第28話 空を駆ける二人と海月の魔物

 ウプテラから話を聞いたその翌日。


 俺とミュナは今、街の外の丘に立っている。

 ウプテラの家に泊めてもらったおかげで割とぐっすり眠れたな。

 魔物の攻撃に晒されていないという安心感からだろうか。


 ウプテラはすでに狙撃地点で待機中のはず。

 なにもかも入念に打ち合わせ済み、すでに抜かりはない。


 あとは俺とミュナがやり遂げればいい。

 成功・失敗は気にするな、役目をやり遂げることをだけを考えろ。


「ミュナ、いけそうか?」

「うん、精霊もみんな、やる気いっぱい!」

「そうか、彼らにもそういう感情があるんだね」


 ふと、風が吹いた。

 低草が揺れ動くほどにピュウと。

 まるで返事をしてくれているかのようだ。


 だからふと、見えなくとも触れようと手を伸ばす。

 どうしたいいかはわからないけれど、ただなだめてみたいと思って。


 でもすぐにその手を握り締め、空を見据えた。


「じゃあ行こうミュナ、あの街に精霊の息吹を取り戻させるために!」

「うん! いっちゃおー!」


 そんな拳に、ミュナの細い拳もが伸びてこつりを当たる。

 すると間もなく体にふわりとした浮遊感が包み始めた。

 緑の風が周囲に走り、俺たちを浮かせ始めたのだ。


 しかも思ったよりも上昇速度が速い。

 まるで塔を降りた時の光景を逆戻りしているかのように錯覚する。


 ああ、もう地上が、街が小さく見える。

 地上が、地平線が、大空が一望できる。

 俺たちの世界はこんな風に美しくできていたんだな。


「綺麗だよね、ミュナ、これ好き」

「ああ、俺もだよ。この景色は俺たちだけの特別だ」

「うんっ、そうしてくれる精霊にとっても!」

「そうだな、あとで感謝しないと。どうお礼したらいいかわからないけど」

「あとで聞いてみよ!」

「うん、頼むよ!」


 なおさらに速度が速くなっている気がする。

 街側へも進み始め、俺たちも空を羽ばたく鳥のように横向きに。

 そこでミュナが俺の手を掴み、引っ張ってくれた。


 途端、加速。

 風の触れる感覚が強くなり、肌を切る冷たさを感じさせる。

 だがそのおかげで俺たちはついに目標の姿を確認することができた。


 魔物だ。それもそれなりに大きい。

 まるで海のクラゲのような、ふわりと浮かぶ軟体生物の姿。

 あの仕組みで受けているのはきっと魔力を絶えず放っているからだろう。


「アディン!」

「どうしたミュナ!?」

「あの魔物の周り、精霊いない! みんな怖がってる!」

「なら接近し過ぎず精霊のいる範囲で攻撃してみよう!」

「ういっ!」


 あの叩けば潰れそうな姿だ、もしかしたらミュナの攻撃で倒せるかもしれない。

 それほど素早くも動けないだろうし、俺たちから逃げ切るのは不可能とみた。


 だからまずは先制攻撃で様子を見る。

 ある程度まで近づくと、さっそくミュナが緑の烈風で攻撃を仕掛けた。


「いっけーーー!」


 緑の風が渦状軌跡を刻んでまっすぐにクラゲへ。

 そうしたら柔らかく透明な笠がグラグラと揺らせ、触手を震わせ始めた。


「キィィィィィィ!!!??」


 傷がついた様子は無いが、相当嫌がっているようだ。

 ついには触手を右往左往に振り回して何かを避けているかのようで。

 奴はとりわけ精霊にまとわりつかれるのが嫌いらしい。


「ええーい! もっといっけー!」


 ミュナもそう気付いたらしく、もう破れかぶれに両腕を振って烈風を放つ。

 しかし奴も笠で自身を丸く包んで攻撃を弾いてしまった。


 たしかに風は効いている。切り痕も付いている。

 だけどそれを上回る再生能力ですべて無効化してしまっているんだ。


「ぷーーー!」

「精霊は他に何かできない!?」

「だめ! ミュナがこれしかできないの!」

「なら仕方ない、想定通りのことをやるまでだ! ミュナッ!」


 しかしこれはあくまで牽制、本命はこれから俺が起こす行動だ。

 だからとミュナにその開始を悟らせる。


 するとミュナが途端にハッとし、すぐ顔を引き締めさせた。

 本当なら今の攻撃で終わらせたかったに違いない。

 こうなるのは彼女にとっては不本意なようだ。


 なにせこれから俺が奴に特攻するのだから。

 失敗したら最後、誰にも助けることのできない絶望のフリーフォールをな。


「ミュナ」

「アディン……」

「大丈夫、俺は必ず成功させる。だから心配するな」

「……わかた、絶対、だよ!」


 それでもミュナは奴の直上へ俺を運んでくれた。

 俺が強情なのも、その気持ちも知ってくれているから。

 とてもありがたく思う。


 だからこそ真っ直ぐ飛び降りるのだ。

 俺は、奴へ、取り付くために!


 大丈夫だ、精霊を信じろ。

 精霊は奴の笠へと俺を落とせるよう軌道修正してくれているはず。

 あとは俺がちゃんと奴の上に飛び降りて乗ればいい!


 突然、風が厳しさを帯びる。

 精霊領域外へ到達したのだ。

 しかし勢いは止まらない、奴の反撃も来ない。

 いけるぞ、このままならッ!


「ギュエッ!」

「――ッ!?」


 だがこの時、奴は笠を膨らませ、絞るように萎ませる。

 そうした途端に奴の体がグンッと大きくズレていった。

 そうか、これが狙撃を避けた動きかッ!?


 おかげで俺の落下軌道から奴がズレた。

 このままじゃ街に落ちて落下死だな。


 ――だがその対抗策を用意していないとでも思ったかっ!?




 ゆえに今こそ俺は切り札を放つのだ。

 先日倒した大蜘蛛、奴の放ったものと同じ糸を。


手繰り粘糸キャッチャーネット〟。

 こんな時のためにと用意しておいた、もう一つの戦利品製道具だっ!

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