第66話 エルフ聖王と聖界の宝珠

 ティアに案内され、エルフの中央里を進む俺たち。

 里は想像を越えて広く、この聖広森がどれだけ大きかったのかを暗に悟らせてくれた。


 ただエルフたちの俺たちを見る目はやはり忌避的だ。

 見掛けるや否や逃げたり、見下した眼差しを向けてきてばかりで。


「着いたぞ、ここが聖王の住む古代樹だ」


 そんな刺々しい視線を潜り抜けてようやく目的地へと辿り着く。

 今までで最も大きい樹の幹が印象的の、樹をくり抜いて建てられた社だ。


「入るぞ聖王。お前たちもついてこい」


 でもティアは今まで通りの横柄な態度のままズカズカと社へと入っていく。

 中は暗くて前も見えないというのに。


 しかしこう言われてもさすがに緊張せざるを得ない。

 それはシルキスも同様らしく、歩き方が少し頑なになっている。

 まぁティアのように横柄でいるよりはずっとマシだろうけれど。


「ようやく来たか、大賢者スティーリア」


 そんな時、掠れた低い声が社の中に響く。

 それと同時に暗かった内部に薄緑色の明かりが灯り始めた。


 円形の空間に、中央には柱のような影。

 だがその柱の様子がハッキリと見え始めた時、俺やピコッテは動揺を隠すことができなかった。


 人が樹と一体化していたのだ。

 僅かに人の姿らしき模様は見えるが、ほぼほぼ樹と言っても過言ではない。


 まさか、これが聖王……!?


「ああ、はるばる来てやったぞ。しかしたった百年来なかっただけで随分とした待ち焦がれようではないか」

「次はできる限り早く、と願ったはずなのだが」

「しかし完全に古代樹の一部となる前にやって来られたのだ、感謝されてもケチを付けられる覚えはないわ。のぅ、ディーヤ坊?」

「まだ私を坊扱いするか、相も変わらぬな」


 どうやら間違いなさそうだな。

 口らしき模様が動き、ティアと会話を行えている。

 ただ少し動きづらいのか、言葉がとても緩やかだが。


 それにしても古代樹の一部になる、か。

 聖王という者にはそうしなければいけないしきたりでもあるのだろうか。


「まぁいい、余計な話は省かせてもらう。単刀直入に聞くぞ」

「……わかった」

「なぜお前たちは人との関わりを諦めた? なぜ魔物を放置すると決めた? すでに多くの同胞が犠牲になり、魔物の傀儡となったのは知っているであろう?」


 でもティアは俺たちの疑問や動揺などすっ飛ばし、本題を始めてしまった。

 しかも杖を都度地面へと突くなど、まるで怒りを露わにしているかのようだ。


「それが最も正しい手段だと判断したからだ。我らの力だけでは魔物に立ち向かうことはできぬ。なれば共存することもまた自然の摂理であろう」

「バカな!? 魔物は異界の異形ぞ!? 共存など到底ありえぬ! いつかここまで侵攻してきてまとめて傀儡とされてしまうぞ!?」

「いいや、それはない。奴らはここに入ることなどできぬ」

「なに……!?」


 しかし途端、ティアもが動揺を見せる。


 すると聖王の傍の床がぐにゃりと開き、何かがまっすぐ伸びて来る。

 何か青い水晶玉のような物を乗せながらに。


「こ、これは……!?」

「これは〝聖界の宝珠〟。およそ四〇年ほど前にとある人間と和平の約束を交わした折に貰った物だ」


 宝珠からは淡い光が零れ、まるで陽光のごとく微かに周囲を照らしている。

 だけど決して眩しくはなく、温かみさえ感じるほどだ。


「この宝珠はかつてよりこの聖広森を守り続けていた。おかげで魔物がやってこようとも退けることができたのだ」

「ならなぜ今になって魔物が定着を起こしておる!?」

「それはこの宝珠の力がつい最近、急激に衰えてしまったからだ」

「なっ!?」


 宝珠をよく見てみれば、内部に幾つもの魔導式が織り込まれているように見える。

 相当に強大な力が閉じ込められた超高度な退魔導器だ。


 だけどこれは規模からして一個作るのにも何十年とかかる代物。

 それこそ他国などに軽々と渡せる訳もないのに、なぜそんな物がここに?


「間に入って申し訳ない、見た所それは退魔導器とお見受けするのだが?」

「……これを少しは知る人物がいたようだ」

「ほう、アディンはこれが何か知っておるのか?」

「ああ、多少なりに知識があるのでね。まぁコイツの超強力バージョンって奴だ」


 そこで俺は口を挟むついでに右手の甲を叩いて退魔紋を見せる。

 するとティアもようやく納得したらしく頷いてくれた。


「これはいわば国宝級の退魔導機だと思う。その証拠にこれだけ大きな聖広森を四〇年も守り続けて来られたのだから」

「だがたった四〇年では一代も持たないではないか」

「そこだよ、俺によくわからないのは。どうしてその退魔導機がもう力を失いかけているのか。本来は壊れない限り永続的に持つはずなのに」


「――だけどこの退魔導器は壊れているようにはとても見えない」


 チラリと見た感じだと自己修復の魔導式も見えた。

 つまりこの退魔導器は経年劣化にも耐えうる性能も有しているということだ。


 それでもあえて原因を挙げるならば、外的要因ではなく退魔導機自体の仕組みが何かしら働いた可能性がある。


「……正解だ」

「「「ッ!?」」」

「言った通りこの宝玉は壊れてはいない。ただ〝本来の力を出せなくなった〟だけなのだ」


 やはりか。

 だったら一体何が原因で……?


「この宝玉を託してくれたのは、かつてこの森を救ったかの英雄王」

「英雄王……それってまさかっ!?」

「そう、当時のラグナント王国、直系第一王子であったデリス=カイル=ラグナントだ」


 ま、まさかここであのデリス国王の名前が出てくるとは。

 こんな縁もゆかりもなさそうな遠く離れた地だというのに……。

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