第32話 浮浪賢者と神の涙

 一路を越えエンテリスの街へと到着する。

 そこで俺たちはさっそく拠点を決めて活動を再開した。

 

 この街はオーソドックスな街で景観も普通。

 しかしウェルリヌールがああなっていたこともあって逆に景気は良いようだ。

 やはり気分的な活気も大事なのだなとしみじみ思わさせてくれる。


 ただ一方で浮浪者も多い。

 温暖な気候に加え、彼らの規制がそこまで強くないからだろう。

 ラグナント王国じゃ浮浪者は街内苑部に入れてもらえないし排除されるから、最近の俺的には結構物珍しかったり。


 とはいえ俺が育てられた孤児院も郊外にあったから浮浪者はよく見ていたし、いまさら忌避感はないが。

 

 むしろ建物の影で並び、恵みを求めてうずくまる姿には憐れみさえ感じる。

 ただ、一人でも手を出すと収拾がつかなくなるので手を差し伸べられないんだ。

 すまないと思う。


「――お願いしますぅ! お金を、食べ物を恵んでください!」


 でもそんな中を歩いていたら、一人だけ悪目立ちする浮浪者がいた。

 道行く人に喚き散らし、すがるように懇願する女。

 おかげで道行く人がみんな避けて歩いているくらいだ。


「もう三日も何も食べていないんですっ! どうか、どうかぁ!」


 まだ若そうな顔つきだ。

 それに浮浪者にしてはちょっと体付きもいい気がする。

 なんでそんな奴が浮浪者なんて――


「あ、ああ……!?」


 しかしそんな女が俺を見て固まっていた。

 しかも震えて指を差してきて、狼狽え方が何かおかしい。


「アディン=バレル……ッ!」

「なっ!?」


 なんだ、なぜ俺の名前を知っている!?

 俺に浮浪者の知り合いなんていないぞ!?


 だが奴はヨロヨロと立ち上がり、震えた体で走ってきた。

 弱った体で俺に殴りかかってきたのだ。


「なっ、何をするんだ!?」

「よくも! よくも! お前のせいで私はああああああ!」


 握り拳でペコペコと叩くだけでとても軽い。痛くはない。

 けれど本人は必死な形相で、今にも殺そうとしている雰囲気だ。


「お前さえいなければ私は国王の寵愛を受けて順風満帆な暮らしをおおおっ!」

「こ、国王……? まさかラグナント国王?」

「そうよおっ! お前がアルバレストを抜けたからっ! 私が代わりにパーティに入れさせられてえっ! ちっきしょォォォ~~~ッ!!!!!」


 代わりにパーティに!?

 こいつはアルバレストのメンバーだった!?

 それがどうしてこんな所に!?


 ……退魔紋がない?

 まさかこいつ、常人なのか?


 常人でアルバレストに入れられたのか!? バカな!?


「う、う、ううう~~~!」


 女がとうとう力尽き、崩れて足元でうずくまる。

 そのまま泣き落ちてしまったようだ。


「そ、そんなのがどうしてこんな所にいるんだ?」

「逃げたに決まってるじゃない……アルバレストが密かに逃がしてくれて、やっとこの地に逃げてきて……でもぉ!」


 ……ずいぶんと壮絶な逃亡生活を送っていたんだな。

 みんなもなかなか洒落たことをしてくれている。


 だけどその結果がこれか。

 みじめすぎるにもほどがあるだろう。


「非正規入国者だから働き口もない、元の生活が忘れられない、だから気付いたらこんなになってしまったのよぉ~~~……!」


 ……その理由はこの女本人にもありそうだが。

 浮浪者なのにまだどこか傲慢さが抜けていないし。


「もう生きることが辛い。こんなことになるなら塔で死んだ方がまだマシだった」


 だからってみんなの好意を無駄にする言い分はやめてほしかった。

 これでは恵みたくてもその気が失せる。


 おかげで今の俺にこの女を憐れむ気持ちは消えていた。

 足を引き、避けて歩こうとしてしまうくらいに。


 だけど。


「おおなんと! なんと憐れな子羊がここにぃ!」


 そこでウプテラがすかさず駆け寄り、両膝を擦るように屈んでいて。


「えっ?」

「しかし怯える必要はありません。なぜならあなたは神に選ばれたのですからっ!」

「か、神?」

「そう、我らが敬愛すべきエーテル神様に……っ!」


 おいおい、こいつまだエーテル神を信仰するつもりか?

