第31話 彼女の素性と仲間というもの
フェレッツ女史が来てから翌日、子どもたちを迎える馬車がやってきた。
別れは寂しそうだったけど、子どもたちも元気に別れの挨拶を送っていたものだ。
みんなもうそれなりに大きかったからな、事実を受け入れる準備はできていたのだろう。
そして誰もいなくなった家を前にウプテラがひざまずいて祈りを捧げる。
きっと今までの思い出に浸っているに違いない。
「……お待たせしました、行きましょう」
「ああ。でもどこに行くかな」
「でしたら隣街のエンテリスへ。商業区があるのでとても栄えていますよ」
「じゃあそうしようか」
そう軽く打ち合わせ、すぐ近くの馬車停留所へと歩く。
ただなんだかしみじみしてしまって話し掛けにくい雰囲気だ。
しかしだんまりも何か悪いし、せっかくだから聞いてみることにしよう。
「なぁウプテラ」
「なんでしょう?」
「あの子たちって結局、お前のなんだったんだ?」
子どもたちに関してはデリケートそうな問題だからずっと聞かなかった。
だけどフェレッツ女史がすっぱりと禍根を断ち切ったから、もう聞いてもいい頃合いだ。
だからと思い振り向けば、案の定ウプテラは「クスッ」と笑っていて
「あの子たちはエーテル教団の忘れ形見ですよ。かつて教団があなたたちに検挙され、騙されていたことに気付いていなくなってしまった信者の子たちです」
「ずいぶんとひどい親がいたもんだな」
「仕方ありませんよ、望まぬ婚姻をさせられた者もいましたから」
なるほど、それを全員引き取ったのか。
「そうやって客観的に見られるならどうして教団を止めなかったんだ?」
「当時はワタクシだって世間的にはまだ子どもですよ? できる訳がありません」
……そうか、そうだな。
今から八年前だとすれば彼女だって相当に若かったはず。
それでも子どもを引き取って育てるなんて相当な覚悟がなければできない。
「でも大人になって色々とできるようになった。それが罪滅ぼしの母親代わりだったってことか」
「ええそうです。それもようやく役目が終わりましたが」
思っていた以上に芯がしっかりしていると思う。
その上で冒険者としての仕事も済ませ、街の看取り人まで任されていた。
これが罪滅ぼしなのだというのなら、恩情を受けてもおかしくないほどの仕事っぷりだ。
そんな娘が自由となり、世界に羽ばたこうとしている。
止められないよな、勢い的にも、実力的にも。
「……なら次は俺を殺しでもするか? 教祖ベテル=リダリオンの娘?」
「気付いて、いたのですね」
「その姓を聞いて気付かない訳がないだろ?」
そこで俺は足を止め、振り返ってウプテラと相対する。
でも彼女の顔は別に歪むこともなく、微笑むまま俺へと目を向けたままで。
「それもそうですね。まぁ気付かれても何の問題もありませんが」
「そういうものか? 自分の人生を壊した相手を前にしながら?」
それでも歩み続けていた彼女がすれ違うと、フフッという微笑みが聞こえた。
それが気になって、つい追って振り返ってしまった。
「むしろワタクシはあなたに感謝していますよ?」
「えっ?」
「あなたは子どもだったワタクシに真実を教え、前を向いて歩ける勇気をくれた」
「俺が、勇気を……?」
「そうっ、父を殺すのではなく捕らえ、諭そうとしたあなたの前向きさをねっ!」
……ああ、そういえばそうだった。
殺せばいいなどと自棄になった奴を、俺はあえて説得することにしたんだ。
たしかあの時、俺はリテイカーの能力を使っていたはず。
そうか、それを見ていたからウプテラは俺の能力を知っていたんだな。
しかも黙っていたのは、自分もまた先天性能力者で隠す必要性を認識していたから。
なるほど、じゃあ俺はこの娘にも守られていたってことか。
まったく、自分のことながら迂闊さに呆れてしまう。
「ゆえにもうワタクシは迷いませんっ! 神の使徒として、冒険者として、罪を負うこともいとわないとっ!」
俺を置いて先に行く彼女の声が、そのトーンを上げていく。
だからと俺も急いで踏み出したのだが。
そんな時ウプテラがくるりと振り向き、そっとひざまずいた。
「ですから、どうかこれからワタクシをあなたのお傍に置いていただけますか? 従者としてではなく一人の仲間として」
そう祈る姿は敬虔な信徒そのもの。
それでいて懇願しているようにも見えた。
それは決して俺の驕りでもなく、きっと彼女の本心が垣間見えたからだろう。
再出発したばかりの自分を導いて欲しい、という子どもらしい願いが。
だから俺は彼女の隣で立ち止まり、肩をポンポンと叩く。
振り向かれたら、ビヤリとした微笑みで返す。
「仲間っていうのはひざまずくものじゃなく、肩を取り合うものだろ?」
そしてこう返し、腕を掴んで立ち上がらせたのだ。
おまけに図々しく左腕をウプテラの肩に回し、ずしりとのしかかってやった。
それでもって近づけた顔でいやらしくニヤリとしたら、ウプテラは驚いたのかキョトンとしている。
そうしたらミュナが寄ってきて、なぜか俺の右脇に頭を突っ込んできた。
「一緒! 仲間!」
「あ、おい、それはウプテラの方でやるトコだろ!? これじゃあ俺が抱えられてるみたいじゃないか!?」
「うっふふっ、そうですねっ! なら仲間らしくこのままでえっ!」
「うわっ、おおいっ!?」
「びゅーんっ! あはははっ!」
するとなぜか二人ともそのまま走り始めてしまう。
おかげで俺も付き合わされるハメになってしまった。
……でもこれもこれで悪くない。
なんだかアルバレスト時代を彷彿とさせるような軽いノリで。
前はいつもこうやって仲間のみんなとふざけあってたっけか。
――仲間、か。
これならそろそろ、新しいパーティを作ることも考えていいのかもしれないな。
俺もミュナも、そしてウプテラもまだまだ新しい一歩を踏み出したばかりの新人みたいなものなのだから。
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