第47話 国を憂う戦友と秘密を悟る魔女

「珍しいねフィル、一人でいるなんて」

「ルッケか。どうしたんだ?」


 王城からの景色はとても素晴らしいと思う。

 街を見渡せるほどに広くて高くて、子どもの頃から夢見ていた通りで。


 だからこそ俺はアディンと一緒にまたこの光景を眺めたかった。

 あいつが一番俺の夢を理解していてくれたからこそ。


 そう想いにふけっていたら、ルッケが肩を合わせて寄りかかってくる。

 それに頭もぐいっと乗せ、青く柔らかな髪が頬をふわりと撫でてくれた。


「らしくないよフィル。君はさ、感慨にふけるようなロマンチストじゃないでしょ」

「たまには俺だってセンチメンタルになりたい時もある。この国の惨状をわかっちまえば嫌でも憂いを感じるもんだ」

「君、愛国者だもんね。孤児なのにさ」

「孤児だからさ」

 

 彼女の温かみが心地良い。

 人のぬくもりを感じたなんていつぶりだったか。

 子どもの頃はこんなことしょっちゅうだったのに、今ではもう忘れるくらいだ。


「俺は元々からこの国が好きだった。母が誇りに思っていたからさ。だからあの人と離れても俺はこの国が好きでいられたんだ」

「そうだね、君はずっとそういう人だった」

「この国を正しく治めていたデリス国王にも感謝を忘れたことはない。だから俺たちはこうしてまともに生きることができたんだってな」

「うん。孤児院、懐かしいよね」

「ああ。でも、あそこはもう存在しない」

「……」


 前までは帰る所があったからそんな温もりも当たり前だった。

 冒険者となった後でもあの孤児院の院長は俺たちのことを覚えていて、いつもしっかりと抱きしめて迎えてくれたんだ。


 だけどあの孤児院はミルコ国王の政策により一番最初に潰されてしまった。

 つまり俺たちの帰る家は、もっとも強い温もりを知る場所はもう無いのだ。


 そのせいか今見える光景はまるで灰色がかっているように感じる。

 いつかデリス国王と共に見たあの美しい光景はもう、どこにも見当たりはしない。

 これが俺の目指した光景なのか、と見疑ってしまうほどに。


「だったらさ、もう辞めちゃおっか?」

「ルッケ……?」


 でもふと、もう一つの温もりが囁いた。

 上目遣いの瞳を俺に向けながらに。


「だってこの国にあたし達の帰る場所はもうないんだよ? ならいつまでも依存する意味ないじゃん」

「それはそうだが」

「それにさ、もうみんなも限界なんだよ?」

「え……?」


 そんなの俺は知らない。

 それをなぜルッケが?


「本当は口止めされてたんだけどさ、あの王様に色々やられてるんだよみんな。シャウタは背が小さいとバカにされたし」

「あいつ、背丈をバカにされるの大嫌いだもんな」

「クレッツォは不愛想な奴だって鼻で笑われたんだって」

「寡黙なだけなのにそれは酷いな」

「ファーユなんてお尻を触られたんだよ?」

「彼女のことだから内心は相当キレてるだろうなぁ」

「そうだよ、アタシだって嫁になれだなんて言われてまじまじと品定めされてさ……」

「ルッケ……」


 そうか、みんな俺の知らない所でそんな屈辱を受けていたのか。

 きっと俺がいない時を狙ってやっていたんだろうな。


 そう初めて気付かされて、思わず拳を握り締めてしまった。

 言い得ない怒りが沸き起こる。

 眉間にグッとした熱が籠る。


 ……だけど落ち着け。

 前までのように直情的ではいけないんだ。

 俺はもうアディンのように常に冷静でなくてはならないんだから。


「きっとあいつは天才だよね。人を怒らせて国を傾ける天才。じゃなかったらたった三ヶ月でこんな酷くもならないよ」

「そうかもな――いや、きっとそうなんだな」

「うん、だからもう逃げよ? そうだ、キタリスに行こう。アディンがあっちに逃げたっていうし、アタシたちも行ってさ、アディンと合流して、また前みたいに一緒に旅するの」

「そうだな。それができたら最高だよな」


 でも俺だけは知っている。

 アディンはもう別のパーティを作ったって。

 もう昔みたいには一緒にやれないんだってさ。


「ね? お願い、アタシのためだと思って……」

「ルッケ……」


 その時、肩の温もりが離れて胸元へ。

 ルッケが俺の胸へ転がるようにしてやってきたのだ。

 そして惚けた顔を俺へと近づけていて。


 だから俺も止まれそうになかった。

 彼女の想いを受け止めたくて仕方がなかった。


「あーその、良い所をごめんなんだけど」

「「えっ!?」」


 だが背後から声が聞こえ、つい離してしまう。

 それで二人して咄嗟に振り向いたら、シャウタとクレッツォの姿が通路の先に。


「あ、あーこれはその、だなあ」

「う、うん、ちょっと寂しいなーなんてアハハハ」

「ああ~いいよ、二人が仲いいのはもう知ってるし」

「うん。気にしないで」

「「いやいや気にするでしょ!?」」


 くっ、まさか二人にルッケとの進展がバレていたとは。

 恥ずかしい訳じゃないが、なんだか複雑な気分だ……!


