第20話 緑風を操る女と爆裂拳

 まさかミュナが俺を助けてくれるなんて。

 だけど彼女が戦えるなら、この窮地を乗り切ことは可能かもしれない。


「オオオッ!? 精霊!? ウオオオオ!」

「なんだ、あいつも精霊を知っている!?」


 無事に着地を果たしたが、途端に大蜘蛛が狼狽えているのも見えた。

 しきりに体をゆすらせて怯えているかのようにさえ見える。


「ミュナ、精霊!」

「や!」


 そこで俺は隙を縫ってミュナへと走りつつ、指を振りかざして指示を出す。

 ミュナは指示に気付くとすぐに左腕を伸ばし、緑の烈風を放った。


 それで背後へ向けば大蜘蛛が切り裂かれていた。

 精霊の力はかなり広範囲にまで至れるようだ。


 ただし威力は乏しい。

 切り裂くと言っても表皮だけで、節足を断つにも至らないようだ。

 決定打にするにはもう少し攻撃力を上げなければ。

 精霊の力を薬で何とか引き上げられないか!?


「――ッ!?」


 そう考えていた時、大蜘蛛の体から青白い光が灯り始めていた。

 あの輝きは、まずいぞッ!?


 そこで俺は走る勢いのままミュナを抱き込み、全力で跳ねる。

 そうした途端、地面が、糸が、大蜘蛛から放たれた光によって激しく弾け始めた。

 強力な放電魔法だ!


 そのせいであっという間に範囲内が焼け尽くされ、白煙と焦げ臭が立ち上る。

 俺たちは間一髪、枝につかまって無事だったが。


 しかしなんて火力だ、巻き込まれたらかなりまずかった。

 きっと奴は最初からこれを狙っていたのだろう。

 糸が当たらなかろうが関係ない、まとめて焼き尽くすつもりだったんだ。


 だがその目論見は失敗した! 糸はもうすべて焼け落ちている!


「ミュナッ!」


 そこで俺は再び地面へ着地し、ミュナを抱えながら指示を向ける。

 狙いは再び大蜘蛛、指示通りに緑の烈風が奴を包み込んだ。


 そのまま一気に奴の直下へと向けて走り込む。

 烈風で糸を吐けないその隙に。


 たしかに決定力は欠けるだろう。

 しかし俺たちにはまだ切り札は残されていた。


 だから俺はミュナを置きつつ駆け抜け、奴の真下で調薬を開始する。


 ――〝腕力向上薬パワーリフター〟!


 そうしたら後は待てばいい。

 奴を倒す可能性が落ちて来るのを。


 ……よぉし来たぞ、奴がっ!


「ぎゃっほほほお!!? おぅおぅ落ちるゥゥゥ~~~!!!??」


 ドルカン、しぶとい奴め!

 あの状況でもまだしっかりと生きてやがったんだ!


 それというのも先ほど、不意に気付いたのだ。

 ミュナが俺の名を呼んだ時、ドルカンの糸玉がごろりと動いていたことに。

 だから奴が生きている可能性を信じ、ミュナに烈風を放たせた。

 狙いは最初から、大蜘蛛ではなくドルカンの糸玉だったのさ。


 そして目論見通り、ドルカンが俺のすぐ傍へと落ちてくる。


「ドルカンッ! 希望強化はなんだっ!? 腕力強化か!?」

「おォ? んなもん決まってらァ!」


「――力は要らねェ! すでにある! 俺様を飛ばしやがれアディィィンッ!」


 そういうと思ったよお前なら。

 だからすでに、強化は俺自身にかけてある!

 ついでにありったけの魔力で強化して、お前の望みを叶えてやるよっ!!!


 そう心に咆えつつ俺自身が足場として、奴の足裏を掴んで全力で放り上げる。

 奴もまた短い脚で思いっきり蹴り上げることで、その加速度は倍以上となった。


 ゆえに今の奴は、肉の弾丸と化す。


「うるおァァァァァァ!!!!! くたばりやがれェ!!! 〝マグナブレイク〟ッッッ!!!!!」


 その中で放たれた剛腕による一撃は、もはや鉄の塊だろうと叩き壊す。


 ――よって、一撃・爆貫。


 蜘蛛のどてっぱらに大穴が開き、空さえ見える。

 しかもその瞬間、蜘蛛の体もが弾け、バラバラに吹き飛んでしまった。


 あいかわらずヤバイ威力だぜ、マグナブレイク。

 インパクトの瞬間に圧縮した魔力をプレゼントして爆散させる奴の最強技の一つ。

 格闘技だけは繊細なことまでやってのけちまう天才の所業だ。


 まぁ着地のことまでは考えていなかったが、奴ならきっと平気だろう。


「ミュナ!」

「アディン!」


 無粋な激突音が森に響く中、俺はミュナの下へと駆け寄る。

 するとミュナもまた笑顔で俺に飛び込み、抱きついてきた。


「ありがとうな、ミュナ」

「アディン、ありがとな、ありがとな」

「ははっ、俺の真似か~?」


 だから俺もつい嬉しくて彼女を抱いたままくるりと一回り。

 森の木漏れ日で輝くその笑顔は、俺に生きる実感を与えてくれるようだった。


 本当に良かった、君が無事で。

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