第55話 塔に住む小人と難易度調整レバー

 塔に住む謎の男の口から出た名――女神スティーリア。

 しかも男は誰も到達できないような塔の横穴で暮らしている。

 無限の食料と水に恵まれた場所で、永遠の命をもらった上で。


 何もかも信じられない話だ。

 しかし現実的に考えてもこの男が嘘を言っているようには見えない。


 だけど今はそんなことよりも大事な話題があるだろう。

 まずはあの問題を解決させなければ。


「なるほど、グシタンがここに住んでいた理由は大体わかった。つまりグシタンはこの塔を管理しているということでいいんだよな?」

「うーん、そうなるのかねぇ? あぁそうだったかもしれないねぇ」

「だったらこの塔の仕組みを少し変えたりすることもできる?」

「うう~ん、どうだったかなぁ。でもできるかもしれないなぁ」


 煮え切らない答えばかりだが可能性がないという訳でもなさそうだ。

 だったらもう一押しすれば今の状況を変える手立てが引き出せるかもしれない。


「実は今、俺たちはとても困っているんだ。この国ユーリスが想定以上の魔物の災害にあって抑えきれなくなっている」

「ほぉ?」

「それというのも、この塔が何かしらの力を発して、他の塔に影響を与えているらしいって調べが付いたんだ」


「そのことで何かグシタンにわかることはないか? なんでもいい、その力の影響を止める方法があれば俺たちに教えてくれないだろうか?」


 もしグシタンから塔の情報を聞き出せなければ話は振り出しに戻ってしまう。

 この塔の秘密に近いのは紛れもなく彼だからこそ――


「いいよぉ」


 でもグシタンの答えは実にあっさりとしたものだった。

 俺もピコッテもたまらず唖然としてしまうほどに。


「もしかしてちょいと調整しくじってたかなぁ、どれどれ」


 するとグシタンはベッドへとトテトテ歩み寄る。

 そうして手を伸ばしたのは、ベッド傍の壁に備わっていた何かしらの突起で。


「あぁ~やっぱり、瘴力影響度が最大値になってらぁ。もしかしたら寝相が悪すぎっから、寝てる間に難易度レバーを弄っちまったのかねぇ」


 そんな突起をクリクリと回してすぐ俺たちの下へと戻ってくる。


 た、たったそれだけ……?

 そんな簡単なことだけで塔の影響が収まってしまうのか……?


「あ、な、ならどうかその難易度を最低にしてもらえないだろうか?」

「それはさすがに無理だねぇ。やり過ぎっと女神様に怒られちまいまさぁ」


 とても信じられない。

 だけど現実味があり過ぎて反論のしようもない。


 そもそもなんなんだ女神って。

 魔物を世界へ定期的に送り続ける義務を彼に課しているのか……?


 だとしたら余りに理不尽な話だ。

 その女神のせいで世界が混乱し続けているのかと思うと憤りさえ沸く。

 グシタンはむしろその役目を課せられただけの被害者に過ぎないしな。


「わ、わかった。でもありがとうグシタン、助かったよ」

「いやいや、オラのミスでもあるしなぁ。教えてくれてこっちも助かったよ。地上が滅びちゃ何の意味もねぇしなぁ」


 ただ女神スティーリアとやらも俺たちの世界を滅ぼしたいという訳じゃないらしい。

 そうだとすれば塔を出現させる理由がなおさらわからないが。


 ……だったらそれも聞いてみるか。


「ところでどうして世界に塔を出現させる必要があるんだ? どうして危険な魔物を排出させている?」

「うーん、なんでだろうなぁ。女神様はそこまでは教えてくれんかった気がするし、忘れてるだけかもしれんし」

「滅ぼしたくないなら魔物を呼ばなければいいはずだろう?」

「そうもいかない理由があるんじゃねぇかなぁ」


 それが知りたいんだ。

 頼む、思い出してくれ……!


「それよりもオラ、お前さんの話が聞きたいなぁ」

「えっ?」


 ダメか、はぐらかされてしまった。


 そうだよな、押しかけていきなり質問攻めなんてフェアじゃない。

 それにグシタンに怪しまれても困る。

 ならある程度は彼の機嫌も取る必要があるよな。


 そう考えた俺はひとまず腰を下ろし、彼の要求に応えることにした。

 アルバレスト時代も含め、旅の思い出を色々と語ってみたのだ。


 その語りにはミュナやピコッテも一緒に聞き入ってくれていて、おかげで一方的に話を進めさせることができた。

 二時間ほどで語り尽くすなど割と急ぎ足だったが、満足してくれただろうか?


