第27話 母代わりの女と退魔紋
ウプテラの言葉を聞いた時、俺はまずその真意がとても気になった。
俺のためなのだと言われてしまえばなおさらに。
そしてウプテラはその真意を語ることも吝かではなかったようだ。
話すためにと、俺とミュナを街の外のとある場所へと案内してくれることに。
「「「あ! ウプテラママだ! おかえりー!」」」
その場所はというと、なんと子ども達が大勢ひしめく道外れの一軒家。
ここでウプテラは母と呼ばれ、すぐに子ども達に囲まれていた。
「狭い所で恐縮ですが。そこの椅子へおかけになってください」
「あ、ああ」
ここでのウプテラはまるで別人、優しく微笑む礼儀正しいシスターだ。
まるで子ども達にお手本を見せているかのようだよ。
「この子達は全員、君の実子なのか?」
「まさか。ワタクシ自身は未だ操を守り続けておりますよ」
だよな。
ウプテラは若いのに、子どもたちの中にはそれなりに大きい子もいる。
その一方で幼児のような子どもはいない。
実子ではないのは一目瞭然だ。
それでも聞いてしまったのは少し意地悪だったか。
ただ当人はあまり気にしていないのか笑顔を崩さない。調子狂うな。
「ミュナ、みんなと遊んできても構わないよ。難しい話は俺たちでするからさ」
「ほんと!? やったぁ!」
ミュナはミュナで子どもたちを見てソワソワしていたから、けしかけてみた。
人と触れ合ういい機会だしな、情操教育みたいなものだ。
「彼女はまるで子どもみたいですね。体は大人なのに」
「不思議とね。だけどああいう無邪気な大人もいてもいいと思うよ?」
「ふふっ、それはワタクシに対する誉め言葉と受け取っておきます」
あとはこうして意地悪で湧いた罪悪感を払拭しておくとしよう。
それに少しくらいは話しやすくなるだろうし。
「では本題ですが、単純に言えばあなたは邪魔です」
「だろうね。場をかき乱すことに関しては自信がある」
「ええ。ですがその性質が今は不幸を呼んでしまう可能性さえあるのです。ですから――」
「抽象的な言葉を並べられても俺にはわからないよ? しっかりと具体的に教えてくれないか」
「……わかりました」
この手の話し方は宗教論者の得意技だ。
ない物をあるように語る、それこそ抽象的論法の塊で現実的じゃない。
でも俺はそんな空想話を聞くためにここに来たのではないんだ。
「今、この街は魔物の脅威に晒されています」
……やっぱりか。
ミュナが感じた通りだ。
「ですが定着ではありません。ただ魔物に襲われ続けている、ただそれだけなのです」
襲われ
現在進行形なのか?
「しかしそれ以上の被害はなく、魔物自体も動きはありません。ですので
「我々……それってまさか」
「ええ、そのまさかですよアディン=バレル。〝我々〟とはすなわちバイアンヌ政府。そして現在のエーテル教の
おいおい、まさかバイアンヌがエーテル教と繋がっているだと?
でもなんで……。
「今のウェルリヌールではあらゆる人工薬の使用が叶いません。しかし実は天然資源であるパル・エーテルであれば僅かな期間ですが中でも使用が叶います」
「そこで政府はパル・エーテルを投入し、街を最低限の状態で動かし続けることを決定したのです。魔物の移動を防ぐためと、対抗策ができるまで」
天然資源だけが扱えるというのは不思議だな。
もしかしたら精霊と何か関連性があるのかもしれない。
ミュナにしか認識できない以上、調べようもないが。
「だけど俺がいると余計なことをして魔物が動くきっかけになりかねない?」
「そう。あなたの行動がきっかけとなり、街の人々に気付かれては困りますからね」
そうだな、魔物は知能を持つがゆえに俺たち人を観察できる。
だから下手に騒ぎになれば察知し、予期しないことをし始めかねない。
それをバイアンヌとしてはなんとしても防ぎたいと。
「じゃあその魔物を倒そうと思わないのか?」
「もちろん倒そうと何度も試みましたとも。しかし叶いませんでした」
「どうして?」
「……それは簡単なお話です」
するとウプテラが右手の人差し指をゆっくりと上へ示す。
「相手が大空にいるからです。それも遥か2.7キロメートルの上空にね」
「ば、バカな……!? 高度2.7kmだと!? 下手な高山より高いじゃないか!!」
「ええそうですね。ですから容易に倒すことなんてとてもできませんよ」
じょ、冗談じゃないぞ!?
そんな高さにいる魔物なんて本当に手の出しようすらないじゃないか!
