第26話 妖しい教徒とその目的

「ちなみにワタクシを買うには二金貨が必要です」

「誰が買うか」


 馴染みの店で話を聞いていたら胡散臭いシスターと再会してしまった。

 ウプテラとか言われていたな、まさか店主のおばちゃんと顔見知りとは。


「ですがひとまずお仕事を。店主様、本回納品分のパル・エーテルです。どうか神の慈悲があらんことを。あ、ちなみに一本銀貨三枚です」

「あら、また値上がりしたのねぇ。仕方ないねぇ~」

「買うのか……」


 店主さんが金庫を開いたらシスターがまたあのニヤけ顔を晒している。

 これもう悪徳業者だろう、コイツをまず逮捕した方がいいんじゃないか?


「いいですか、これは神の采配なのです。この街はエーテル神の慈悲によって成り立っており、そのおかげで街の人々は安心して暮らせていると言えるでしょう」

「それ、お前達が何か悪さをしているんじゃないか? 以前みたいに」

「いえいえとんでもございません。源泉を独占する事は神を寵愛する我々の使命。なさねばならぬことだったのですよ」


 あれほどの悪行を行ったエーテル教団がよくもまぁぬけぬけと言う。


 信者にお布施させた金で天然エーテル源泉の土地を買収。

 元々は自由に使えたのに、軒並み立ち入り禁止にして完全独占。

 工場まで造り、製造と偽って注いだだけの瓶を他所に売り歩く始末。

 他にも恐喝、詐欺、ネズミ講といった犯罪級のことまで手広く行っていた。


 だから八年前、依頼を受けたアルバレストが教団に殴り込みを仕掛けた。

 それでもって教祖をふんじばって、ギルドが集めた証拠と共に役所へ放り込んだんだ。

 おかげで奴は今でも牢獄でお勤め中のはず。


「しかしあの後、我々は目覚めたのです。真なる愛にっ! 人々と共に暮らす神聖なる使命にっ!」

「ほら、これでいいかい?」

「まぁいどあぁりがとうございまぁっすぅぅぅ~~~!!!!!」

「金を無心するのが神聖なる使命ねぇ……」

「ウッヒョオオオオ! 金貨や金貨やぁ~~~!」


 偉そうな高説を垂れ流しながらも、金貨を前にしたら亡者に早変わりだ。

 こいつらが信じているエーテル神ってまさか邪神なのか?

 ……そうだな、間違いない。


「あなたとっても、ヘン!」

「あら、あなたさっきも一緒にいた子ねぇ」

「ヘンな人いくない!」


 おおっと、ミュナもさすがにしびれを切らしてしまったか。

 相手の言葉もわからないはずなのに妙に強気だな。


「ごめんねぇ、ワタクシ女には興味無いのぉ」

「ぷー!」


 だがウプテラの奴は本当に興味なさそうに金貨三枚で団扇仰ぎだ。

 ならもういいか、付き合うのも面倒臭い。


「ミュナ、もう行こう。こんなのに付き合っていても時間の無駄だ」

「ぷー!」

「ああん待ってぇアディン=バレルゥ!」


 しかし店から出ようとした瞬間、奴の体で遮られてしまった。


「まだ何か用か?」

「ねぇあなた、エーテル教団に入らない?」

「なに……!?」


 しかもこの期に及んで勧誘だと!?

 お前たちを壊滅させた俺を!?

 一体なんで――


 するとその途端、奴の顔が近づく。

 それもすれ違うように耳元へ。


「きっとあなたの〝リテイカー〟ならもっともぉっと儲けられると思うけど?」

「――ッ!?」


 な、なぜだ!?

 この女、どうして俺の能力のことを知っている!?


「だから、待ッテル♡」


 でもこう呟くと、耳に「ぞりりっ」とした感触を残しつつ頭が離れていく。

 俺も嫌がるようにして離れるが、ウプテラもまた荷台を抱えて店の外へ。

 追うようにして飛び出したが、もう奴は景色の彼方で走っていた。


「ウプテラ……あいつは一体何者なんだ……!?」


 わずかに耳に残る感触、そして奴の残した言葉。

 それにこの街で起きている異変。

 何もかもわからないことだらけだ。


「アディン、大丈夫?」

「ああ、平気だ。ただ少し考える時間が欲しいな」


 しかし今あがいた所で何もわかる訳はない。

 だから俺たちは店主に別れを告げ、ひとまず宿へと戻ることにした。




 ――そして翌日。


「アディン! ぷらもりって!」

「ぐはっ!? うう、お、おはようミュナ」


 気付けば朝で、ミュナの飛び込みによって強制的に目を覚ます。

 ただ昨日は色々と悩ましくてすぐには寝付けなかったから、まだ眠い。

 それでもミュナがギルド体操を強要してくるので、仕方なく起きることに。


 体操を済ませ、着替えて外へ。

 まずは朝食を食べる所でも探すとしよう。


 それで選んだのは宿近くにある食事処〝鶏兎亭トリトッティ〟。

 軽食を摂るのにも適した、カウンターが外に露出しているお店だ。

 そこでサンドウィッチを注文。

 ささっとできたものを二人で受け取り、座れる椅子を探そうと見渡す。 

 

「ハァーイ、お二人さん、こっちこっちー」


 そうしたらなんかいた。

 シスターの服を着た何者かがいた。

 おかしい、さっきまではいなかったのに。


「お前、なんでここにいるんだ」

「お朝食です。ここのチキンとラビットは実に美味なのですよ」

「神の教えで獣肉は禁じられてなかったか?」

「ノンノン、死んでるのでもう獣ではなくタダのたんぱく質ですわ」


 ずいぶんと自由な解釈だな。


「それにワタクシが殺した訳ではないので。はむっ」

「お前にとって何が罪深いのか俺にはもうわからないよ」


 ただ、こうして俺たちの前に現れたということは、逃がすつもりはないということなのだろう。

 だから観念し、呆れつつもウプテラの前に座る。

 ミュナもぷーぷー言っているが、ひとまず座らせることにした。


「悪いが俺は教団に入るつもりはないよ」

「あららんねん、ほてもよいおはなひでひたのに」

「そんなことしたら俺が狙われるよ、いけない所にね」

「ふふっ、そうでしたね」


 意外だな、すぐに引き下がった。

 なら俺を勧誘するのが目的じゃない?


「では逆にこう伝えることにしましょう」

「なんだ、また変な勧誘か?」

「いえいえ、そんな図々しいことは言いません」


 だったら何を――


「今すぐこの街から出てお行きなさい。それがあなたのためでもあります」


 この時、ウプテラは今までにない真っ直ぐな瞳を向けていた。

 きめ細かな白金の髪、透き通った空青の瞳、そして一切の歪みない白肌。


 そんな顔がまっすぐ向けられた時、俺は視線を逸らすことさえできなかったのだ。

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