「……いいねぇ、やっぱり塔以外でも面白いことが起きてるもんだなぁ」


 その結果、グシタンは笑みを浮かべてしみじみとしてくれていた。

 感触的にはいい感じだ。

 喜んでくれて俺的にも嬉しく思う。


「地上に興味が湧いたりはしないのか?」

「湧くことはあるけど、身を乗り出すってほどじゃないね。ここから出たらオラはどうせ生きていけないし」

「そうか……」


 けれどそれでもグシタンを乗り気にさせるまでには至らなかったようだ。

 もしかしたら彼には色々と深い悩みと諦念があるのかもしれない。

 この塔に延々と一人で住むこともいとわないくらいの。


「まぁオラが教えられることもアンタほど多くはないよ。オラも女神様にここで住めば不幸にならずに済むって教えられて来ただけだしなぁ」

「そうか。でも俺たちにとっては渡りに船だったよ。こんな高い所にまで来た甲斐があったってものさ。だから改めて感謝したい」

「いひひっ、そう深く感謝されるのはもしかしたらこの塔に来るよりもずっと久しぶりかもしれんねぇ~」


 こうして頭を下げればなんだかムズ痒そうに笑う。

 そんな人柄は俺たちからしてみれば善人そのものなんだけどな。

 彼の過去がどうだったのかが気になるくらいだよ。


「実はさっき教えたことでオラの今わかることはすべてなんだ。なにせもうぼーっと生きて長いもんで、自分の過去すら忘れちまった」

「いやいいさ、塔の影響が弱まったってだけで俺たちとしては充分な成果だから」

「そうかい。ならいいってもんさぁ」


 でもこれ以上彼に頼るのは良くないよな。

 目的も果たしたし、彼の生活の邪魔をするのも気が引ける。

 だから今は難易度が下がったことで済ますとしよう。


 だけど我儘を言うならもう一つだけ。


「ところでさっき彼女のことをヒュエーラフと呼んでいたけれど、彼女のことを何か知ってるのか?」


 ミュナを手で示し、さっきグシタンが零した言葉について問い合わせてみる。


 これだけはせめて聞いておきたかったのだ。

 ミュナの正体が何なのか、あの場所がいったいどこなのか。

 せめてそのヒントだけでも欲しい。


「んん~~~精霊を扱える唯一の種族ってことくらいだなぁ。しかも空を飛べるほどとなると、ヒュエーラフでも〝煌燐こうりんの聖女〟と呼ばれるモンくらいだったような」

「「煌燐の、聖女……」」


 またしても聞いたことのない名だ。

 だけど具体的な名称で何かしらヒントになりそうな気もする。


 なにせこのグシタンはミュナと違い、俺たちと同じ言語を話している。

 ミュナがずっとだんまりなのも彼の言うことがわからないからだ。


 ただミュナ自身は〝煌燐の聖女〟とやらの名を聞いても首を傾げている。

 きっと彼女も自分自身が何者かまでは知らないのだろう。


「まぁオラもそこまで博識じゃねぇし、知ってると言ってもこんくらいだ」

「そうか。だけどすごく良いヒントをもらった気がするよ。なんだかもらってばかりで逆に申し訳ないくらいだ」

「ははは、オラにとっちゃ人とこうやってゆったり話せるのもご褒美みたいなもんだ。だったらお安い御用さぁ」

「ならまた機会があったら会いに来てもいいかな? 今度はお土産でも持参するよ」

「おっ、いいねぇ、ありがたいありがたい!」


 なんにせよユーリスもきっと安定するだろうしもう充分だ。

 グシタンが話のわかる人物で本当に助かった。


 だから今回のお礼のためにも必ずまたここへ訪れたいと思う。

 強い握手も交わせたし、こうなったら俺たちはもう友達みたいなものだからな。


「あぁそうだ、もしヒュエーラフのことを調べるならそっちの奴らに話を聞いてみるといいよ。えっとなんて言ったか、ほら、耳長で色白の奴ら」

「エルフのことですー?」

「そうそう、それそれ。奴らも似たようなもんだし伝承くらいあるでしょ」

「わかった、彼らにも話を聞いてみるとするよ。それじゃあまたな、グシタン!」

「じゃあねアディン、ピコッテ、ミュナ」


 そんなグシタンに見送られ、俺たちは彼の家を後にした。

 再び精霊の風に乗って仲間の下へ帰還だ。


 ただもうピコッテには出発時のような不安さは残っていない。

 ミュナもなんだか嬉しそうだし、良い気分転換になったのだろう。。


 それゆえに俺たちは余裕をもって戻ることができたのだ。

 ドルカンやウプテラに首を傾げられるほどの笑みを浮かべながら。

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