第13話 チョビヒゲ男とやはり悩ましい男

 自由落下はとても面白かった。

 こんな風に塔を楽しめたのはもしかして俺たちが初めてなんじゃないか?


 おかげで体調も悪くない。

 疲れ果ててはいるが、歩いて帰るくらいは問題無いだろう。

 むしろ街に着くまでに食料が保てばいいが。


「おおーい!」

「ん? なんだ?」

「お前まさか、アディンかーーーっ!?」


 ……とこれからを悩んでいたら、景色の向こうから誰かが走ってくる。

 鎧を着たおっさんだ。あれは冒険者仲間で重戦士のバルックか。

 あいかわらずチョビヒゲが似合っていない。


「やぁバルック、どうしたんだ?」

「どどどうしたってそれはこっちのセリフだぁ! お前無事だったのかよぉ!」

「あ、そうか、俺一ヵ月いなかったことになっているんだった」

「なのにのほほんとしやがってぇ~こンの能天気薬士が! 生きてるなら連絡くらいよこせよぉ~! 今、俺泣いちゃうところだったよマジで」

「あはは……すまない、それもできない状況だったんだ」


 冒険者らしい粗暴っぷりだが、これはこれで心配してくれている証拠だ。

 そんな心意気の男だからこそ返事ができなくて申し訳なくとも思う。


「でもお前、今空から来なかったか? 俺の見間違えか?」

「あー……あれだ、魔王級討伐の特殊効果で一気に外まで出してもらえたんだ」

「すげえな! 魔王級やっちまうとそんなことも起きるのかよ!?」

「そうらしいな、まぁ俺も知らなかったんだ、ハハハ」


 それでもミュナの能力を打ち明ける訳にはいかない。

 だからと適当に誤魔化してみたが、しっかり騙されてくれた。

 バルックはB級で魔王級になんて縁がないからな、知らないようで助かったよ。


「んでその後ろの嬢ちゃんは?」

「あ、中で遭遇して助けたんだ」

「ほぉ。どこかの塔で転送トラップでも受けちまったのかねぇ?」

「た、多分な。彼女はミュナレーゼって名前で、ミュナって呼んでる」

「そうかい。まぁ安心しな、おっちゃんは取って食べるような事はしねぇから」

「?」


 あ、そうか、ミュナにはバルックの言葉がわからないんだな。

 意思疎通薬を飲んでいないから。


「ミュナ、このチョビヒゲはバルックっていう俺の仲間だ。見た目ほど怖くないから安心していい」

「う、うん……」

「おいテメェ、どさくさに紛れて変な紹介するんじゃねぇコノヤロウ」

「何言ってるんだ。お前のトレードマークじゃないか」

「お、おう、そうだよ。俺ァこの髭に命をかけてるからな」


 でも言葉はわからなくともある程度は通じるみたいだ。

 俺に乗せられて髭をいじるバルックを見て、ミュナがクスクスと笑い始めた。

 おかげで俺もバルックもたまらずニヤけてしまった。

 この笑顔にはどうにも抗えない。


「んで、助けはいるかい?」

「いらない、と言いたいが正直一歩も歩きたくない」


 しかし笑っただけで歩けるようになるなら苦労はしない。

 もう緊張が解けて手も足もガクガクだ。


「だよな、そこまでボロボロじゃ俺でも同じこと言うぜ。だがちっとは歩いてくれ。近くにまだ野営地がある。もうだいぶ片付けちまったが喰うモンくらいはあるはずだ」

「助かる」

「おぉなんなら抱いてやろうか、お姫様みたいによぉ~?」

「そんなの死んでもごめんだね」


 だがチョビヒゲにお姫様抱っこなどされたら心が死ぬ自信がある。

 それならボロボロでも歩いた方がずっとマシだ。


 だからとバルックを押しのけ、ヨロヨロと一歩を踏み出す。

 するとミュナが肩を貸してくれた。続いてバルックも。


 そのおかげで俺たちは揃って野営地へと戻ることができたのだった。



 

 ――その後、俺たちは野営地で少し休んでから馬車に乗った。

 もちろん行き先は首都ダーナウェル、あの陰湿国王のお膝元だ。

 あそこがこの国における冒険者の拠点でもあるからな、いざ仕方がない。


 ただ街へ着くと、もう何もかもが懐かしく感じた。

 一ヵ月の穴倉生活の末だからな、恋しくさえ思う。


 でもそんなことよりも今はミュナの行動の方がずっと楽しいし気になる。

 なにせ野営地からずっとワクワクソワソワしっぱなしで興奮が収まらないからだ。


 まず馬を見ただけで挙動不審になった。

 馬車を見掛けたら物珍しさに周りをぐるぐる回っていた。

 乗ったら荷台の中をあっちこっちに行って景色を楽しんでいた。


 彼女には何もかもが初めてで嬉しいのだろう。

 好奇心旺盛だからかな、見ているこっちも飽きない。


 それで今は街中。

 ついにはミュナが目をひん剥いて道行く人々を追い眺めている。

 制しないと馬車から落ちてしまいそうだ。


「アディン! アディン! ぷろまぺえった! や!」

「あ、薬の効果が切れてしまったか。ならギルドで調達しないと」

「あぷー」

「安心しな、このままギルドまで直行よぉ」


 まぁここまで来れば心配する必要はないだろう。

 薬屋にいけばおそらく売っているだろうし、ギルドでも調達できる。

 最悪の場合は素材を集めて俺が調合すればいいさ。なんてことはない。


 あとはおやっさんにどう説明したらいいか。

 ミュナのことも、あの穴の先の世界のことも。


 ああ、考えるだけでまた悩ましくなってくるな。

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