第54話 限界高度と謎の穴
かつて大昔、塔を外部から登り詰めようとした登山家がいたという。
ボス部屋よりも高い前人未踏地、塔の行きつく先を目指して。
だがその結果、登山家は塔を登ること自体を断念した。
塔の外壁面は傷一つ付けられず、艶やかで、足をかける突起もない。
さらには魔力を大地へと受け流す力も働き、張り付くことさえ不可能。
その事実が挑戦開始直後に発覚し、断念せざるを得なかったのだ。
――だが。
「もうかなりの高さまで上がってきたな、陸地がもう白んで見えない!」
「ひょえーーー!? もう地面がどこにあるかわからないですーっ!」
「暴れないでピコッテ! 精霊さん嫌がっちゃうよ!」
「はひっ!」
俺達は今、その前人未踏地を悠々と越えている。
おそらくはもう魔王級の階層よりも上に来ているはずだ。
おかげですでに雲よりも高く飛んでいて、精霊に守られているにもかかわらず強い寒さを感じる。
けれど塔の果てはそれでも見えそうにない。
こうなると塔が一体どこまで通じているのか、もはや考えるのもおっくうになる。
「アディン、そろそろ上がるの難しくなるかもって精霊が言ってる!」
「そうか、なら仕方ない。一周だけぐるりと回ったら戻るとしよう!」
しかし空の旅もここまでのようだ。
ならば無理はせず引き上げた方がいいだろう。
精霊の限界を知る第一歩にもなったし。
「ア、アディンさんっ! あ、あれっ、あれ見てくださいですー!」
「えっ?」
するとそんな時、ピコッテが途端に声を上げて塔へと指を差す。
その先にあったのは壁に一つ覗く黒い影。
横穴の空洞が太陽の光を遮ったことによって浮かび上がっていたのだ。
「あれって穴ですー!? 横穴があるですー!?」
「ああそうだ間違い無い! 何かの通路だ!」
「あそこに行くね!」
「頼む!」
そこで俺たちはすかさず横穴へと飛び、無事に着地を果たす。
人一人がゆうに入れるくらいの大きさで助かった。
「みんな、念のため静かに」
しかしここが何の穴かわからない以上、警戒する必要がある。
二人に静かにするよう小声で伝え、物音も立てないようにした。
なにせ先も逆光のおかげでよく見えないし、何が待ち構えているかもわからないのだから。
それゆえにまず俺が先頭に立ち、腰の剣を手に取りつつ静かに進む。
……中は思ったより暖かいな。
外の大気と遮断されているのだろうか。
ならこの奥にはいったい何が潜んでいる……?
「……っ!?」
だが通路の先にあった小部屋へと到達した時、俺はつい驚いてしまった。
「フゥ~ン、アハハ~ン。へいっ、へいっ」
人だ、人がいる。
妙に小さい男らしき人が、暖炉の火を焚きながら鼻歌を歌っている。
俺の腰ほどの大きさだからホビットだろうか?
茶色い髪に三頭身ほどの頭、けれど顔付きはそこまで幼くはなさそう。
よく見ればベッドもあるし、井戸も調理場もある。
どういうことだ、アイツはここに住んでいるのか?
けどとりわけ狂暴そうでも強そうでもない。
だったら話くらいはできるだろうか?
「……突然すまない。ちょっといいだろうか?」
「アヒャッ!?」
だから俺はあえて彼の前に姿を晒すことにした。
もし言葉が通じるなら会話も成り立つはずだ。
「おおう、なんだと思えば地上人か。珍しい来客だなぁ」
やはりだ。
それによかった、話がわからない相手でもないらしい。
「探求心なら誰にも負けない自信があってね。ここまで来れてしまったんだ」
「ほぉ、しかしよくまぁこんなとこまで来たもんだ。せっかくだし歓迎するよ。小汚い所で悪いけどな」
むしろ温厚そうで助かる。
なにせ塔のさらに上だからな、魔王級より強い魔物が待っていたらどうしようかとも思っていたんだ。
しかしもう問題は無さそうだからミュナとピコッテも呼ぶ。
二人も俺たちの会話を聞いていたようで、安心したままぴょこっと姿を現した。
「おっ、ヒュエーラフじゃねぇか。なるほどなぁ、どおりでここまで来られた訳だ」
「ヒュエーラフ……?」
「しかし
なんなんだその名称は?
