れる必要があろう。もし心が恐怖に呑まれてしまえば次第に耐えられなくなり、今よりももっと凄惨な地獄が訪れかねないのだから」


 それはきっとエルフたちも一緒なのだろうな。

 だからこうして諦めて自分たちだけで引き籠ろうとしている。

 デリス王という心の支えが失われた今、彼らを守れるのはこの聖王しかいないのだ。


 だけどそれは聖王自身も認めた破滅への道でしかないんだ。

 里のエルフたちを現実から背けさせ、いつか来る滅びを知らずに待つだけの。


 ……そんな結果に至らせる訳にはいかない。

 俺たち人間にとっても、彼らエルフにとってもそんな結果を望む奴なんて誰一人いないはずだ!


「わかった。だったら今すぐ魔物をこの森から排除すればいい」

「できるものか。奴らの強大さはもはや並みの人間では――」

「いいや、やってやるさ! 定着を無かったことにすればいいんだろう!?」

「アディン、お主……」


 放っておけるわけがない!

 滅びを認めるわけがない!

 俺はそこまで楽観的でいたいとは思わない!


 魔物がいるなら徹底的に排除しよう。

 それが俺たち冒険者の仕事なのだから。


「ミュナごめん、俺はやっぱり冒険者だ。最初は君を助けたら引退して二人で穏やかに暮らそうとも考えていたけど、困っている人を見過ごすことはできそうにない」

「アディン……」

「だからせめてこの国だけでも救わせてくれないか? その後のことは終わってから考えて――」

「ミュナはアディンと一緒にいられるなら冒険者でもいい! だから一緒に戦うの!」

「……ありがとう、ミュナ」


 ミュナの理解を得られたのならもう問題はない。

 ピコッテも頷いてくれているし、きっと彼女も同じ想いなのだろう。

 だったらもう止まる理由はないよな。


 なら何が何でもこの森の魔物どもを大人しくさせてやる。絶対にだ!

 それがミュナやこの森に住む人たちのためになるのなら。


「そなたがやると? 本気か?」

「二言は無いよ。そもそも俺たちはそのためにこの国へやってきたのだから」

「……そなたからはあのデリスにも似た気概を感じる。まるでかの者の血を受け継いでいるかのようだ」

「いや、俺は普通の家に生まれた普通の人間でしかありませんよ。ある親友とは違ってね」

「ではなぜそこまで意気込める?」

「その親友に教えられたからです。〝人を救うことはいつか自信となり、力となる時が必ず来る〟と。そんな志を持つアイツが傍にいたから俺も同じように育てたんだと思います」


 そう、この行いはひいては俺のためにもなる。

 人を救って自信を得て、さらに大きな困難へ立ち向かう力にするんだ。


 そうし続けたおかげでアルバレストは世界に名を轟かすことができた。

 それが仲間を支え続けてくれたフィルの言葉の成果なのだ。


 だからアルバレストを離れても俺は決して忘れない。

 その志を、自信を、そして自分の願いを。


 ミュナが安心できる世界を作るまで俺は救い続けたいと思う。

 彼女がついてくるというのなら、もちろん一緒にね。


「……わかった、いいだろう」

「でしたら俺たちはこれで――」

「待て」


 そう心に決めて踵を返そうとした時だった。

 聖王がさっきよりも声を大きく上げて引き留めてくる。


「ならばこの宝珠を持っていくがいい」

「えっ!?」


 しかもいきなり何を言い出すかと思えば。

 エルフの里の要である宝珠を持ち出すなんてできる訳がない。


「いや、その宝珠はこの里を守るためのもので――」

「たった数日であれば我らの力だけでも守れよう。ならばその宝珠の力で奴らの拠点の傍まで戦わずして向かえる方が有用的であろう」

「聖王様……」

「私はそなたにかつてのデリスの姿を見た。ならば信頼したいと思う。そしてどうか成し遂げてほしい。その宝珠を託せし英雄王、その志と共に」


 ……そうか、聖王はまだ諦めていなかったんだな。

 今までは救える可能性が限りなく薄いから、もっとも救いのある選択肢を選んだだけで。


 だったら。


「わかりました。デリス王は俺にとっても憧れる存在であり、目標でもあります。そんな方の志と共に、ということならば喜んで引き受けましょう」

「よろしく頼む。どうかこの聖広森に以前のような穏やかさを取り戻してくれ……」


 俺がデリス王の代わりになればいいのだ。

 別にエルフたちの希望になりたいだとかそんなつもりではなく。

 ただ救える者を救う、その志を裏切りたくないだけで。


 それが結果的にデリス王への報いにもなると思うから。


 話を終えると、聖王が幹に埋もれて姿を消す。

 まさかもう一体化してしまったのだろうか?


「安心せよ、もう話すことは無いと思って引っ込んだだけじゃ」

「そうか。なら宣言通りさっそく魔物退治に向かうとするかな」


 心配いらないというのならそれでいい。

 あとは次に起きた時に朗報を伝えられるよう頑張るだけだ。

 なんてことはない、いつもの魔物退治と同じさ。


「しかし正気か? まさか貴殿は本気でこれから定着ダンジョンを潰すと?」

「ああ、今までそうしてきたからな。いつも通りのことだよ」

「……こう長いこと大賢者を名乗ってきたが、貴殿のような馬鹿を見るのは初めてじゃよ」

「馬鹿だなんて酷いな」

「いんやこれは褒めておるのよ? 相手は誰もが恐れる化け馬だというのに、あろうことかかよわい鹿扱いしてしまう奴だとな」


 はは、物は言いようだな。

 だけど悪い気はしない。


「じゃが気に入った。ならば我とシルキスも連れて行くが良い。丁度大暴れしたいと思っていたところじゃ」

「そうだね、根本を断てるというのなら力を貸すのも吝かじゃない」

「いいのか? 危険だぞ?」

「どちらにせよ我らだけではせいぜい小物狩りと魔物憑きの処理しかできぬ。ならば少しでもアディンの力になりたいと思うよ」

「わかった、ありがとう二人とも!」


 二人が来てくれるというのなら心強い。

 底力こそまだ知れないが、相応に強いことは間違いないからな。

 今はドルカンやウプテラを待っている余裕はないし。


「パーティ結成に関しては問題無いですー! ドルカンさんとウプテラさんは離れていますし、退魔紋でできるのは形式的な話でしかありませんから!」

「よし、なら二人ともよろしく頼むよ!」

「うむ!」「もちろんさ!」


 ひとまず障害はなさそうか。

 なら後は向かうだけだが、少し準備はしたい所だ。


「じゃあ出発前に準備を整えたいんだけど、そこでティアに一つ頼みがある」

「なんじゃ?」

「このエルフの里に薬品の素材を扱う店か貯蔵庫はないだろうか? ほんの少しだけでもいいから分けて欲しいんだ」

「ふむ、そういえばアディンは薬士であったな。よかろう、案内しよう」


 なんたってここは古から続くエルフの里だからな、もしかしたら人里には出回らないような有用的な素材が見つかるかもしれない。

 彼らだけの製法で編み出した特殊な素材とかもきっと。


 そんな期待を胸に、俺たちはティアに案内されて里の貯蔵庫へと向かうのだった。

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