第65話 珍しいほどに素直な二人と謎の言葉の秘密

 聞けば聞くほどティアさんという人物像がよくわからない。

 賢者なのか、ただのミーハーなのか。


「じゃがエルフが人間世界と隔絶する前は我のような者はそう珍しい存在ではなかった。みな活気に溢れ、積極的に人間と交流を深めていたものよ」


 こうやって知識は本物っぽいんだけどな。


「それがなぜ隔絶してしまったんだ?」

「種族愛が強過ぎるせいじゃな、しゅっしゅ!」


 種族愛……?

 長寿で我の強いエルフが?


「エルフは長寿じゃが子が産まれにくい。ゆえに個の存在価値を尊ぶが、数が減るということに顕著なほどの嫌悪感を抱く。だからこそ一人死ねば集団そのものが怯え狼狽え、一人殺されれば集団がまるごと恨みを抱く」

「そして集団が恨みを抱けば、種そのものもが恨みを募らせてしまうって訳だ」

「そう、そして長寿であり賢いがゆえにいつまでも覚えている。だからこそ過去の禍根を断つことができぬ。それが続けば自然と隔絶の道を辿るものよ」


 なるほどな、それが種族愛か。

 別の意味でいえば感受性がとても強いということだろう。

 他者の喜怒哀楽の影響を受けやすいから、隔絶した方が穏やかに過ごせると。


 隔絶はれっきとした正当進化の結果なんだな。


「しゅっしゅ! しかし我は長年の修行により自らの感情をコントロールできるようになった!」

「僕はできてないと思うけどなぁ」

「黙れシルキィィィス! 消し炭にしてやろうかぁ!?」

「そういう所だよティア……」


 ……。

 ま、まぁ自我をコントロールすることはできているのだろう。

 むしろ人間側に立って物を考えてくれているのはとても助かる。


 他のエルフにもティアさんのような考えを持つ人がいればいいんだが。


「それはそうとアディン、もう『ティアさん』などと呼ぶのはよせ。今の我らは同志であろう?」

「なら僕も呼び捨てで構わないよ」

「二人とも……わかった、なら遠慮なく呼ばせてもらうよ」


 いや、ここまでフレンドリーな人は人間でもそうはいないか。

 二人の人が良過ぎて疑うのがバカらしく思えるくらいだしな。

 ピコッテも終始ニッコニコだし、よほど二人の気遣いが嬉しいんだろうな。


 だったら俺たちも。


「それと同志ついでにちょっと聞いて欲しいことがある」

「なんじゃ藪から棒に」

「実はミュナは俺たちの言葉がわからない。だから意思疎通薬を飲まないと会話ができないんだ」

「ほぉ?」

「それなのでどうかこの意思疎通薬を飲んでもらっていいだろうか?」

「うん、いいよ」「よかろう、よこせ」


 本気で疑わないんだな、この二人。

 ここまで素直過ぎると本当に清々しいよ。


 そこで俺は二人に薬の入った瓶をあえて渡すことにした。

 今はもう材料も潤沢にあるし、能力に関して知らせる必要はまだないからな。


 二人が薬を飲み始めると、もうミュナのワクワクが止まらない。

 まるで二人に早く話し掛けてほしいと言わんばかりだ。


「これで我らの言葉が通じるか?」

「うん、わかる! やった、話せるのうれしい!」

「ウフフッ。だがしかし言葉がわからぬとは難儀よなぁ」

「仕方ないよーだってミュナもパパとママの言葉覚えてないもん」

「え? じゃあ君の言葉って?」

「あれはね、ミュナレーゼ語!」


 そうか、そういうことね。

 通りで今までに聞いたことのないニュアンスの言語だと思っていたよ。

 まさかミュナオリジナルだとは思いもよらなかった。


 それでも話すことに憧れはあったんだ。

 親や同族が話していること自体の記憶はあるから。

 でも育った後も忘れられなくて、きっとそれで一生懸命自分で考えたのだろう。


「じゃあ精霊という言葉はなんで知っていたんだ?」

「うんとね、それだけ覚えてるの。ママが教えてくれたことだけハッキリ!」

「なるほど、だから通じたのか。最初は神秘的な現象かと思っていたけど、実はずっと単純な理由だったんだな」


 親御さんも大事なことだけは教えてくれていたってことか。

 ならミュナも俺も助かったのはすべて彼女の両親のおかげなのかもしれない。


 ……ありがとうございます、ミュナの親御さん。

 これからも俺が彼女を守ってみせますから、どうか安心して見守っていてください。


「精霊、ねぇ」

「それがどうしたんだいティア?」

「いんや、なんでもないよ」


 そんな会話を交わしていたらようやく建物から出ることができた。


 すると現れたのは高く太い幹が無数に並んだ自然あふれる景色。

 空高くから差し込む木漏れ日が里の神秘性を一層強くしてくれているかのよう。


「さ、ここからもしばらく歩く。しっかりついてくるがよい」


 その景色の中を、俺たちはティアに誘われつつ悠々と歩き始める。

 聖王とやらにエルフの生存戦略についての真実を尋ねるためにと。




 しかしこの時、俺は妙な胸騒ぎがしてならなかったのだ。

 この自然と静寂に包まれた中央里が想像を越えて澄み切っている、その違和感を肌で感じることによって。

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