もしかしてそれってミュナのことか?
じゃあこいつはミュナのことを知っている……?
「それでおじさんは何なのですー? もしかしてホビットだったりします?」
「ホビット? いんにゃーオラはベオット族だ。名前はたしかグシタンだった気がするなぁ。あ、いや、グシッタだったか? まぁいいや好きに呼んでよ」
「自分の名前も忘れたですー……?」
「まぁもうかれこれ千年以上は一人でここに住んでるからなぁ」
「「「せ、千年っ!?」」」
しかもこの男、何から何まで意味不明なことを言う。
ベオット族なんて聞いたこともないし、千年以上もここに住んでるなんて非常識にも程がある。
だってこの塔は出現してまだ二ヶ月ほどしか経っていないんだぞ……?
それにそんな高寿命の種族なんてエルフでも稀なくらいだろう。
じゃあただのホラ吹きか、それとも何か秘密が――
「千年もこんな所にいるですかー。退屈そうですー」
「案外そうでもねぇ。この銀面鏡で塔の中が見られるからなぁ、訪問者のおかげで割と退屈しないもんよ」
そう思っていた矢先、男が壁に立てかけてあった鏡へ指を向ける。
人の背丈ほどもある楕円形の銀鏡だ。
そんな鏡面にいざ視線を向けてみると、何かしらの光景がふわりと見え始めた。
塔の内部と、ドルカンとウプテラだ。
顔はボヤけてハッキリとしていないが、姿が特徴的だから二人だとすぐわかった。
「あぁ~そういやお前さん達はついさっきまで塔を登ってたモンたちか」
「そうですー! ピコッテっていうですー!」
「俺はアディン。後ろの彼女はミュナだ」
「うんうん、お前さん達の戦いもしっかり見ていたよぉ。おかげで楽しめたってもんだ。ありがとなぁ~」
それにしてもこの男、まるで隠し事など無いって言わんばかりに正直で嫌味がない。
もしかしてこれ、色々と事実を確かめられるのでは?
……なら少し聞いてみるか。
「それってもしかして他の塔も見れたりするのかい?」
「いんや、さすがにそれは無理だねぇ。たぶん他の塔にも別の奴が住んでるんじゃねぇかなぁ」
個々に?
まるで家みたいな扱いだな。
「まぁでもみんなきっと退屈はしていないだろうねぇ。それにこんな場所を斡旋してもらえてオラぁ幸せだよ。でなきゃ大昔みてぇに困窮する毎日だったろう」
「今は困窮していないのか?」
「ああそうさぁ。この井戸からは水が無限に汲めるし、冷蔵庫を開けば毎日色んな食材が出てくる。酒だって自由に飲み放題だ」
斡旋?
誰かにここへ連れて来られたということか?
こんな閉鎖空間に? どうやって? なぜ?
「いやぁもう女神スティーリア様にゃあ頭が上がらんね。おかげで幸せを享受しながら永遠に生きてられるってもんさぁ」
女神スティーリア?
世界中を旅した俺でもまったく耳にしたことのない神名だ……!
それに偶像じゃない本物の神がいる!?
しかもこの男たちを塔へ送り込んだ!?
そうなるとまさか天穿塔の出現もその女神の仕業ってことなのか!?
じゃあ女神スティーリアって奴は一体何者なんだ?
まさかこの世界を魔物で溢れさせようとしている元凶なのでは……?
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