第8話 未だ悩む男と別れたくない女

「ミュナ、俺はそろそろこの場所から離れようと思う。だから俺と一緒に来てくれ」


 そう独り言をつぶやいた。

 彼女が狩りに出かけている間のことだ。


 ……あれから結局何も言い出せずに三日が経ってしまった。

 戦いごとなら無心で即実行できる自信があるのだけど。


 しかしなぜだろうか、実際に打ち明けることが非常に悩ましい!

 わからない。彼女に生き方を決めてもらうだけなのに。


 もしルッケに同じ事を言ったら「え? うん、いいんじゃない?」って軽々しく返してくれるはず。

 それくらい軽いとわかっていればまだ相談しやすいんだけどな……。


「アディーン!」

「うおっ!?」


 そう悩んでいた所での大声につい驚いてしまった。


 それで振り返ってみれば、入口にネズミの尻尾を振り回すミュナの姿が。

 もう片手でも大きな獣を引きずっているし、ずいぶんとパワフルだ。

 もしかしたら彼女は細い見た目によらずパワー系女子なのかもしれない。


 そんな彼女が獣を洞窟へ放り込み、自身も飛び降りてくる。


「アディン、ぷらもーりま!」

「あ、言葉が戻って……」


 薬が切れたか、周期的にもそんな頃合いだな。

 そうとわかると鞄からすぐ意思疎通薬を取り出して口へ含む。

 あとは彼女に飲ませるだけで――


 でも飲ませようと瓶を口から離した途端、彼女の手が伸びてきた。


「ミュナレーゼくすりも!」


 そうしたら瓶をパッと取られ、そのまま自身の口の中へ。

 俺が思わずポカンとする中で、とうとう飲み干してしまった。


「またしゃべれる! うれしい!」


 しくじった。失敗した。

 こんなことになるなら彼女に俺の能力を伝えるべきだったんだ。


 おそらく彼女は「瓶から幾らでも薬が出てくる」と思い込んでいる。

 なまじ常識を知らないからそういう物だと信じているんだ。


 それも全部俺のミスだ。


「まいったな、ちくしょう……」

「?」


 このままではまずい、三日後には彼女と話せなくなってしまう。

 彼女の言葉を覚えればいいことだが、それまでにいったいどれだけの月日がかかることか。


 よし、それならいったんギルドに戻って――それはダメだ。

 ここに戻って来られる保証はない。


「アディン、どしたの?」

「ああ、ええと、すまないミュナ、今ので話せるようになる薬は最後になってしまったんだ」

「えっ!?」

「だからこうして簡単に会話できるのはあと三日だけなんだ」

「そんなぁ……」


 そうか、やっぱりミュナも話せなくなるのは嫌なんだな。

 落胆具合がよくわかる。遊んでいたネズミを手放してしまうくらいだから。


 ……だったらもう覚悟を決めるしかない。

 悩ましかろうが、そんなことはもう後だ!


 そう決めた俺は彼女の肩を叩くように取る。

 そして顔をじっと見つめ、そっと彼女へと語りかけた。


「だからいいかミュナ、これから大事な話をするから聞いてくれないか?」

「う、うん」


 突然のことで驚くミュナ。

 どうかそのままじっと聞いていて欲しい。


「実はあの薬は俺の元の居場所に戻ればいくらでも手に入る。だけど取りに戻ってもここにまたやってこられる保証はない。もしかしたら俺は行ったきりになるかもしれないんだ」

「えっ……」

「だけどここに残って君の言葉を学ぶこともできる。ただそれだと、俺が増えた分だけ生活が苦しくなる可能性がある。生きる事もままならなくなるかもしれない」

「……うん」


 よかった、相槌だけでちゃんと聞いてくれている。

 だったら後は思い切って切り出すだけだな。


「ただ、俺の元の居場所に君を連れて行くという選択肢もある」

「!?」


 俺的には彼女がこの選択肢を選んでくれることが最良だ。

 彼女を連れてここを脱出すればすべてが解決できるのだから。

 唯一の問題は彼女がそれを望むかどうかで――


「ミュナ、アディンと一緒がいいっ!! 一緒にいる!」

「――えッ!?」


 でも俺がすべてを言い切る前に彼女は答えていた。

 それも大粒の涙を目に浮かべ、瞳を震わせながらに。


「もう一人いや! 寂しいのいやなの! だからアディンと一緒にいたい! 置いて行かないで、お願いだからあっ!」

「ミュナ……」


 ついには俺の腕を振り払い、胸元へと抱き着いてきた。

 離れたくないと言わんばかりに顔を押し付け、腕をギュッと絞ってくる。


 だから俺は彼女の後頭部をそっと撫でてあげた。

 それでそのまま肩をキュッと抱き寄せて耳元で呟く。


「……わかった。俺は君の傍にいる。いつまでも」

「アディン~~~!」

「だったら君はどうしたい? ここに残りたい?」

「ううん! ここはいや! ミュナ、逃げるのもういや!」


 そうだ。彼女はずっとここで苦しんでいたんだ。

 逃げる場所もなく、離れることもできず、ここでしか生きられなかったから。


 そして何よりずっと一人だったから。


「なら俺と一緒に行こう! 必ず君を、こことは違う、とても安全な場所に連れて行ってみせるから!」

「アディン……ありがと、ありがと……!」


 でも俺に会えた。

 やっと一人じゃなくなった。

 それは彼女にとってなによりも大事なことだったんだ。


 ……それはもしかしたら俺も一緒なのかもしれない。

 アルバレストから抜けて、一人になってしまって内心は寂しかったのだろう。


 そうさ、だから言い出せなかったんだ。

 だってこうして声をかけて欲しかったのは、他でもない俺自身だったのだから。




 だったら俺はもう絶対にミュナを一人にはしない。

 何があろうと連れて帰るんだ。俺の全身全霊をもってしてでも。

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