第35話 ガンギレ親父と強い同胞たち

 わざわざギルドにまで出張って偉そうにするなんて。

 ミルコ国王、その勘違いっぷりは未だ健在か。


 しかし俺が振り向いても反応する様子はない。

 ニタリとした顔で周囲を見渡しているものの鼻にもかけていないようだ。

 この様子だと俺の顔なんて忘れているな。


 ……いや、違うか。

 ここにいる全員が奴にとって気に留めるまでもない相手なんだろう。


「おうおうミルコ国王さんよ、わざわざこんな所まで出張って何用だね?」

「図が高いと言ったぞギルドマスターグレフ。立場をわきまえたまえよ」

「はぁ……ここまで来て何を言うかと思えば」


 唯一知っているであろうおやっさんでさえこうも会話が成り立たないとは。

 もっとも、奴は会話しにきたというより、本当に眺めに来たって感じだ。

 さらに詳しく言うと見下しにきた、かな?


 周囲を見渡しつつ、ニタリとしながら鼻で笑う。

 その陰湿さが溢れて見えそうなくらいだ。

 陰湿属性の魔力でも持っているのだろうか?


 気にも留めていないならいっそ出ていくか。


「おっ!? おおおおっ! すばらしいっ!!!」


 なんだ、奴が急に眼の色を変えて――


「君のその髪、素顔、素肌っ! 私はなんという逸材に巡り合えたのだっ!」


 なッ!?

 ミュナに近寄っていく!?


「おお、それにこのきめ細やかな髪質もまた素晴らしいっ! こんな肥溜めにまさかこのような可憐な花があったとはっ!」


「よし決めたぞ。お前、私と共に城へ来い。今日からお前は私のものだ」

「「「――なっ!?」」」


 ば、バカな!? アイツいったい何を言っている!?

 ミュナだって困惑しているだろう!?


「やだ!」

「ははは、恥ずかしがる必要はないよ? 王の嫁の一人として私が幸せにしてやろう。何不自由ない世界が待っているのだ」


 しかもミュナの手首を取って引っ張ろうとしている!?

 彼女の言い分なんてまるで聞こうとしていない!


「君の美しさなら正室にしてもいいっ! 今の正室はちと若さがもの足りなくなってきたからなぁ!」

「やだ、やだ! アディーーーン!!!」


 ミュナが泣き叫ぶ。

 周囲が動揺する。

 だがもうそんなことを気にする前に俺は走っていた。


 そしてミュナの腕を掴むミルコ国王の手を打ち払ったのだ。


「な、なにぃーーー!?」

「それ以上その汚い手でミュナに触れてくれるなよ……ッ!」


 さらには間に入るようにして立ち塞がる。

 もう奴にはミュナの姿さえ見せるものか。

 女を遊び道具のようにしか思っていない下衆め……!


「貴様、何者かは知らんが無礼な真似を……!」

「アディン、ありがと!」

「アディン!? まさか貴様、アディン=バレルか!?」


 まさか本当に覚えていなかったとはな。

 別に覚えられたいとも思っていた訳じゃないが驚いた。


「おのれアディン=バレルゥ! またしても邪魔をしよって!」

「は? 俺がまた邪魔? 手を出したのは今が初めてだろう?」

「う、うるさい! お前は存在そのものが邪魔だった! お前が最初からいなければこういうことにはならなかったのだっ!」


「ならばお前は極刑だ! ミルコ国王が皆に命じる! コイツを殺せぇ!」


 意味のわからない事を言うのはあいかわらずだ……!

 喚き散らしてうるさい所も。


「なぜだ、なぜ誰も動かない!?」


 当たり前だろう。

 周りにいるのは冒険者だけで私兵じゃないんだからな。


「な、ならもういい! どけ、その女は私の――」

「いいや違う! ミュナは俺の仲間だっ!」

「なっ!?」

「それに誰がお前についていくものか! 人の尊厳を一切気にも留めないお前などに、彼女は絶対に渡さないッ!!!!!」

「ぐっ!? わ、私は国王だぞ!? この国の、ラグナントの……!?」


 だが気付けば、奴を睨んでいたのは俺だけじゃなかった。

 周囲の誰もが王を睨みつけ、怒りを露わにしている。

 中には剣まで抜いてタシタシと掌で叩く奴まで。


「な、なんだ貴様ら!? 不敬であるとあれほど――」

「不敬なのはお前さんだよ、ミルコ国王」

「なにい!?」


 おやっさんまでとうとう出てきた。

 しかも声を唸らせて、相当頭に来ているぞこれは。


「言っておくがな、このギルド庁舎が建つ土地は世界塔攻略連盟が認めた特殊領域、すなわち治外法権地だ」

「チ、チガイホウケンだと!?」

「つまりここに立ち入った時点でお前さんは国王だろうが俺たちと変わらない身分となる。お前さんの権力は一切通じないんだよ」

「なにいっ!?」


 そうだ、ギルドは国が経営している訳ではない。

 世界塔連盟が塔攻略のために設立した独立戦術機関なんだからな。

 本来、そこに一国が口を挟めるような余地はありはしないんだ。


「だ、だったら私が外で命令すれば兵士がとんできて――」

「おおっとォ、入口がすっげェ座り心地よさそうだなァ~~~」

「んなっ!?」


 ああ、入口にドルカンが居座ってしまった。

 あの大きさだからギルドの入口はほぼ塞がれて通りにくい。

 つまり国王は袋のネズミって訳だ。


「う、うう!?」

「おうおう国王さんよ、もしここから出てアディンを極刑にするならそれでも構わねぇ。だがな、もしその命令を出してみな、俺たちが絶対に許さねぇぞ!?」

「ひいっ!?」

「お前さんがここでやったことは俺たちを怒らせるほどの越権行為だ。そのことを理解した上で決めやがれ」


「だが覚悟しろよ!? やる所までやるってなら俺たちは徹底的にやる! そのことをてめぇの足りない脳みそに刻み付けやがれ、このスットコドッコイがあ!!!!!」


 おやっさんのキレ具合が相当に怖かったらしい。

 ミルコ国王がついには悲鳴を上げ、ドルカンをよじ登ってまで入口から出て、急いで去っていく。


「お、お、覚えていろ! いつか必ずお前たちが痛い目をみるであろうっ!」

「あ"ぁ"ん"!?」

「ヒッ!? だ、出せ大臣!」

「は、はいィィィ!」


 それで最後は負け犬の遠吠えか。

 ドルカンの睨みに負けて日和ったようだが。


 そのまま急いで馬車に乗り込むも、急いで反転させたせいで今度は馬車が横転。

 必死に登って出てきた王が騒いだあげく、部下を置いて一人馬で去ってしまった。


 その姿を見て俺たちはもう笑うしかなかったよ。

 奴のあんな間抜けな姿が拝めることはそうそうないに違いない。


 だけどおかげであらためて気付いたんだ。

 俺は、俺たちはギルドという仲間に恵まれているのだと。

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