第25話 声の聞こえない街と馴染みの店

「さっきの人、ヘンだったね」

「ああいう人もいるから、知らない人について行ったらダメだぞ?」

「わかったー」


 変人に遭遇したのはツイてなかった。

 だが出会ってしまったのは仕方ないので、これもミュナの教育のためだと割り切るしかない。


 そう思いつつ、手を繋いで街へと続く橋を渡ろうとしたのだが。


「――えっ?」


 急にミュナが足を止めてしまった。

 まるで俺に抵抗するかのように力まで込めている。


「どうしたんだミュナ?」

「あのね、ここ、精霊の声が聞こえないの」

「精霊の声が?」


 どういうことだ?

 精霊の声が聞こえないのは普通じゃないのか?


「こういうことは初めて?」

「ううん、ミュナのいたトコは精霊の声聞こえなかったよ」

「ならどうして?」

「でもアディンの場所、どこも精霊の声でいっぱい。なのにここだけ突然聞こえなくなったの」

「ふむ……」


 ……少し推測してみよう。


 ミュナのいた場所はおそらく、魔物に支配されていた。

 一方、魔物がほとんどいないこっちでは精霊が溢れている。

 となると魔物がいると精霊がいなくなると思うのが筋だろう。


 魔物も精霊を恐れているようだった。

 あの蜘蛛がミュナの攻撃を見て狼狽えていたのは間違いない。

 つまり魔物と精霊には何かしらの関係性があると思える。


 だがそんな精霊が今、ウェルリヌールにはいない。


 だとするとこの街に魔物がいる?

 いや、でも魔物が定着している様子はない。

 今も普通に街道を歩いている人がいるし、街も穏やかそのものだ。

 だとしたらなぜ?


