第62話 古の大賢者とその冷徹なる眼差し
「あ、アディン!」
「ミュナッ!!!」
行方不明だったミュナをようやく見つけることができた。
ただし彼女を担いでいたのは拠点の屋敷で寝食を共にしたメイドエルフたち。
まさかの誘拐犯の正体に動揺を禁じ得ない。
だが詳細はミュナを返してもらってから確かめればいい!
俺は彼女の名を叫んだ時、すでに飛び出していた。
身体能力強化の薬品を投与した状態で、全力をもって。
ゆえに俺の右掌は先頭にいたあの生意気な金髪女の顔をもう掴み取っていて。
「速っ――」
その首をねじ切らんばかりに手首を捻り、押し込み、その体ごと投げ飛ばす。
それもその傍にいたもう一人を巻き込み、吹き飛ばして木の幹へと叩きつけた。
「コイツッ!?――」
直後その裏にいた者にも左手刀で首を打つ。
竜巻のごとく身を捻らせ、断ち切ることさえいとわない覚悟で。
鈍い音と共に三人目が弾き飛ばされる。
さらにその反動を利用し、握られていた右拳が瞬時に四人目の脇腹をえぐった。
「な、なんだコイツの強さはッ!?――」
けれど動揺する暇など与えはしない。
即座にミュナを担いでいた五人目の腹に膝蹴りを見舞い、回し蹴りで六人目を巻き込むようにして二人同時に叩き飛ばしてやったのだ。
そうして跳ね上げられていたミュナともう一人の被害者を受け止め、地面へ降ろしてあげる。
そこでようやくシルキスさんとティアさんが駆け付けてくれた。
「君は化け物かい!? たったの一瞬でここまでよくやる!」
「薬品の力を使えばこれくらいは誰でもできるさ」
「ほぉ? そんな台詞を華奢な我も一度くらいは吐いてみたいものよな!」
もちろん二人も臨戦態勢だ。
残る二人に剣と杖を突きつけていて、降伏を誘っているようにも見える。
「今担いでいる二人も今すぐ解放せよ。さもなくば消し炭じゃ」
「わ、わかったわ、降参する!」
二人も見た目で魔物憑きかどうかを判断することはできないのだろう。
ちゃんと無駄な殺生を避けている辺りは好感が持てるな。
むしろ俺の方がやり過ぎたかと思えるくらいだ。
三人目と四人目は白目を剥いて気絶。
他の奴らも呻き声を上げて地面を転がっている。
人攫いをしたのだから当然の仕打ちだろうが。
「アディン! うちゃたや!」
そう状況を確認していたら突然ミュナが胸に飛び込んで来た。
それも腕を回してギュッと抱きついてきて。
そこで俺はすかさず意思疎通薬を彼女の口元へ。
彼女もそれを見るとハッとしてから受け入れ、素直にグッと一飲みしてくれた。
「ミュナ無事か!? 魔物を好きになったりしていないか!?」
「そんな気持ち悪いことする訳ないよぉ!」
「良かった……君がまだ無事で、本当に、良かったッ!」
そんな彼女が無事だとわかったからか、つい感極まってしまった。
たまらず俺も彼女を抱き締め、震えた肩をさすってあげる。
「そしてごめんなミュナ。俺、君のことをちゃんと見てあげられていなかったんだ。君のことを思っていたつもりで、自分のことばかりで……」
「ううん違うの、そうじゃないの! そうかもしれないって思っても言いたくなくて、でもフワフワしたら言いたくなっちゃって、でもあれは本心じゃないの!」
「ミュナ……」
するとミュナが俺の胸に顔を擦り付けながらこう訴えてきた。
それで今度は涙目の顔で見上げてきていて。
「だからミュナもごめんなさい! アディンがいつも大変だってこと知ってる! 一生懸命がんばってるってミュナも知ってるの! だから、だから……」
「うん。でもミュナもがんばってるだろ? 言葉がわからない世界に来て不安も多いのに一生懸命ついてきている。それは一緒なんだ。それなのに俺は……」
