第37話 報せを運ぶ幻通蝶と風雲急
あの国王は一体なぜギルドに来たのだろうか?
まさか本当に見下すため?
だとしたら随分と暇なんだな、国王というものは。
先代王はそんな隙を一切見せない人物だったんだが。
そう考えつつまた筆を走らせる。
「アディンよ、もしかしたらお前はもうラグナントから出た方がいいかもしれん。お前自身と、ミュナちゃんを守るためにもな」
「……そうだな、それにしばらくは帰れないだろうね」
「ミュナ、あの人きらーい。きもちわるーい」
ああ、書かされる書類がまた増えそうだ。
まったく、あの国王とかかわるとロクなことがないな。
「パーティに関しても急ぐ必要はあるまい。別のギルドで手続きすればいいだけの話だ。書類も適当でいいぞ。あとはやっておくから」
「じゃあお言葉に甘えようかな」
ただまだ目的地が決まっていないんだよな。
行くとしてもまたバイアンヌにとんぼ返りする気はないし。
そうすると近いのは北のキタリスか、南のウートリアか。
西に行き過ぎるとグワント帝国の勢力圏が近くなるからあまり行きたくないな。
「あらあら、これは何かしら?」
「きれーい!」
「ん、なんだ?」
考えていたら後ろで妙な騒ぎが起き、ふと振り返る。
蝶だ、虹色の鱗粉を放つ蝶がギルドの中を舞っている。
――あ、あれは!?
「まさかこれは、ファーユの幻通蝶か!?」
「なに……?」
そうだ間違いない、これはアルバレスト時代によく利用していた手だ。
その証拠に、俺に向かって飛んできている。
蝶がそのまま俺の腕に止まると、たちまち開いて手紙へと変わる。
それを咄嗟に掴み、中身に目を通した。
/////////////
アディン
キタリスの使者がミルコ国王に暗殺されてしまう。
北の街道、馬車、兵士に追われている。急げ!
ファーユ
/////////////
――な、なんだと!?
暗殺!? バカな!?
しかし達筆なファーユがこんな乱文を送る訳がない。
だとすればふざけているとは到底思えない!
「あの野郎!? まさかキタリスと戦争する気なのか!?」
「くっ、こうしてはいられないっ!」
「お、おいアディンッ!?」
即座に踵を返して駆ける。
もう問答なんてしている暇はない。
この暗殺を許せば今の秩序が音を立てて崩れてしまう。
「ミュナ、ウプテラ、急ぐぞ!」
「うん!」
「走るのは好きではないのですが仕方ありませんねぇ」
二人もこう言いながら急いで俺についてきてくれた。
間に合えばいいんだが。
「ぬう! ドルカン、それとピコッテ、お前らも行けぇ!」
「おう!」「はいですー!」
ありがとうおやっさん。
だけど二人が追い付くのを待っている余裕はないぞ!
街路に飛び出しつつ北を見据える。
しかしここは東街路で、北街路に行くには中央広場へと向けて大きく迂回しなければならない。
対して相手は馬車だ、そんなことをすれば追い付ける訳もない。
「こうなったら仕方ない。ミュナ、ウプテラ、空を行くぞ!」
「うん、わかった!」
「ああ~もう仕方ありませんねぇ~」
そこで俺はミュナを抱えて跳ね飛び、街路灯を足蹴にして空へ。
すると同様にやってきたウプテラと共に空へと浮き上がった。
「上昇しつつ北街路へ!」
「うん! いくよーっ!」
「ああああ待ってくださいませ! ワタクシまだ空が慣れてなくああーーーっ」
ウプテラが姿勢を崩したせいで風から零れ落ちてしまったが仕方ない。
あいつの身体能力なら建物の上を駆け渡ることもできるはずだ。
だからと二人で空へと舞い上がり、北街路を見下ろす。
そうするとすぐにそれらしいものが見えた。
北へ向かう一台の大型馬車、それを追って走る騎馬隊。
間違いない、あれがファーユの言っていた暗殺部隊だ!
