第29話 取り付く男と、光悦する狙撃手

 手に入れた素材を活用するのは錬金術士の十八番だ。

 そして役割の近い薬士にも同様のことができる。


 素材を無駄にしないようにと仕込んでおいてよかった、と今さらながら思う。

 こうも早くここ一番の出番が来るとは思わなかったよ。


 だがそのおかげで貴様に取り付けたぞ、このクラゲ野郎!


「ギョエエエエエ!!!??」

「くっ、暴れるんじゃないっ!」


 だけどこれも想定内だ! ネットインボルブ!

 からくり機構で打ち出した糸を引き込み、一気に笠へと着地する。

 さらには誓いの短剣を差し込み、それを杭にして一気に登った。

 洞窟の穴と比べたらなんてことのない楽なクライミングだ!


「どうやら笠の上はコイツの弱点らしいなっ!」


 おまけに俺は一番いい所に辿り着いたらしい。

 人が五人は乗れそうな大きな笠の上だ。

 しかも笠はゆらゆら動くが俺をどうにもできない。

 触手も振り回しているが、どうにも届かなくて苛ついているのがよくわかる。


 だけど容赦するつもりはない。

 さっそく笠を短剣で何度も突き刺し、奴の状態を観察する。


 ダメだな、ナイフで刺した程度じゃ笠が貫通できない。

 それに抜いた傍からもう組織がくっつき再生していく。

 もっと長い得物があれば奴本体にも届きそうなんだが。


 しかしそこを薬でどうにかするのが薬士、そして薬闘士だ。

 だからと即座に薬を調合、自分で含む――のではなく、裂いた笠へと練り込む。


 するとどうだ、傷口がどんどんと爛れ、紫色に変色していく。

 再生も始まらない。よく効くなこの毒は!


 ――そう、なにも薬士は補助薬を作るばかりではない。

 敵に見舞う毒薬だって精製可能なのだ。


 ついでに言えば、俺は魔力を行使することで薬を毒に変換することもできる!

 後天性アビリティ〝薬品効果反転リバーシター〟で!


 魔防強化薬を魔力拡散剤として使用したのもしかり。

 耐熱剤を誘冷剤へと変換したのもしかり。

 そして今も、ウプテラから預かったパル・エーテル粉末を劇毒に換えてやった!


 ならなおさらよく効くだろうっ!

 さっきできたばかりの新鮮な天然モノだぞッ!


 さらには露出した奴の本体へ鎮静剤を流し込み、奴の動きを止めさせる。

 

 こうしてお膳立てはしてやった!

 ならやって見せろよウプテラ!


 お前の言葉を俺は信じているからなっ!




☆☆☆☆☆☆




 ――ああ、彼らの戦っている姿が見えます。

 まるで噂に聞く天使のよう。

 なんて優雅に空を舞いながら戦うのでしょうか。


 これが神の示した聖戦ならば、彼らは神の使者なのかもしれませんね。


 なればワタクシも誓いましょう。

 この身で抱きし銃砲の力で、宿敵の御身を射貫かんことを。


 そう心に呟きながら、真上に傾けた双眼鏡を降ろします。

 己の罪深さを懺悔しつつ、たくましき砲身を指でなぞり上げつつ。


 そして光悦に浸り、遥か空を見据えるのです。

 その身ワタクシよりも雄大なる三メートル級の銃砲と共に。


 そうして抱く姿はまるで十字架シンボルへともたれながら嘆く聖女のよう。

 ワタクシもまたこれから行う罪深き行為に対し、嘆きを抱いてなりません。


 しかしこれもまた使命。

 主君アディン=バレルより託された宿命なれば。


 左足を地に。

 右足の親指をトリガーに。

 こうして全身をもって砲身を構え、魔力を一点に集中。


 狙う必要はありません。

 今は弾丸こそ我が目、我が耳、我が心。

 主の命において今だけはすべてを捧げることを許したまえ、ああ神よっ!


 この罪を許したまえ!

 この罪深き行いを、このワタクシを!

 今こそ真に開放いたしましょう、この街の心をっ!


 それこそが我が神の願いと繋がるならばっ!




「――〝我が罪を清めたまえメェーネス〟」




 我が祈りの言葉と共に体を落とし、弾丸が放たれました。

 白き雷を伴い、遥か青天へと向けて。

 ああ見えます、天の使者と醜悪な魔物の戦う姿が手に取るようにっ!


 その魔物が赤く散りて空を輝かしく染める、その光景さえもおっほぉんっ!!!


 ……これで我が罪がまた一つ。

 許したまえ許したまえ、どうかワタクシめの罪を、どうか。


 そう訴えつつ、ワタクシ自身で空を見上げます。

 そして涙を流すのです。

 嘆きと、慈しみと、光悦の涙を。

 今こうして滴る雫もまた、ワタクシの罪なのでしょう。


 ですがまた受け入れ続けなければなりません。

 いつかこの世界から罪そのものが消えるその時まで……。

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