第15話 信じられもしない話と金払いを渋る王
「ミュナ、ここで、待ってて、いいかい?」
「ミュナレーゼ、あぱうおった!」
ドルカン騒動も落ち着いたので、ようやくおやっさんと話せるように。
そこで俺はミュナをピコッテに任せ、二人だけで執務室へと入る。
あとは事の顛末をできるだけ詳細に伝えてみた。
「ふむ……魔王級のフロアの天井に穴、ねぇ」
「信じがたいのはわかってますよ。しかし真実なんだ。ミュナの存在がその証拠になるはず」
「わかってる。アディンの言うことだから疑うつもりはねぇ。しかし聞いたことも無い話だからな、ギルド統括部にどう説明していいやら」
「今言ったことをそのまま語ってくれていいと思う。ただしミュナの力については伏せてもらいたいかな」
「そこは当然だ。先天性能力に関してはギルド間で共有不可というルールがあるのを忘れたか?」
「そうだった。なら今まで通りの采配で頼みたい」
「任せておけ!」
さすがおやっさん、伊達にもう十年以上もギルドマスターを手掛けていないな。
俺たちが若手の頃はちょっと頼りなさもあったが、今じゃもう笑えなさそうだ。
さて、これで塔に関する話は終わった。
あとは生活に関しての相談だな。
「それでこれからなんだけど、まずはミュナを馴らせるためにちょっとこの街に滞在したいと思う。意思疎通薬もなんとか調達したいしな」
「まぁそれが妥当だな。できることならギルドもサポートしよう」
「ありがとう。じゃあさっそくなんだが魔王級を討伐したことで報奨金が出てるだろう? それで生活費を工面したいんだが」
なにせ今の俺は一文無しなのだから。
財布は今頃、塔の魔物の餌か掃討パーティの懐かな。
だがその点に関しては不安はない。
魔王級を倒せば国から多額の報奨金が支払われるからな。
「その事なんだが……すまん、報奨金はない」
「――え?」
しかしおやっさんが申し訳なさそうにうつむき、ついには頭を抱える。
「実はあの国王が出し渋ってな、金は一切出さないとかぬかしやがったのよ」
「なんだって!?」
そんなバカな!? 魔王級を倒して報奨金を出さないだって!?
そんなの世界塔攻略連盟の条約に反しているだろう!?
下手すると条約違反モノだぞ!?
「理由は〝倒した者が誰かわからないから〟だそうだ」
「ふざけているのか!? そんなバカげた理由で未払いだなんて……」
「ああ、本当にバカげている。しかしあの新国王サマは聞く耳もたんらしい」
魔王を倒したことなんて塔の翼が引っ込むことですぐわかる。
だから倒せば結果的にギルドへ報酬が支払わなければならないのに。
「おかげで今回支払われたのは塔の外へ流出した魔物の退治報酬だけだ」
「そうか……」
「まぁそう落胆するな。お前には儂の権限で少しだがギルドから支払う。なんたってこの国を救った英雄だからな」
「英雄、か。ありがとう、助かるよ」
「おう。それにお前が帰って来たんだ。これでいくらあの国王と言えど支払わないなんてことはねぇさぁ」
だといいけどな。
でもおやっさん、無理して言ってるのがバレバレだよ。
俺にもわかるんだ。あの国王はまた難癖付けて支払う気はないってね。
でももし支払われたなら少しは見直すかもな。
「だがもし魔王級の討伐報酬が出たら、お前さんはもう一生働かなくていいんじゃないか?」
「え、どうして?」
「そりゃ決まってる。お前一人で倒したんだから報奨金も独り占めじゃねぇか」
「ああ……そうなるの?」
「当然だ。あの若造ども、お前を置いて逃げたんだろう? 塔から出てきた所で全員捕まえて締め上げたからな、その辺りの事情はよぉく知ってるぜ? まぁドルカンの野郎が魔物と間違えてぶん殴っちまってな、ノシちまったんだけども」
ああ、奴ならやりそうだ。
きっと「殴るのか!? 殴っていいのか!? めんどくせぇ全部殴る!」とか言って叩きのめしてしまったんだろう。
彼らも不運だったなぁ……。
「さすがに逃げた奴らに報酬は――」
「いや、その時は彼らにも分けてあげて欲しい」
「おいおい、いくら何でもそりゃあ」
「いいんだ。途中までは一緒に付き合ってくれて、おかげで服薬限界に至る前に魔王級を倒せたんだから。そういう意味では充分に活躍したって言えるだろう?」
そう、彼らも彼らなりにがんばったことに違いはない。
それなのに報酬なしじゃ報われないだろう。
俺はそうあって欲しくはないんだ。
「まぁそれはそうだが……お前あっての物種じゃねぇか」
「その俺が言うんだからいいだろ? 頼むよ」
「ったく、しゃあねぇなぁ。なら今回の基本報酬も支払うことにしてやろう」
「ああ。彼らはまだ駆け出しから抜けたばかりみたいなものだし、今回も立候補なのだから失敗と思わせたくない。もしかしたらこれからまだ伸びるかもしれないからさ」
「せっかくだし、その言葉も一緒に添えといてやるよぉ」
おやっさんも話がわかる人で良かったと思う。
別にそんな一言は付けなくてもいいが、彼らが再出発できるならなんでもいい。
「さて、相談はこれくらいかな。例の穴については頼んだよ」
「おう。じゃあこれ持っていけ、手間賃だ」
「おっと……」
すると不意におやっさんが金貨一枚を弾いて渡してきた。
ずいぶんと気前がいいな!?
「それでミュナちゃんが安心して寝られる寝床を用意してやりな。あと服と飯もな」
「ああ、ありがとう! 恩に着るよおやっさん!」
「ははっ、今一番でいい笑顔になりやがって。よほど大事な女なのかねぇ」
「ああ、守ってやりたいって思うくらいにね」
「お、おう……(朴念仁のコイツがそれを言いやがるたぁ……)」
これで当面の生活費は工面できるな。
ミュナにもこの世界のいい所を伝えられるはず。
彼女にはたくさんこの世界の当り前を知って欲しいからな。
ベッドが柔らかいことも、ご飯が暖かくて美味しいことも、綺麗な服がたくさんあることも。
それでいつか彼女が望むように生きて欲しいと思う。
そのためならば俺はいくらでも努力したい。
「じゃあまた来るよ」
「ああ、何かあったらこっちから連絡をよこすから、泊まる場所くらいは教えてくれよなぁ」
じゃあこの後は何をしよう?
まずは宿探しからかな?
いや、ミュナが願うことがいいか?
そのためには意思疎通薬が――などと考えながら階下へ降りる。
そうしたらドルカンが一輪の花を摘まんでミュナにひざまずいていた。
「好きです。僕と結婚してください」
――その後、再び俺とドルカンで取っ組み合いになったのは言うまでもない。
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