白昼堂々、街中で襲撃なんてよくまぁできる!
「ミュナッ! あの先頭部隊だけに向けて風を放てるか!?」
「できるよ! 合わせて!」
「よし! ――〝
そこで俺たちは騎馬隊に空から急接近。
睡眠薬を乗せた風を撒き散らした。
「うわ、なん――ふわああ」
「ブルルル……」
たちまち眠り、転がっていく兵士たち。
おかげで街路が塞がれて後続兵たちが足止めされる。
「「「な、なんだーっ!?」」」
「ここから先へは行かせない! お前達がやろうとしているのは戦争誘発行為だということがわからないのか!?」
さらにその前へと俺が降り立って立ち塞がる。
これで止まってくれればいいのだが。
「くっ!? おのれ邪魔をするか賊めが! 我々は王の命令で動いているのだ!」
「少しは自分で考えて物を言えっ! この国を滅ぼす気かっ!?」
「ううっ!? い、いや騙されるな! 正義は我らにあり!」
「「「おおおーーーっ!」」」
ダメか、通じない。
それどころか倒れた兵を迂回して進もうとしている!
そこで俺は一歩引き、片翼側へと向けて薬を放つ。
〝
すると途端に兵だけが苦しみ始めて地面へ落ちていく。
「き、貴様!? 我々王国兵に手を出すとは!」
「違うな、傷付けてはいない。薬士らしく薬を処方しただけさ。みんな寝不足だったり肩や腰が凝っていたようだからな」
「なにぃ!?」
ただもう片翼側にも兵士が馬を走らせている。
街の人々が逃げて道が開けたからだろう。
しかしその馬たちが途端に足を止めて暴れ出す。
跨っていた兵士たちを振り落とすほどに激しくだ。
しかも落ちた兵士を後ろ蹴りにするなど、とても痛々しいことになっている。
「精霊に話したらね、お馬さんを説得してくれたって!」
「よくやったミュナ!」
そんな最中にミュナが降り立ち、兵士たちがさらに動揺。
やはり空から降りてきたというのには驚かざるを得ないのだろう。
「こ、こうなったら賊を切り捨てるぞ! 総員抜刀!」
だが奴らは懲りない。
馬から降り立ち、ついに剣を抜いて向かってきた。
そこで俺はもう一つ仕込んでいた薬品をばら撒いてやった。
――〝
黒の粉末薬が散布され、兵士たちにまんべんなくくっついていく。
すると途端、兵士たちが揃って慌てふためき始めた。
「「「あ、熱い!」」」
「「「鎧が、剣が熱いぞ!?」」」
「「「うわあああ! もう着ていられない!」」」
鉄などの金属に触れることで尋常じゃない熱を放つ薬だ。
本来は鉱物系魔物に対して有効なこの薬にも、こんな使い方がある。
おかげで奴らはもう布服一枚の丸裸だ。
それでもまだやる気らしい。
ついには俺へと向けて殴りかかって来る奴が。
「うおおおおお! どけええ――」
「あら失礼、そこ通りますわ」
「――え?」
しかしその兵士も直後には空をぐるぐると回って飛んでいた。
駆け付けたウプテラが体術捌きで投げ飛ばしてしまったのだ。
「まさか雄々しい兵士たちが一斉にストリップし始めるなんて、いったいどんなお薬を処方したのです?」
「王の命令っていう混乱薬だ」
「なるほど、元々混乱していたと。ならば目を覚まさせなければなりませんね」
「では昔ながらの対処法として、痛い目を見ることも覚悟なさいませぇ~?」
そして立ち塞がったウプテラの笑みを前に、兵士たちが震えて狼狽える。
きっと相応に怖い顔でもしているんだろうな。
だがこれでいい。
おかげでキタリスの使者はいったん守れたはず。
あとはなんとか本国領にまで辿り着かせなければ……!
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