忘れない思いは叶わぬ恋という結末を変えられるのか

 隣の席の期間なんてすぐ終わる一ヶ月と少しで隣からただの他人に変わった。

 いや、この場合は戻ったというのが正しいのだろうか?


 何度か話す機会はあったけど私はその度にあの時のゆうさんの言葉を思い出して話せなかった。


 長い時間に感じた。

 好きな人と笑いあって話していた事はきっと夢だったのだろう。

 そう思って私は卒業証書を受け取った。


「は、遥」

「ゆ…浅葱あさぎさん」


 一人でぽつんといた私に彼は声をかけてくれた。

 彼の表情は今にも泣きそうだった。


「あの時のことちゃんと謝りたくて…」

「…いつの事でしょうか」

「遥…?」


 私は嘘を平気な顔でついてしまいました。


「私行くところがあるので失礼しますね」


 会釈をして私はその場を去った。

 最後に見た彼の顔は唇をきゅっと結んでいてとても卒業式という祝福される日には相応しくないものでした。


 私は、とある電話番号を入力した。


「はい、コリウスでございます」


 私の恋心と記憶を貰ってくれると言った人だ。

 私は息を大きく吸って吐いた。

 それを捨てる事は結構勇気がいることだから。


「私の思い出貰って欲しいんです」

「…あの時の子か、じゃあお店まで来て道は…」


 私は女の人の指示通りに道に進む。

 すると人通りのない路地に着いた。

【coleus】という看板が掛けられているお店にたどり着いた。

 お店に入ると、女の人が待っていた。

 この前会った時とは違って帽子はなくて顔はよく見える。

 綺麗な人だと思った。


「こんにちは、元気にしてた?」

「まぁ、それなりに」

「良いの?記憶と感情貰っても」

「はい…もう良いんです」


 夕さんの事が好き。

 今もその感情はある。

 彼が怪我をした時私は、何もしてあげられなかった。

 彼に声をかけた時純粋な善意とほんの少しだけあわよくば仲良くなれたらって思ってしまった。

 弱っている時につけこもうとしたのだ。

 そんな最低な私が彼を好きになっていいのだろうか?


「スマホ鳴ってるけど良いの?」

「誰だろう…?」


 私は、スマホを取り出して呼び出し主を確認した。

 …夕さんだった。


「出てあげなよ、最後になるかもよ?」

「出て何になるの」

「貴方がやっぱり思い出を捨てないって選択肢になるかもしれないからかな?」

「…言ってろ、私の心は変わんないから」


 絶対にそうはならないと思って電話に出た。


「もしもし!今どこにいる!」


 息を切らして声を若干荒げている夕さんが出た。


「どこでも良いじゃないですか、他人なのにそこまでしますか?」


 私の言葉に電話越しからでも分かるくらい彼ら戸惑っている様子だった。

 それでも彼は退かずに声を発した。


「他人なんかじゃない!俺今すごい怒ってるんだ。他人ってコトバ…だから絶対に見つける」

「…怪我せっかく良くなったのに悪くなりますよ」

「なら、俺を一人にしないで」


 彼の言葉に私を息を呑んだ。

 それってどういうことを考えて言ったの?


「来ないでください…私、貴方の事ちゃんと忘れたいんですだから…」

「絶対にヤダ!」


 乱暴にお店のドアが開けられた。

 ゼェゼェと荒い呼吸でスマホから発せられる音はハウリングしていて嫌な音が鳴る。


「そんなのって…それだとまるで私の事好きって事じゃないですか」

「ああ!そうだよ!俺は君のことが好き!だから他人になりたくない」

「でも、私は…もう…」

「そこまで」


 私たちの間に先程から黙っていた女の人が入った。


「この子は忘れたいと願った。私はそれを叶える義務があるだから」


 女の人の手が私の頭に触れた。

 私はそれに少しだけ微笑んだ。

 そこからは私の意識はなかった。



「少年、私は彼女の記憶に感情に蓋をした」

「なんでそんなこと…!」


 みるみるうちに少年の顔は怒りに染まる。


「良かったね?私が彼女から君への恋心と記憶を奪わなくて…これは、ここに辿りついたご褒美だよ」


 彼女の恋心が黒く濁ってしまう前に止めただけだった。

 彼女には幸せになって欲しいと思ったから。

 いつか彼女が思い出して彼と結ばれてくれると良いのだけれど。


 目を覚ました彼女は、その時どう思うのだろうか?


「彼女にこの店は押し付けておくよ、少年このお店に来る条件は一つだけ恋をしている事だ…辿り着けなくなるってことは、もう君は彼女に会えない」


 本当に好きならばここを見失うことは無いだろう。

 大丈夫だ何十年もここで仕事をしていた私の目を信じよう。



「…遥」


 ゆっくりと体を起こすした。

 店の中でどうやら彼女を待っていて寝落ちをしていたらしい。


 彼女が思い出してくれる兆しはない。


「ユウさん起きたんですか?寝るのはいいんですけど、そうやって突っ伏して寝てると体痛くなりますよ」


 遥…今はアイか、彼女は心配して声をかけてくれた。

 店を押し付けられて何とかアイと一緒にいるために手先が器用だったから一からハンドメイドを独学で学んで必死になった。

 今では普通に稼げるくらいになっているのだから世の中どうなるか分からないものだ。


「寝言でハルカって言ってましたけど、彼女さんのお名前ですか?」

「…俺の好きな人」


 そう本人に言っても彼女はきょとんと首を傾げているだけだった。

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コリウス 赤猫 @akaneko3779

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