「だから違うの! ミュナが悪いの!」
「いや俺も悪い! ミュナのせいじゃない!」
だけど俺もいっぱいいっぱいだ。
罪悪感がとめどなく溢れて、自身を責める彼女をついかばってしまう。
そのせいで妙な言い合いが止まらない。
でも途端、彼女の顔が迫って俺の下唇をはむりと噛んだ。
ただしとても温もり溢れる甘噛みだ。
唇の粘膜が二度三度と肌を艶めかしく滑るような。
その優しさからまるで彼女の想いもが伝わってくるかのようだった。
もうこれ以上の不毛な問答なんて必要ないよ、と。
そう感じてしまったら俺の感情ももう止まれはしなかったのだ。
背伸びするミュナの腰を取り、求められるままに唇を重ねてしまっていて。
「おぅおぅ情熱的じゃのう~、羨ましい限りよ」
「ダメじゃないかティア、横やりを入れちゃ……」
「場もわきまえないのが悪いのじゃっ!」
……ま、まずい、二人の世界に没入し過ぎてしまっていたようだ。
気付いたら二人や他の被害者たちも苦笑していてなんだか気まずいぞ?
さすがのミュナもこれには恥ずかしかったようで、照れながら唇を離してしまった。
少し残念でならないがこればかりは仕方がないか。
「さぁて次はそなたらだが……そちは人か、それとも魔物かえ?」
そんな中、ティアさんの視線がメイドエルフたちに向けられる。
しかし途端に場の空気が凍り付いたような気がした。
なんだ、このゾクリとするような威圧感は?
まるで憎悪が溢れ出てくるようにさえ感じる。
このティアという人物、いったい何者……!?
「う、うう、我々が魔物だと!? そんな訳があるまいっ!」
一方のメイドエルフ側はその気配に気付いていないようだ。
最初に倒した奴が起き上がろうとしながら強気に咆えている。
「ほぉう? ではなぜエルフを攫う?」
「そう易々と話してたまるかっ! 殺すなら殺せばいい!」
「そうか」
だがそんなメイドエルフたちも徐々にその顔を歪めていく。
ようやくティアさんの纏う異様な気配に気付いたようだ。
彼女が頭上で舞わせる炎の巨大蛇龍を目の当たりにしたことで。
圧倒的な魔力による炎塊だ。
触れた木々や葉が延焼するのではなく、一瞬で消し炭と化しているのだから。
彼女がよく「消し炭だ」などと呈していたが冗談ではなかったらしい。
あんなものを放たれれば人ですら一瞬で消え去るぞ……!?
「あ、ああ……」
「ひいっ!?」
おかげでメイドエルフたちが揃って怯え震えてしまった。
無事な二人もぺたりと尻餅を突き、歯をガチガチと鳴らせてしまうほどに。
「まったく、我が見ぬ間にこの森のエルフも随分と質が落ちたものだ」
「「「え……!?」」」
「昔の誇りある者達ならば他者に生殺与奪など与えず、自らの首を刎ねて自害を選んだであろうに情けない」
「「「うう……」」」
「大体、そもそもが我を見て抵抗の意思を示さぬ時点で愚かの極みよ」
もうメイドエルフたちから抵抗の意思は失われてしまったようだ。
ティアさんが炎龍を掻き消してもなおガクガクと震えている。
歩み寄っていく彼女をただ見上げるばかりで。
その中でふと、ティアさんが杖をまっすぐと掲げていて。
「我が名は大賢者スティーリア! すべてのエルフの始祖を知る者! その名を聞きてひれ伏さぬ者はすべからく死罪となろう!」
「「「!!!??」」」
「えっ? スティー、リア……?」
バ、バカな!?
スティーリア、だって!?
その名だけは知っているぞ!
塔の上に住んでいたグシタンが教えてくれた女神と同じ名だ!
ならなぜ彼女がその名を冠している!?
ただの同名に過ぎないのか、それとも……!?
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