第9話 登頂準備と薬品調達
ミュナを絶対に俺の故郷へ連れ帰ってみせる。
そして幸せと思えるような生活を送らせてあげたい。
そのためにもまずは入念な準備を整えなければ。
俺があの天井の穴から落ちたというのはまず間違い無いだろう。
だから戻るにはあの穴をよじ登る必要がある、というのがひとまずの結論だ。
しかし黒いモヤのせいで中がどうなっているかわからない。
よって中の通路がどれほどの長さを誇るかは想像の域を越えられない。
ただしある程度だけ予測することはできるが。
ミュナいわく、俺は落ちた時にはすぐに水底に至っていたらしい。
そこから自由落下の加速度的に百メートル以上は落ちていたと計算できた。
なら俺はそれだけの長さの穴を、ミュナを抱えたままよじ登らなければならない。
だがそれは単に不可能とも言いきれない。
今残っている薬と、これからの準備次第では可能とも言える距離だ。
だからこそこの三日間ですべてを整える。
彼女と意思疎通ができるうちに、協力してもらえる間に可能な限り。
……そこで俺はすぐにミュナに素材を集めてもらうことにした。
彼女に集めてもらうのはまず木材、縄になるもの、それとリンゴの木の根。
ついでに外へ捨てていた骨材も一通りそろえてもらい、俺は別の作業を始める。
まずは使用可能な薬の確認から。
現在あるのはこれくらいか。
・ヒールポーション、二本
・腕力強化薬、一本
・マナポーション、一本
・発光薬、二本
・麻痺薬、一本
本数は少ないが内包量は多いから、分割して使用回数を増やすことにする。
また麻痺薬は分量調整、ヒール瓶に微量だけ足して炎症抑制効果も追加だ。
マナ瓶は発光薬と配合し、そこにも調整麻痺薬を投与しておこう。
意思疎通薬の空瓶も使い、これでなんとか配分完了。
回復瓶は四回、マナ瓶は三回、腕力強化は変わらず一回。
これでインターバルが入れられるなら百メートルを登ることは充分に可能だ。
お次は乾燥骨材をすりつぶし、骨粉にして調薬、魔抗剤を作る。
これは対魔法防御を上げる即席散布薬にもなるが、一方で装備にまぶせば魔力を吸い付かせる効果を与えられる。
大地にも魔力は巡っているからな、靴に使えば気持ちだけ登りやすくなるはず。
「アディーン! 素材、持ってきた!」
丁度いい、せっかくだからミュナが持ってきた素材も調合してしまおう。
リンゴの木の根は生命力に溢れているから抽出すればマナパウダーが作れる。
本当は乾燥させてじっくりと行きたいが、今はそんな時間もないので品質無視で合成を開始しよう。
まずは短剣で皮を削ぎ、鞄にあったすり鉢を使って根芯をすり潰す。
そうして繊維状になって砕けた根を、魔力を込めた指で挟み、絞るようにゆっくりと擦り取る。
「キラキラ! きれい!」
そうすると手元にわずかな量だけ粉末がさらりと落ちた。これで完成だ。
量もそれなりに持ってきてもらったからミュナにも続きを手伝ってもらおう。
それと骨材が余っているのでこれで簡易ピッケルも作る。
と、言っても握り手を付けただけの杭みたいなものだが。
これを打ち付けながら登る必要があるので必須とも言えるだろう。
……こんな感じで一日が終わりを迎えた訳だが。
しかしミュナが眠っている間にも俺は次の作業の準備を整えていた。
明日は持ってきてもらった木材で背負い荷台を作る。
ミュナを手で背負う訳にもいかないので乗せる荷台が必要なのだ。
そのための設計図を即席でおこさねば。
そうして考えつつウトウトしていたらもう翌日になっていた。
起きたらまずはギルド体操、そしてさっそく作業開始だ。
昨日はつい寝てしまったがプロットはすでに頭にあるので問題なし。
書いている時間ももったいないので勢いで作ってしまうとしよう。
それで昼頃には完成。
しかしこればかりはぶっつけ本番といかないので、試しにミュナに乗ってもらって背負ってみた。
うん、思ったよりずっと丈夫だ。木材の質もいいからだな。
「こわーい! きゃははっ!」
「本番ではこの布切れで縛るから安心してくれ」
「うん! でもね、まるでお父さんに肩車してもらったみたい!」
「あはははっ!」
肩掛けはマントだった布を絞って付けたもの。
これなら重量がかかってもある程度は痛くならずにすむだろう。
思ったより早く荷台ができたので、引き続き鞄の修復に入る。
これは俺の上着を使い、ベルトを布に替えて造り込んだ。
落とさないようにと二重三重にしておくとしよう。
……よし、これで道具の準備は万端だ。
あとは本番でしくじらないようミュナと打ち合わせておく必要がある。
「さて、あとはミュナ、君のやり方次第だ」
「ミュナ、なにすればいい?」
「おそらく俺は登っている最中だと自分で薬を使えない。だから君に投与してもらう必要が出てくる」
「ミュナ、アディンの力ないよ、なくなっちゃうよ?」
「ああ、かまわない。それでもいけるように分割してあるから。そこで君にはどの薬がどの役目を持つかを知っておいてほしいんだ。それで俺が指示したら君が選んで飲ませる。そういう役割を任せたい」
「うん、わかった!」
そこで俺は一通り教えたあと、ゲームの要領で中身当てクイズを実施。
これが当たりだったみたいで、ミュナは喜んで薬の種類を覚えてくれた。
思っていたよりもこの子はずっと賢いみたいだ。助かる。
そうして夜も更けたので今日はおしまい、明日の本番に備えるとしよう。
明日はきっと大変な一日になるだろうから。
しかし俺はもう何も恐れてはいない。
むしろ気力がグングンと満ち溢れてくるかのようだ。
ミュナを平和な地へ連れて行く――この願いが俺の原動力である限り、きっとその気力が途絶えることはないだろう。
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