第10話 ギルド体操と登り始める二人

「ギルド体操、第一~! 腕をしっかり伸ばして大きく広げ、魔力を放出~!」


 ついにこの日が来た。

 ミュナを連れ出して元の場所へと戻る時が。


 そのためにも事前準備は忘れない。ギルド体操もその内の一つ。

 これを行うだけで魔力の巡りが良くなるからもはや必須だ。

 ミュナももう動きを覚えてくれて、今では横に並んでやってくれている。


「……ふう。よし、これで体も心もほぐれた。いつでも行けるぞ」

「リンゴ食べよ!」

「そうだったな、朝食もたらふくいただくとしようか」


 ミュナが朝食を用意してくれた。最後の干し肉とリンゴだ。

 それを二人でゆっくりと噛み締めながら味わう。


 食料は薬品と共にもう鞄に詰め込み済み。

 ピッケルは予備も含めて腰に吊るし、靴にも魔抗剤も塗布してある。

 あとは掌に布を巻きつけて滑り止めバンド代わりにするとしよう。


「よし、これで準備は完了だ。じゃあ行くとしようか、ミュナ」

「うんっ!」


 ミュナに道具鞄を備えさせ、そのまま荷台に乗せて布で固定。

 そのまま揺らさないようにゆっくりと背負う。


 洞窟の壁面から穴まではおおよそ五〇メートルと言った所か。

 そこまでは薬なしの自分の力だけで辿り着きたい所だ。


 思い切って第一発目のピッケルを壁に刺し、感触を確かめつつ引き込む。

 続いて二発目、三発目と両手で交互に抜き差ししながら登っていった。

 ピッケルは魔力を送って強度を上げているからな、思ったより楽に刺さってくれる。


 そうして十発目にも及べばもう三分の一程度まで進めてしまった。

 この調子であの黒いモヤのところだけは切り抜けたい所だ。


「がんばれ、がんばれ!」

「あ、ミュナごめん、体を揺らさないで」

「ご、ごめんね。がんばれぇー」


 しかし正念場は急斜面となっていくここからだ。

 できれば不安定要素はここまでに排除しておきたい。

 ミュナは言葉よりも先に体が動いてしまうから、彼女には釘を刺しておくとしよう。


 さて、もう今までのようにはいかないぞ。

 斜面になると二人の重量がネックになる。

 その重さでピッケルが抜け、落下してしまいかねないからだ。


 そこで俺はかぎ爪のように鋭角にピッケルを刺して深く食い込ませた。

 さらには足先で支えつつ、それでもゆっくりだが確実に先へ。


 すると今度はほぼ平坦な天井に至る。

 今度はもうピッケルの能力だけではどうしようもない。


 だから俺は魔力を強く流してピッケルを天井と固着、足で支えることを諦めてミュナと共に宙吊り状態へ。

 しかしピッケルが抜けることはない。

 あとは離す時は魔力抑え、打つ時だけ流す――そういった繊細なコントロールで確実に進んでいく。

 薬闘士として学んだ魔力操作技術がこれほどありがたいと思ったことはないな。


 おかげでついに黒いモヤへと到達。

 手を差し伸べても何も影響はない。このまま通れそうだ。


「先、見えないね」

「ああ、だからここからは手探りになる。揺れるかもしれないから気を付けてくれ」

「わかた!」

「それと一号ヒールと発光マナ薬を頼む」

「はい、あーん!」


 この中はもはや未知数だ。準備が入念であるに越した事はない。

 ヒールポーションを口に含み、ここまでに溜まった痛みも引いた。

 発光マナ薬のおかげで体も淡く輝いたし、これで多少は視認性が上がるはず。


 よし、行くぞ……!


 緊張が背中からも伝わってくる。

 やはりミュナも怖いには怖いみたいだ。

 だが待っていてくれ、ここを抜ければもしかしたら先が見えるかもしれない。


 その想いで視界の塞がれた状態の中を進んだ。

 幸い縦穴状になっているからまた足を付く事もできて安定している。

 思ったよりも怖くない。


 それでもミスを犯さないよう一発一発を確実に。

 そうして半刻ほどが経ったと感じた頃だろうか。


「景色、見えたー!」

「お?」


 ようやくモヤを抜けることができたらしい。

 こんなミュナの声に思わず心を躍らせる。


 だが。


「ううっ……!?」


 先が見えない。

 光明すら確認できないのだ。

 たしかに穴の形状は先まで視認できるのだが。


「アディン?」

「だ、大丈夫だ。これは予想していたことだから大丈夫だ」


 ……嘘だ。まったく大丈夫じゃない。

 これは自分に言い聞かせた言葉だ。


 たしかに塔まで続いているとして、あっちにもモヤがあったのは覚えている。

 だからおそらく光を遮り、通路の先が見えないだけなのだろう。


 しかしそれでも見えている通路だけで百メートルなんてゆうに超えている!


 薬も多く見積もったが、これで乗り切れるのか!?

 この終わりの見えない中で、俺の精神が持つのか!?

 不安がぬぐえない……!


「アディン、ポーションいる?」

「はっ!?」


 ――いや、落ち着け。まだ始まったばかりじゃないか!

 それに誓ったんだ! ミュナを連れ出すと!


 だったら、こんな所で諦める訳にはいかないよなぁ……ッ! 


「ミュナ、腕力増強薬をくれ。その後は俺の口と手にマナパウダーを振り掛けて欲しい」

「ん、わかった!」


 そうさ、諦めるのはすべてを振り絞った後でいい。

 今はすべてを出し切るまでだ。


 だから俺は再び気を引き締め、頭上へと見据える。

 筋力増強と魔力回復、それと魔力伝導率を上げ、勢いを付けて突き進んだ。

 これで一気に距離を稼ぐ! 無敵時間だ!


 壁面はまるで引き延ばされたかのような岩質で奇妙。

 しかし洞窟と同じで杭が刺さりやすく、登ることに苦労はしない。

 おかげで百メートルなどすぐに乗り切ってしまった。


「うぐっ!?」


 ただここでアクシデント発生。ピッケルが折れてしまった。

 幸い片手は無事で支えられてはいるが、乗り出していたらアウトだったな。

 ついでにここで強化時間も終了、一気に疲労感がやってきた。


「ミュナ、ヒールポーションを」

「うんっ!」


 回復薬もいいが、なによりミュナの声が俺の心によく効く。

 たった一言でも心が安らぐようで勇気が奮い立つ。


「ふぅ~~~……ミュナ、良かったら何か喋ってくれないか?」

「うん?」

「俺は何も返せないかもしれない。だけど君の声を聞けばきっと元気になれると思うから」

「わかた!」


 だからとミュナにこうお願いしてみたら、背後から歌が聞こえてきた。

 歌は言葉ではないから意味は伝わらないが、とても優しい彼女らしい響きだ。


 とても心が安らぐ。


 俺も新しいピッケルを取り出し、ついでに残った方も切り替える。

 それで歌が穴に響く中をまたゆっくりと登り始めたのだった。

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