 だがシャウタたちの顔を見たらそんな気分なんてすぐ吹き飛んでしまった。

 まるで塔に赴く時のような厳しい表情を浮かべていたのだ。


「実は二人の話を聞いちゃっててさ。それでいてもたってもいられなくて。嫌がらせのこともフィルの心労の種にしたくないから黙ってた。そこは謝るよ」

「シャウタ……」

「だけどルッケの言う通り、僕らももう我慢の限界」

「うん。気分はよくない、かな」

「だから国宝パーティを辞めるっていうなら僕らは大賛成だ。そこでだけどフィル、決めるなら今決めて欲しい。あの忌々しい口だけ男の下を去るか否か」


 まさかあの温厚なシャウタがここまで苛立っているなんて。

 クレッツォも無表情に見えて少し顔が強張っている。相当に怒っている証拠だ。

 みんな、それほど頭にきているんだな。


「……そうだな、俺も同感だ」

「「「フィル……!」」」

「だったらもういいかぁ。なら俺たちは――」


「おっとぉ~それ以上はストォーップゥ~!」

「「「――ッ!?」」」


 でもそんな俺たちの決意を止めたのは他でもないファーユ。

 シャウタ達のさらに裏から長杖を掲げてクルクルと回し、俺たちの気を誘ってくる。


「どうして止めるのよファーユ!? アンタだってアディンに――」

「うん、そうだねぇ~。でもねぇ、そう単純にもいかない理由ってモンができた訳さぁ」

「えっ……?」

「理由ができた? それはどういうことだいファーユ?」

「んふふ~、ちょっとここじゃアレだけどぉ~ほいっ!」


 するとファーユの杖先が「ポンッ」と弾け、幻通蝶が数匹舞う。

 それが俺たちの頭へと停まると、ふわっと消えてしまった。


 ほんのわずかな映像を思考へ投射するとともに。


「う、嘘でしょ……!?」

「これって!?」

「あの男が、まさか……!?」

「そぉ。ヤバヤバのヤバでしょお?」


 ……たしかにこれは想像を越えて最悪だ。

 まさかミルコ国王がここまで醜悪な奴だったとは。


「だとすればさぁフィル? もうやっちゃうしかないよねぇ~?」

「ファーユ、お前……」

「ほらぁ、せっかく新しいメンバーもできたんだしぃ?」

「あ、ああの、お邪魔してま~す……」


 なっ、ファーユの裏に新人のシェルティがいただと!?

 そのことを承知で今の話をしていたのか!?


 くっ、ファーユめ、どこまで俺を見透かしているつもりなんだか……!


「あの、その、邪魔でしたら私、パーティ去りますんで」

「あ、いや、気にしないでくれって。今の君は俺たちの大事な仲間なんだからさ」

「えっ」

「仲間は決して見捨てたりはしない、それがアルバレストの流儀だ。だから安心してくれよ。そしてできることなら俺たちに力を貸して欲しいんだ」

「ほ、ほんとにいいんですか? 私の力なんて大したことなくて……」

「そんな事言うなよ、俺たちは君を絶対に卑下しない。それに今は一人でも助けが欲しい。どうか助けてくれないだろうか?」

「フィ、フィルさん……ああありがとうございます! はい、私で良ければがんばりますのでっ!」


 ファーユの口車に乗せられたのは癪だが、この際仕方ないよな。

 シェルティは俺たちの大事な戦力で、今は秘密を共有する仲間でもある。

 なら蔑ろにもできないからな、本人が力を貸してくれるならそれに越した事はない。


「……という訳だみんな。悪いが辞めんのはもうちょいと待ってくれ」

「そうね、ここまで知ったらフィルが黙っている理由もないもんね」

「フィル、正義感強いから」

「でもそういう所に惹かれたというのは間違いじゃないよ」

「イッヒヒッ、面白くなってきたぁ~!」


 だからすまんアディン、どうやら俺たちはまだお前と会えそうにない。

 いや、もしかしたら永劫に会えなくなる可能性もありうるだろう。


 だけど俺はきっとやり遂げてみせるぜ。

 だってお前はよく言ってくれたもんな。

〝フィルはやる気になればなんだってできる男なんだ〟ってさ。


 そんなお前の言葉を必ず有言実行させてみせると誓おう。

 その理由がやっと俺にできたのだから。




 だから頼むアディン。

 俺たちにもう少し時と機会を与えてくれ……ッ!

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