 しかも浮浪者の女の肩を取り、優しそうにさすっている。

 女の方はまだ半信半疑って感じだが。


「エーテル神様は見ておられたのです。ゆえにワタクシをここへ仕えさせたのでしょうっ! この巡り合いこそがその証拠」


「な ぜ な ら! 神があなたのその優れた能力を見逃す訳がございませんっ!」

「えっ、私の能力を知ってる……?」

「ええもちろんです、一目見ただけでわかりますとも。賢者という偉大なる職をお持ちのとても素晴らしき方なのだとぉ!」

「あ、ああ、私のことをわかってくれる人がいた……!」


 そりゃわかるだろう。

 ウプテラめ、こっそりステータスチェッカーで女の状態を調べたな。

 それが正解ってわかるくらいのいやらしいニヤけ顔が丸見えだ。


「そしてワタクシはやっと理解しました……ここにやって来たのがワタクシの天命でもあったのだと。あなたを正しく導き、幸福へ誘い、そして清らかとなった魂をいつかエーテル神様の御許へと送るために」

「ああ、あああ……っ!」


 女が振り向くと顔が一瞬で綺麗になる。

 なんなんだこの顔芸は。


「そこであなたに、神の息吹で清められしこの金貨を託しましょう」

「えっ!? 金貨!?」

「ええそうです。これをどう使うのもあなた次第。しかしその道はしっかりと見えておられます」

「道、とは?」

「ただ欲のままに使い、憐れに朽ち果てるのもよし。あるいは、ここより北西にあるウェルリヌールへと向かい、神の加護を得るか」


 ずいぶんと金払いのいい神様だ。


「もし後者を選ぶならば、ウェルリヌールの政庁舎にてこの金貨を手渡し、こう叫ぶのですっ。〝エーテル神教徒ウプテラの命によりこの地へと参りましたわたくしめにどうか救いの慈悲をお与えください〟と。さすればあなたはそれより神に祝福され、救済を得るでしょう」

「あ、あああ……ありがとう、ありがとうございますエーテル神様……!」


 そして信徒が一人増えた、と。

 なんという勧誘方法だ。かなり手馴れているんじゃないか?


「ひゃっふぅーーー! エーテル神様ありがとぉー!」


 ああ、女がもう喜び勇んで走り去ってしまった。

 三日間何も食べていないというのは何だったんだ?


「ぐふふっ、ちょろいですね。これで敬虔な信徒がまた一人」

「お前……」


 エーテル教は廃教になったのにまだ増やすつもりなのか。

 まったく、どこまでいっても信心深い奴だな。


 ん、なんだ、ウプテラの手が俺に伸びてきた?


「お代は金貨一枚と銀貨二枚で」

「俺は何も頼んでないけど?」

「本来はあなたがやるべきお仕事では?」

「俺は別に救いたいと思った訳じゃない」

「ああっ! なんてことっ! アディン=バレルとはこのような悪魔だったのですねっ! ああ~なんて罪深いっ!」


 くっ、今度はわざとらしく地面に倒れていく!?

 や、やめてくれ、人が見ているじゃないか!


「こんな男にワタクシはすべてを捧げて――」

「わ、わかった、わかったからやめてくれ!」


 クソッ、この女! こういう詐欺師的な所はあいかわらずか!

 もう完全に手の内だな、先が思いやられるぞ……。


 それで渋々お金を支払うと、ウプテラの顔がまたニンマリとなる。


「この程度で銀貨二枚増えるなんて、ウッフフフ、堪りませんねぇ~~~!」


 さらにはパル・エーテルを取り出し、何を思ったのゴクゴクと飲み始めていて。


「くーっ! 一仕事した後のパル・エーテルはキクぅ! 身に染みるゥ!」


 お前は仕事上がりに酒を飲むおっさんか。

 必要もないのにそんなものを飲みまくって、もう。


 まぁいい、それなら手間賃代わりに雑学も教えてやるか。


「なぁウプテラ、そのパル・エーテルが何なのかは知ってるか?」

「神の涙にございます」

「いやそうではなく、実態がなんなのかって話だ」

「実態、ですか」


 知らないなら丁度いいな。

 せっかくだから知っておいた方がいい。


「パル・エーテルは魔力が豊富な地で吹き上がる。要因はその地下に魔力だまりというのができていてだな」

「へぇ?」

「それを餌にするマジックワームという魔獣が、己に溜まった魔力を体液という形で噴出するんだ」

「え?」


「つまりパル・エーテルはマジックワームの……尿だ」

「ヴォッゲエエエエエエエエ!!!!!!!!!」


 これは薬品業界では割と有名な話。

 だから事情を知る人は源泉を見つけても使い辛い。

 そういう理由もあって、以前は誰も独占する気が起きなかったって訳だ。


 それでも魔力が尽きた人には助けになる。

 なので自然とその事実が伏せられていた訳だが、見事にコイツも知らなかったな。


 神の涙と信じるのは自由だけどね。

 事実も知らないとこうも滑稽に見えるものだ。

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