第30話 大統領の祝福と罪深き女

 ……ウプテラの一撃は想像を絶していた。

 まさか魔物本体が一瞬にして爆裂四散とはな。

 魔物の笠がなければもしかしたら俺も一緒に弾けていたかもしれない。

 

 で、今は投げ出されて自由落下中。

 倒した後のことまでは考えていなかった。どうしたものか。


「アディーン!」


 でも心配はいらないようだ。

 ミュナが飛んでやって来てくれた。

 おかげですぐにふわりとした感覚に包まれる。助かった。


 しかし本当に当てるとはな、ウプテラの奴め。

 魔導兵器を使うことに関してなら自信があるとは言っていたが、まさかこれほどとは。

 それも旧政庁舎の屋上から直上狙撃なんて、もうよくわからない世界だよ。


「ひとまず街の外へ降りよう、いけそうかい?」

「うんっ! お馬さんのところいくね!」


 しかしこれでもう安心だな。

 ウェルリヌールはまた以前のような活気を取り戻すことだろう。

 俺たちも無事に地上に降りられたし、万事解決だ。


 本当によかった、この光景を守れて。

 この美しい湖畔都市が集団墓標に変わった姿なんて見たくはなかったからな。




☆☆☆☆☆☆




 あれからもう二日が経った。

 ウプテラの家での生活はなかなか悪くはなかったな。

 ミュナも子ども達とだいぶ仲が良くなったようだし。


「八年前にもお世話になりましたが、またもやお力を借りることになるとは思いませんでした。感謝しますアディン=バレル。あなたのおかげであのウェルリヌールは救われました」


 それで今俺と相対しているのはバイアンヌの大統領、フェレッツ女史。

 彼女本人が俺たちへ感謝を贈るために遠くからはるばるやって来たのだ。


「あの魔物への対抗策は未だ見つかっておらず、どうしようもありませんでした。しかしそれをまさかこうも容易く片付けてしまうとは。いったいどうやってあの魔物を倒せたのか不思議でなりません」

「まぁちょっとした工夫で、ね。俺はただ奴の動きを止めただけですよ」


 ウプテラはあいかわらず微笑んだまま何一つ口を開かない。

 俺たちが空を飛んだことも伝えてはいないようだ。

 ほんと、コイツは何を考えているのかよくわからないな。


「そこであなたには感謝のしるしとして相応の報酬を用意させていただきました。どうか受け取ってください」

「恩に着ます。なにぶんアルバレスト時代の素材を全部失ってしまったものでね、助かりますよ」

「えぇえぇ、是非とも揃い直しのために活用ください。その方があなたの能力的にも助かることでしょうから」


 逆にフェレッツ女史は八年前にも世話になったから気兼ねなくていい。

 俺の能力も知ってるから隠しごともしなくていいし。

 ただしミュナのことは除いて、だが。


 でもそんな彼女がふと表情を正し、今度はウプテラの方へ向く。

 その表情はどこか厳しめだ。


「では次にウプテラ=リダリオン」

「はい」

「あなたは我々の指揮下にありながら命令を無視し、アディン=バレルに独断で協力いたしました。それも我が軍の最新鋭兵装を無断で使用して」

「はい」

「これは由々しき叛逆です。このことに関して、あなたに口を挟む余地はありません」

「フェレッツさん、それは――」


 案の定、ウプテラに対してのあたりは強い。

 だからと俺も身を乗り出して止めようとしたのだが、逆に手で制されてしまった。


「よってウプテラ=リダリオン、これよりあなたに最高司令官である私から裁決をくだします」

「……」

「今これよりあなたは我が国の所属状態を解除、今後の契約はありえません。よってエーテル教は廃教といたします」

「そ、そんな、ではこの家はっ!?」


 この決定は仕方のないことだ。

 ウプテラが軍属である以上、命令違反には逆らえない。

 たとえそれが正しいことのためだとしても、俺にもどうしようもないんだ。


「また、この家の子ども達はしかるべき教育施設に預け、正しい形で養育することとします。もちろん離れ離れにならないようにね」

「――ッ!?」

「これまでのあなたの功績による恩情も考慮し、大人になるまでしっかりと面倒をみることを約束しましょう」

「フェレッツ様……!」


 そう、俺がどうこうする必要もなかったんだってな。

 フェレッツさんはこういう人なんだ。

 時に厳しくとも、最終的には温情を見せてくれる人なんだって。


「しかし軍属を離れた以上は我々もあなたの面倒を見ることはできません。ですからアディン=バレル?」

「えっ?」

「彼女をたぶらかしたからには責任をもって面倒を見るように」

「たぶらかし……ええ!?」


 だからってそれはないよフェレッツさん!?

 俺が面倒見ろだって!? この女を!?

 それこそ冗談じゃないぞ!?


「……いいですかアディン=バレル。彼女はあなたのことを知る数少ない人間の一人です。そしてそれと同時にあなたが守らないといけない力の持ち主でもあります」

「ッ!? まさか先天性!?」

「ええそう。彼女の能力は〝リビディング〟。感情が昂れば昂るほど強い魔力を発する力です。彼女はその力を使い、たった一人でこの国の塔攻略を行い続けてきた猛者なのですよ」


 一人で……だからこの若さでこのレベル量か。

 おまけに扱いはもう国宝レベルだな。

 才能だけで言うなら世界的にもトップクラスの強さかもしれない。


「ですがもうこの国にこだわり続ける必要はないのです。あなたはあなたの好きに生きるべき。あなたが今までに抱いていた罪はここで帳消しとしましょう」

「フェレッツ様……ありがとう、ございます……っ!」


 なんだか厄介事を押し付けられた気もするが、言いだすこともできそうにないな。

 まぁ仕方ないか、乗り掛かった舟とも言うし、今は受け入れよう。


「ミュナもそれでいいか?」

「うんっ! だってウプテラ、もう変じゃない!」

「そうか、ならいいか」


 もしかしたらミュナは最初から感じて、わかっていたのかもしれないな。

 ウプテラが街で見せた行動がすべて本心じゃないかもしれないって。


 今のあいつが流す涙を見てわかる。

 あいつはやっと心の底から自由になれたんだってな。


 エーテル教なんて関係のないウプテラという娘の人生は、ここから始まるんだ。

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