 ミュナは空を眺め、ただ立ち尽くすだけ。

 彼女にもどうしてなのかはわからなさそうだ。


「入りたくないなら一つ前の街に戻るか?」

「んーん、ミュナがまんする」

「そうか。でも無理はしないでな? 嫌なら移動する手もあるからさ」

「うん、わがまま、ごめんね」

「いやいい。君がしたいようにしよう」


 ミュナも我慢してくれるというなら、ひとまずは街へ入るとしよう。

 精霊がいない原因を調べることもできるかもしれないし。


 そう決めて俺たちは街へと足を踏み入れる。

 ただミュナの調子はあの穴倉にいた頃の、外へ出歩く時のように静かになってしまった。

 おそらく周囲を警戒しているのだろう。


 でも街中に入ると様子は別になんてことはなかった。

 人が普通に出歩き、仕事をしたり生活を満喫していたり。

 商売もしっかり成り立っているようで、様子は平和そのものだ。


 そこで俺たちは一度宿を決め、拠点を構えた。

 しかしまだゆっくりとはせず、夕暮れに当てられる街を散策することに。


 商店街も八年前に見た様子と同じだ。

 白い壁が特徴的な建築模様が新鮮みを与えてくれる。

 しっかりと建物を洗うのに手間をかけているようだ。

 なんたって水の都だからな、水にはまったく困らないだろうし。


 そこで俺はふと思い立ち、薬品店に足を運ぶことにした。

 昔通っていた馴染みの店だ。


「いらっしゃい~あら、あなたもしかして」

「どうもお久しぶりです。こっちに来たんで顔を出そうと思って」

「えぇえぇ! 懐かしいわねぇ~」


 店主のおばちゃんはあいかわらずそうでよかった。

 もうさすがにお年寄りって感じになってしまっているが。


「あらあら、しかも可愛いお嬢さんまで連れて。もしかして奥さん?」

「いやいやいや……俺の大事な仲間ですよ」

「ミュナだよ!」

「あらそう~よろしくねぇミュナちゃん。それじゃあどうしちゃったの、あの〝暴れ竿〟ってパーティ」

「ははは、アルバレストですよ。俺が抜けたんで、一からやり直しです」

「あらま、残念ねぇ~てっきりおばちゃん、あの青髪の娘ともういい感じなのかと思ってたのに」

「青髪……ああルッケ。いやいや、そんなことはないですって。アイツは俺をからかうのが好きなだけでさ」

「じゃあ紫髪の娘は?」

「ファーユはもっとそういう相手にはなりえない奴です」

「もぉ~アディン君はどうしてそう謙虚なのかしらねぇ~ねぇミュナちゃん?」

「ねーっ!」


 ははは、このおばちゃんは世間話が好きだからなぁ。

 いざ話に入るとこうしてついつい長引いてしまう。

 交遊関係となると特にしつこいからな、話をそらさないと。


「そういえば店主さん、最近何か変わったことはないです?」

「そうねぇ~……」


 よし、うまく誘導できた。

 このまま何かいい話でも聞ければいいんだけど。


「この街で薬品が使えなくなったことくらいかしら」

「――え?」


 なんだ、聞き違いか?

 薬が使えなくなった……?

 言っている意味がわからないんだが。


「たぶん半年前くらいだったかしらねぇ、途端に薬の効果が出なくなってしまったのよぉ」

「効果が、出ない……!?」

「そうなの。だからもう薬品を使って行われる仕事が軒並み大変みたいでねぇ、効果が出る薬品といえばあのエーテル教団のパル・エーテルくらいなのよ?」


 しかもそこであのうさん臭いエーテル教団が出てきたか。

 もしかしてこの謎の現象の元凶って奴らだったりしないよな?


「それで街の調査とかはしたのかい?」

「ええもうしましたとも。首都ですもの。バイアンヌの政府もギルドと一緒に総動員で街の至る所を探したみたいよ。直下の湖もそう」

「だけど何も見つからなかった?」

「ええ。だから政府も諦めて、今は首都移転計画も出ているくらいなの。これのせいでいろんなお薬屋さんも店じまいしてしまったし、魔導工学研究所も稼働していないわ。それでも市民は生活があるから普通に暮らしているけれど」


 ……まったく知らなかった。

 半年前なら知られていてもおかしくないことだと思うのだけど。

 バイアンヌ政府が問題を伏せていたってことなのだろうか?


「日常生活じゃ薬品なんて使わないですしね」

「ええそうね。でも外ではちゃんと使えるからやっぱり薬屋はなくっちゃ」

「それで店主さんは続けているのか。ほんと大変だけどがんばってるんですね」

「うふふっ、おかげさまで細々とギルド相手にねぇ」


 そう言われ、ふと商品を眺めてみる。

 しかし店自体は少し埃をかぶっているようにも見えた。

 一般客はそこまで来ないって感じなんだろうな。

 冒険者も薬屋に行くよりギルドで手に入れた方が早いし安心だから。


 だったらなんとかしたいんだが。

 でも政府やギルドが諦めたものだと、俺一人じゃどうしようもないか。


「どぉも~~~エーテル教団でぇーっす!」

「「――ッ!?」」

「あらあら、今日もご苦労様! あいかわらず元気ねぇウプテラちゃん」


 そう悩んでいた時、こんな声と共に予想外の人物が現れた。

 さっき俺に薬を押し売りしようとしていたシスターだ。

 

「あぁ~アディン=バレル! 次来るのがちょっと早いんじゃありません~?」

「これは不可抗力だろう!?」

「ハッ!? まさかワタクシに会いに!? もぉ~~~ワタクシにはエーテル神がおりましてぇ~~~!」

「寝言は寝て言え!」

「あなたの胸元で寝て良いと? あっはぁ~~~んもぉそんな、そんなあっ!」

「~~~ッ!!!」

「面白いねぇあなた達、お似合いじゃないのかい?」

「いやぜんっぜん!」「感無量ですぅ~~~!」


 おばちゃん、頼むからこんな得体の知れない奴とくっつけようとしないでくれ!


 クソッ、安心していたら変な奴と再会してしまった。

 もしかしてこれも奴らの罠だったりしないだろうな!?

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