第22話 魔物がいた理由と冒険者という者

「昨日はすまんかったなぁ。だが助かった!」


 ギルドに着いて早々、おやっさんから謝罪を受けた。

 どうやらあの森を勧めたことに罪悪感を感じていたらしい。


 だから俺は鼻で笑い、その罪悪感を払拭させてあげた。


「運は悪かったけど結果は良かったよ。あの魔物を退治できたのはさ」

「ああ。今、丁度いい低レベル冒険者を三〇人ほど送らせてあの森を調査させている。今のところ目立った反応はないが、何かあったらまた協力を頼むかもしれん」

「わかった、その時は遠慮しないでくれよな」


 するとおやっさんから一枚の紙を渡される。

 目を通してみると、昨日の大蜘蛛の調査データが記載されているようだった。


「あの蜘蛛はおそらく第三塔から漏れた奴だと思う。マインドスパイダーの過剰成長体だ」

「マインドスパイダー? 人の頭ほどしかない奴だぞ?」

「ああ。それが人知れず逃げおおせてあの森に行きつき、デミベタイトを餌にして急激に成長したんだ。魔物にとっちゃこの世界は過剰なほど栄養で肥えているみたいだからな」


 なるほど、運良く逃げ延びて、運良く丁度いい餌場に辿り着けたか。

 言われてみれば方向的には第三塔、俺が魔王級を倒した場所に近い。


「ただな、あの森はお前が帰ってくる前に一度調査しているんだが、その時は何も無かったって報告が上がっている」

「誰なんだその調査した冒険者は」

「王国軍だ」

「――え?」


 おやっさんが腕を組み、溜息を深く吐く。

 それだけで気苦労を感じ取れるかのようだよ。


「奴ら、なぜかギルドの協力を拒みやがる。それでもって自分達で調査までおっぱじめやがった」

「どういうことだ? 王国は兵士に退魔紋を授けているのか?」

「そんな訳がねぇ」


 そうだよな、退魔紋はギルドが持つ独自技術なのだから。

 世界塔攻略連盟の魔導研究部が開発した、対魔物用支援魔装。

 人間に対しては意味もなさないが、強力であるがゆえにライセンス式になっている。

 だからギルド以外じゃ授けられるはずがないんだ。


「それなもんで奴らはアビリティなしで探索ごっこだ。それで調査完了だなんて言われても、こっちは眉唾でしかねぇ」

「まさか検知系アビリティなしでか。それは無理な話だろう」

「だが奴らのメンツがあるからこっちから再調査の依頼を出すにも出せねぇ。しかもこんな結果になっちまったんだからな」


 ああ、おやっさんの気苦労がやっと理解できたよ。

 さしずめ、あの陰湿国王がなんかやらかしたといったところか。


 しかしアビリティさえ使わないとはな、聞いて呆れてしまった。

 退魔紋の成長で追加付与可能となるアビリティは魔物に対しての必須手段とも言えるのに。


「ともかく、だ! 今回の一件での貢献は大きい。だからお前には相応の報酬が払われる。しめて金貨四枚分とちょっとって所だな」

「……でかくない?」

「あの規模でこの成果だぞ? むしろ少ないくらいだ。ラグナント王国にゃイチャモンつけて相応に払わせてやるから覚悟しやがれ畜生めぇ!」


 こ、これは……おやっさんも相当荒れてるな。

 今回ばかりは止められそうにもない。


「ま、それはミュナちゃんの報酬分も入ってる。冒険者じゃないから支払えんが、その分をお前への報酬としただけだ」

「なるほど、それなら納得だ」

「ドルカンにももう渡してあるからな、気にせんでお前たちで使ってくれ」


 するともう落ち着いたのか、おやっさんが袋をどちゃりと俺に預ける。

 金貨、ではないこれは。銀貨四十枚っていった所か……。


「わかった、ありがとう。それでなんだけど、せっかくだからミュナを冒険者登録したいんだ」

「おお、そういうことなら歓迎だ。ピコッテ、手続きと洗礼の対応してやってくれ」

「はいですーっ!」


 おやっさんに言われ、ピコッテがテコテコと歩いてくる。

 俺はそんな彼女へ、報酬袋から一枚の銀貨を取り出して手渡した。


「承りましたですっ。ではミュナさんこちらへ」

「あ、ミュナ、文字書けない」

「なら俺が代筆しておくから、洗礼だけ受けて来るといい。怖くないから安心して」

「うん、わかたー」


 洗礼は退魔紋を受け取る前の大切な儀式だからな。

 しっかり受けてきてくれよな。


 その間に俺もスラスラと彼女の経歴を用紙へ記載する。

 文字もわからないみたいだし、名前のつづりも俺が考えたものでいいだろう。

 姓はわからないし、ここは空欄でいいな。


 歳、歳かぁ……まぁ二〇歳くらいでいいか。

 エルフならちょっと怪しい年齢だが、体はしっかり成熟しているから説明はつけやすい。


 出身はこの街、関連情報も適当に書いておけば問題ない。

 あとはおやっさんが適当に処理してくれるはずだ。

 よし、これで書類は完了かな。


 それで別の受付嬢に書類を処理してもらっていたら、ミュナが戻ってくる。

 あとはピコッテから退魔紋のインスタントシールを左手の甲に貼り付けてもらう。


 すると彼女の魔力に反応し、退魔紋が淡い光を放った。

 ミュナに馴染んでいるのだ。


「かわいい! あ、でも消えちゃった」

「アビリティを使おうと思ったり、魔物と戦う時に浮かび上がるですー」


 簡単な仕組みだが、効果は絶大だ。

 レベルも上がれば相応に強くしてくれるし、魔物と戦う冒険者の必需装備とも言える。


 ただミュナにはレベルなんて関係ないだろうけれど。

 精霊の力なら今でも充分に俺たちと対等で戦えるから。


「助かったよピコッテ」

「お力になれてなによりですー!」

「さて、それじゃあこれから少し買い物ツアーにでも出かけるかな」

「おう、それがいい。お前さんの能力に見合った薬剤や装備も整えにゃならんだろうしな」


 ……そうだ、俺はあの大蜘蛛との戦いで思い知った。

 今までは素材や装備に恵まれていたのだと。


 アルバレストにいた頃はどっちもすぐに揃えられた。

 仲間の協力もあったし、その名声のおかげで道具側が向こうからやってくる。

 俺たちはただ必要なものをチョイスするだけ、揃えることなんて容易だったんだ。


 だけどこれからは違う。

 高級素材も最高品質装備も、すべて自分でなんとかしなければならない。

 そして早くそれらを揃えなければ以前のように魔王級と戦うことはできないだろう。


 冒険者として、早く一人前に戻らなくては。


「なら隣国バイアンヌに行くといい。今はあっちの方が景気がいいはずだ」

「バイアンヌか。よし決めた、次の目的はバイアンヌで素材集めにしゃれ込もう」

「そこで装備を、とならんのがアディンらしいよ」


 幸い、おやっさんの情報のおかげで目的も、目的地も定まった。

 だから俺は報酬袋を鞄に放り、ミュナと手を繋いでさっそくギルドを発ったのだ。


 目指すは隣国、魔錬国家バイアンヌの首都、湖畔都市ウェルリヌールだ!

 あそこならきっと高級素材を手に入れることができるはず!

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