第63話 エルフたちの生存戦略と納得できない大賢者
大賢者スティーリア、それがティアさんの本名か。
その実力といい、グシタンの言う女神と無関係とはとても思えないのだが。
ただ彼女の言うことは限りなく真実に近いらしい。
たちまちメイドエルフたちの顔面が蒼白となり、直ちに地面へひれ伏してしまった。
捕まっていた他の三人のエルフも同様に。
「たたた大変申し訳ございません!!! あなた様がまさかあの伝説に聞く大賢者スティーリア様とは思いもよらず!」
「気付くのが遅いわ愚か者どもめが。まぁ容姿を見てわからぬのも無理はないがな。こうプリチーでナウでヤングではわかるまい」
「ティア、そう虚勢を張る必要はないんだよ」
「虚勢ではない事実じゃあ! 我はアゲアゲなのじゃあ~~~!」
……まぁたしかに見た目は若々しくて綺麗なのは認める。
ただちょっと時代観を感じるのは長寿のエルフならではって所かな。
「と も か くぅ! 事情を話さぬのならば我自らが貴様らに引導を渡してやろう」
「お、お待ちくださいスティーリア様! これには深い訳が!」
「知るか痴れ者め。我の言葉がすべてにおいて優先されることも忘れたか?」
「う、うう……」
ただもうメイドエルフたちに付け入る隙はないな。
このままだとティアさんは本当に彼女たちを焼き捨ててしまいそうだ。
「わかりました、お話いたします! ですからどうかお許しください……っ!」
「許すかどうかは事の次第じゃ。さあ話せ」
「……我々は聖王様直属の派遣精鋭部隊にございます。聖王様の命を受け、同胞たちを中央里へと集める任を受けておりました」
聖王?
それってこの森にあるエルフ国の国王のことだろうか?
「ではなぜ同胞を集める?」
「保護のためにございます」
「保護だと? この森で魔物憑きが増えていることは承知であろう?」
「はい。ですが中央里に限っては安全であると聖王様はおっしゃっておりました」
「ほう……?」
こんな話を前に、ティアさんが首を傾げて顎を手に取っている。
どうやら彼女でも知らない事情がここのエルフの国にはあるようだな。
「聖王様の話によれば、〝世界は間も無く終焉を迎える。そうなる前に同胞をここに集め、新しい時代のために我々だけでも生き延びなければならない〟と」
「バカめが、発展する力に乏しいエルフだけが生き残って何の意味があるというのだ……!」
それにしたって世界の終焉、か。
ずいぶんと大袈裟な表現だが、実際に現実味を帯びているから笑えない。
この森ではもうだいぶ定着が広まっているはず。
冒険者の数が足りなくなるほどに広いせいで収拾がつかないからだ。
もしかしたらこの森を足掛かりにして他所へ移った魔物だっているかもしれない。
そうなれば転移定着は免れないだろう。
ここを機に魔物の分布地が一気に周囲へ広がってしまうこともあり得る。
そうなればまさに世界の終焉、魔物の勢いを止められずに人類が滅ぼされる未来はそう遠くない。
だがその中であろうとエルフの国は存続できる自信がある。
何とも理解しがたい不思議な話だ。
どうやらそれはティアさんもシルキスさんも同じ想いらしい。
二人も顔を合わせて頷いていて、再びメイドエルフたちに厳しい視線を向けている。
「ならば中央里へ案内せよ。我が自ら聖王の奴に問い質してやるわ」
「わ、わかりました」
「なら俺たちもひとまずついて行った方がいいよな?」
「そうだね、ここにいるのはもっと危険だ」
「誰が貴様らまでをも連れて行くと――」
「ほぉ、我の親愛なる友人たちを差し置くと? 随分と偉くなったものよなぁ三下風情が……!」
「あ、あああ、ももも申し訳ございませんっ! 直ちにご案内いたしますぅぅぅ!」
親愛なる、ね。
ティアさんも俺たちに振り向いてペロリと舌を見せているし、相当な策士だと思う。
ついさっきまで戦い合った間柄なだけに受け入れるべきか悩ましいが、でも今は素直に好意を甘んじるとしようか。
「ところでアディンよ、貴殿のその足で中央里まで行けるか?」
「えっ?」
「同じ森の中とはいえ、まだ相応に遠いぞ?」
しかし途端にティアさんからこう言われ、思わず自身の膝へと目を向ける。
するとそんな自分の足は気付かず内に震えていて。
おそらく今までの体の酷使で限界が近いのだ。
薬の副作用が消えたとはいえ、ミュナが消えてから一睡もせずに体を動かし続けているから。
「あ、ああ、なんとかする……」
「なんとかなりそうな顔じゃないですー! どんどん青ざめてるですー!?」
でもミュナが無事だとわかったから、かな?
張り詰めた気が、緩んでしまったようだ。
気付けば尻餅まで突いてしまっていた。
これは本格的にまずい、かもしれない。
「心配しないでアディン、ミュナ担いでいく! これでも力持ち!」
「ははっ、君はたしかに彼の言う通りティアとはまったく違うね。まぁでも一人に任せる訳にもいかないし、僕も手伝うよ」
意識が薄れていく中、ミュナの柔らかい肌の感触が体に伝わる。
彼女のものだとわかるくらいに心地いいんだ。
だったらもう、任せても、いい、かな――
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