第64話 エルフの世界とらしくない賢者

「う、うう……ここは?」


 気付いたら俺は薄暗い天井を見上げていた。

 しっとりとした微かな明かりで模様が見える。

 まるで絡み合った細い樹木の塊をくり抜いてできたようなうねり跡だ。


「アディン、起きた!?」


 そんな視界に突然ぴょんっとミュナの顔が飛び込んでくる。

 嬉しそうな笑顔だが、眉が下がっている辺り不安にさせてしまったようだ。


「ミュナか、良かった……夢じゃなかったんだな」


 だからと彼女の頬に手を充てて安心させてあげる。

 俺も不安だったから丁度いい。


「もちろんだよアディン、ここはもう中央里だから安心して欲しい」

「シルキスさん……そうか、無事に辿り着いたんだな」

「とっても心配したですー!」

「ごめんよピコッテ、でもおかげで助かった」


 ピコッテもシルキスさんも続いて俺を覗き込んでくる。

 やはり気絶はよくないな。みんなを心配させ過ぎてしまう。


「そういえばティアさんは?」

「彼女は今、このエルフの国の聖王との謁見許可を得るために奔走していると思う」

「彼女ほどの人物でもすぐに会えないのか?」

「まぁね、相手は普通の王様じゃあないからさ。きっと僕たちも同伴させるつもりだから余計に手間をかけているのだと思う」


 僕たちも、か……。

 それならエルフの国の事情だけでなくヒュエーラフや煌燐の聖女についても尋ねてみたいものだ。

 もっとも、それは今の最悪の状況を覆せたらの話だが。


 ここは安全だというが、きっと言うほど短絡的な話ではないだろう。

 あのメイドエルフたちも必死なように見えたし、エルフたちに広がる不安はそれなりに大きいはず。

 それを取り除かないと落ち着いて話なんてできやしない。


「それにしてもアディン、体の方はどうだい?」

「気分的には問題はないかな。ゆっくり寝られたからだと思う」


 そこで俺は体を起こし、両手を握り締めてみる。


 ……うん、体の方も別段違和感はなさそうだ。

 気絶する前の倦怠感が嘘のようにも感じる。


「たった五時間ほど寝ただけなのにね。君の体は一体どうなっているんだい?」

「どうってことはないよ。小さい頃から少ない時間を寝るだけでもいいように訓練していたからさ」

「なるほど、根っからの冒険者ってことか。たくましいね、羨ましいくらいだ」


 これだけ快調なのはゆっくり寝られたおかげでもあるが、他にも理由がある。


 いざ息を吸い込んでみると、澄んだ冷たい空気が指先に至るまで浸透してくるように感じるのだ。

 きっとこの場所の空気が特別良いからなのだと思う。

 神聖性さえも感じる辺り、エルフの里がいかに自然に溢れているかがよくわかる。


 ……などと、そうしみじみと感じていた時だった。


「よしお前たち! 聖王に会いに行くぞ!」

 

 途端、「バターン!」と荒々しく扉が開かれてティアさんが姿を現す。

 どうやら蹴り開いたようで、脚を上げ開いた姿が実に荒々しい。

 その粗暴さからは神聖性など欠片も感じる訳もなく。


「君ねぇ、賢者なんだから少しは慎ましやかにできないのかい?」

「この扉は立て付けが悪かった。ならば蹴り開いた方が早かろうが」


 薄々感じてはいたことだが、ティアさんは口よりも先に手が出る性格なのかもしれない。

 それで大賢者と言われると疑問も浮かぶが、そこは黙っておいた方が賢明かな。


「聖王との謁見の許可が下りた。人生で一度有るか無いかの機会じゃぞぉ」

「ならありがたがれと?」

「いいや存分に悦に浸ればよかろう。我がおるゆえ普段通りでもかまわぬよ」


 とはいえハイキックしようとも大賢者であることに変わりはないらしい。

 ニヤリとした自信満々の笑みを見せつけると、「早く来い」と言わんばかりに手招きして誘ってくる。

 こっちは今しがた起きたばかりだというのにお構いなしだ。


「先方もそう時間を取れぬからな、こちらが合わせなければならぬ。じゃから急げ」


 まぁ俺も体調がしっかり整っているみたいだから問題はないが。

 だからと手早く起き上がり、みんな揃ってティアさんの後をついていく。


 しかしティアさんの様子が森の時とはなんだか妙に違う。

 歩きながら細い腕拳を交互に放ち、「シュッシュ」と口ずさんで妙にハッスルしている。


「ティアさんってこんなスポコン派だったの?」

「いや違うんだけどね。なんか君の戦いを見て触発されたみたいだよ」

「ええ……」

「フフン、我は他のエルフと違って肉体的強さにも憧れておるのじゃ! 見よ、この見事なエルフ☆ストレートを! しゅっしゅ!」


 ますますよくわからないな、この人。

 賢者なのに単純そうだし。


「基本的に乗せられやすいんだよこの人。流行りとかにも目がないし」

「流行を先取りすることこそ時代の最先端と言えよう! すなわち我こそが最先端エルフという訳なのじゃ!」

「なるほどね、それでナウでヤングなエルフってこと」

「今どきそんな古臭い言葉使ってる人いないですー……」


 ああ、俺も使ってる人を見るのは初めてだよ。

 せいぜい「昔はこんな流行り言葉を使っていた」くらいしか知らない。

 その辺りはさすが長寿エルフ、年月の感じ方が違うのだろうなぁとしみじみ思う。

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