第10話 変わってるんじゃない

「風邪…ひいちゃった」


「お気の毒に」


 そう言って俺のことを心配してくれるのは、小蕾しょうらいだ。

 最近特に俺たちの距離が縮まり、親友になる日も近いように思える。


「でもまたなんでこんな暑い時期に。梅雨のシーズンはもう明けたろ」


 朝日がまぶしく二人だけの教室に差し込む。蝉もこの頃鳴き始め、まだうざいというより風情を感じている。


「いやね、雨だから風邪ひくっていうテンプレは嫌いでさ」


「というのは?」


「雨の日に傘を忘れて、異性の人と傘一つで下校し、なんやかんやでずぶぬれになって次の日学校休むっての。あれどう考えてもおかしいと思うんだ」


 ミーンミンミンミンミン


「…続けてくれ」


「まぁ傘を忘れ、そこに傘を持つ異性がいて、共に下校する。ここまではまぁ許容するにしても、濡れたからといってそれが次の日に休むという伏線だというのはいささか議論の余地がある」


 朝も早く、教室には俺と蝉の声がせめぎ合う。


「濡れるったって所詮シャワー浴びてるようなもんでしょ。下校中なんだからどうせすぐ家にも着くし、この時季湿度こそ高けれど気温もそれなりに高いから身体が冷えるまでに時間もかかるはずなんだ」


 けだるい身体で、それでいて最大限の身振り手振りで小蕾に精いっぱいこの不可解かつ不条理な事実を伝える。


「だからその程度で風邪をひくのは明らかに本人の怠惰か意図してしたとしか考えられない。だのに傘を貸した方は責任を感じて見舞いやらなんやらしようとする」


 蝉が一時的に鳴き止み、静寂が流れる。

 時が止まったように俺自身の動きも止まる。


「…おぅ、聞いてるぞ」


「でそんなが嫌だから、暑さが盛ってきた今日この頃に風邪をひいてみたわけです」


「時々あるお前の強引なまでのその青春に対する敵対意識はどこから来るんだ」


 風邪をひいているというのはほんとなわけで、ここまで熱弁するのはなかなか疲れた。


「いやまて、それ以前にお前はまさかそんなことのために故意的に風邪をひいたとでもいうのか」


「モチロン」


 ミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン


「体調よりも先に頭がおかしくなったか……」


「そんなに?」


 俺がとった戦法はこうだ。


 まず母が風邪をひいた。これは偶然だが、なるべくして風邪になったようにも思う。

 そして俺は、つきっきりで看病した。





 ―回想―


「母さん、大丈夫かい。この親を心配してやまない息子に親孝行をさせてくれ」


「でも…冬斗ふゆとに風邪がうつっちゃいけないし…ゴホッ」


「いいんだ。親の窮地になにもしないでいたほうが、よっぽど風邪をひくより辛いんだ」


「冬斗……」


「さぁ、風邪の時くらい、思いっきり息子を利用してくれ」


 ―回想終わり―






「思いっきり親を利用したな、お前」


「で、案の定俺は無事風邪をひいたわけだ」


 倦怠感はある。明らかに風邪だというふうな症状が数多発現しており、鼻水が止まらない。けれどものどの調子はさして悪くなく、マスクをしているのも相まって大した辛さはない。それが救いだ。


「まぁ偽善だろうとなんだろうと慈善的かつ意欲的に看病を買って出たんだから良いでしょ」


「まぁなぁ」



「…………」



なんというか、話にオチが無い。

 そりゃまぁこんな状況で爆笑をかっさらうなんて無理な話だが、にしてももう少しツッコミがいのある話をすべきだったか。


「だが確かに今日のお前は変だよな。元気がないのはそうなんだが、なんというかがないというか、その、いつもは喋るのに…」


「…そういうオチはどうかと思う」


「第7話もこんなオチだったからな!?」


 時刻は7時50分をまわったあたり。そろそろ他の生徒も教室に来る時間だ。


 なぜ今日俺と小蕾がこんなに早く学校に来ているのかと言えば、昨日の夜、風邪の前兆を感じた俺はすぐさま小蕾に連絡し、事の顛末を話すべく翌日早めに学校に来るよう言っておいたのだ。


「まぁ変といえば、お前はいつも変なわけだがな」


「俺が?」


「あぁ、今日みたく妙なところで奇行にはしることがよくあるぞ」


 そんな、俺はまともな部類だぞ。周囲の人間の不可解な言動を蔑んだり、卑下したり、いずれにしろそういうのを俯瞰する立場のはずだ。


 それこそそういうのは……


「ま、小野寺さんほどじゃないがな」


―小野寺さん―


「小野寺…さん……ね」


 だいぶ生徒も登校してきている。朝のホームルームが始まるのも時間の問題だろう。


「そういえば小野寺さんまだ来てないな」


 ふとしたように小蕾が周囲を見渡す。


「……」


「お、オギセンが来たか。席に着こう」


いつもの日常が始まる。

これからの日常も、こうなのだろうか。


「はぁい。出欠とりまぁす。えぇ~と、今日は小野寺さんがぁお休みですぃ。風邪をひかれたみたいでぇ」


「まじか」


いつも通りじゃないかもしれない。


「馬鹿って風邪ひくのか」


「お前がひいた時点でそれは確認されただろ」


小蕾め、俺の独り言に介入して耳障りなことを。


「それに小野寺さんはあれでいて頭いいみたいだぞ」


「うそん」


俺たちはオギセンの連絡事項の伝達をよそに話し続ける。


「今日、放課後お見舞い行くか?」


「んでもうつされるかもよ。小蕾は風邪ひいてないわけだし」


「俺はそうだがお前ならこれ以上風邪のひきようもない。お見舞いに行くにはうってつけの人材だ」


 とはいってもなぁ。

 俺は小蕾から窓の外に視線を移し、陽の光に目を細める。


「風邪ひき同士、積もる話もあるだろう」


「ねぇよ」


小蕾こいつも大概、変わり者だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女が欲しいんじゃない、結婚したいんだぁ‼‼ ZENWA @zenwachanneru16

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画