「だがそんな所から魔物がどうできる!? 魔力が届く距離じゃないぞ!?」
「いいえ、魔法ではありません。調べた結果、奴はいわゆる〝声〟を発しているのだと推論が出ました」
「声……?」
でも肝心の魔物の攻撃の正体がまたよくわからない。
声などと言われても何がなんだか。
「声の効果はあのウェルリヌール湖全域に及びます。そして湖の直径は外縁5.4km。そこから測量を行って導き出した結果が2.7km。奴が扇状に直角度で音波を放っていることがわかったのです」
それだけの距離の音を発せるだと!?
魔物はどれも規格外の能力を誇っているが、今回の相手は桁違いだぞ!?
「そしてその音波に当てられたものは次第に気力や意思を奪われていく。それも普通じゃ気付けないくらい緩やかに」
「そ、そんな……」
「よってこの攻撃を、我々は〝やる気・元気・勇気横奪ビーム〟と名付け、この事実を伏せた上でウェルリヌールの放棄を決定したという訳なのです」
……。
まぁこの際名前はどうでもいい。
だけどそれで薬品が使えない理屈もなんとなくわかった。
おそらくそのビームは人だけでなく物の〝気〟も奪うのだろう。
それにきっと精霊も対象内だから、街に入った途端に気配がなくなったと。
厄介だな。敵も、攻撃も。
「以上がワタクシの知る事実。この現実を前に我々にはどうすることもできません」
ああそうだ、たしかにどうしようもないよな。
人間に空を飛ぶ力はないし、山ほどの高さにいる相手に届く魔法も知らない。
けれどだからと言って何もしなければ、それは街の人を生贄にするということと変わりないじゃないか!
「わかってくれましたか。では――」
「だがそれで本当にいいのかよ!?」
「――ッ!?」
そんなこと認められる訳がない。
魔物を倒すことを生業とする冒険者ならばなおさらだ。
それにあの街には薬屋のおばちゃんもいる。
お世話になったあの人たちを見捨てるなんて、俺にはとてもできない!
「何か対策案は!? 奴を倒すための準備は!? それくらいは外でいくらでもできるだろう!?」
「それは、まぁ一応ありますが」
「ならなんだ!? 教えてくれ!」
「それは――超々遠距離からの狙撃です」
狙撃……!?
火薬銃を使うのか?
だがそんなちゃちなもので大空まで届くとでも?
「実はだいぶ前、魔導工学研究所で魔法エネルギーを爆発力に替えて放つ魔導重装砲が開発されました。それも人が運用できるギリギリのサイズで」
「そ、そんなものが……」
「この銃砲の有効射程距離はおよそ3km。これならば威力を維持したまま射程圏内に収めることが可能です」
「だったら――」
「しかしまず当たりません。相手も気付くし動くのです。弾丸到達までに何秒かかるとお思いですか?」
「ぐっ……!」
それもそうか、対策をしていない訳がない。
バイアンヌだって世界的に見れば対魔物作戦ではエキスパートの部類だ。
それにもかかわらず対策ができていないのは、相手がその上を行く存在だからに過ぎない。
ならせめて奴を止められれば――
……止めれば、いい?
「――奴を止められれば、当てられるのか?」
「えっ?」
「あるいは弾丸を放ったことを悟られなけれ射貫けるんだな?」
「そ、それはまぁ……」
「だったら話は早い」
そうだ、たしかに普通に考えればそれは無理だろう。
超々高度への人類到達は未だ叶っていない未知の世界だ。
だがな、唯一俺たちにはそれが叶うかもしれない!
「俺とミュナが奴の動きを止める。だからその隙に奴を狙撃してくれ!」
そう、相手は空の上でもビームの外にいる。
ならそこは精霊の領域内であることに違いはないんだってな。
「なるほど、それがあなたにはできると」
「ああ」
「しかも確実に?」
「ああ!」
「……わかりました、いいでしょう」
「ならば数々の偉業を残してきたあなたの言葉を信じ、今はワタクシが力を貸すことにします」
「えっ?」
どういうことだ?
俺はバイアンヌ政府に依頼したいだけなのに。
――だがこの時、俺は目を疑う。
ウプテラがそっと己の左腕を胸元に添え、備えていた白手袋を引き抜くことで。
その左手に輝いていたのは退魔紋、それも示す数字は――51。
今の俺よりも高い数字だ!
この女、冒険者だったのか……ッ!?
「ではこれよりこの〝
これほどのレベル、そして異名付き。
そこまでの実力者でありながら知られていない事実など疑問は拭えない。
しかし退魔紋は嘘をつかない!
ならば俺も信じよう、ウプテラの言葉を。
こいつなら必ず俺達が願う通りに事を済ませてくれるのだと。
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