第7話 俺が悪いんじゃない

季節は夏。暑いは暑いも蒸し暑い、6月になりました。


「ねぇ桜田くん」


「なんだい」


突拍子の無さにはもう驚かない。

常に藪の中に棒があると思って小野寺さんとは会話をしている。


「泳ぎにいかない?」


「うん、そうだね」


俺は笑顔で教室の窓の外を指さす。


ザァァアアアアアアアアアアアアアアア


「小野寺さん、天気って知ってる?」


「うん知ってるよ」


「そっか、多分それ違うよ」


さてなぜ小野寺さんが泳ぎに誘ってきたのか、そんなことはわかるはずがない。考えても無駄だ。問題なのはなぜ今なのかだ。


「絶対水泳は”梅雨の時期にしたいことランキング”圏外だよ」


「でもこんな時期だからこそ行ってみたくない?」


これは小野寺さん引き下がらない感じだ。

この人の意思は鎧のように固く、その野望は超大型で、刃向かおうもんなら進撃してくること相違ない。


「小野寺さんさぁ…疲れてんだよ。なあ?小蕾しょうらい


「あ?」


俺と小野寺さんが小蕾を左右から睨む。


「あ…あぁ……小野寺さんは疲れてるんだ…」


俺たちは再び向き合う。


「大体…そんなこと言われて、俺が、はい行きますってうなずくわけがねぇだろ」


「……ァ…………!」


そんな壁外人類が身の内をさらしたのに主人公に受け入れてもらえなかった時のような眼でこっちを視るな。


「泳ぐにしてもプールしか今やってないよ」


小蕾が思い出したかのように言う。


「もちのロン♪大丈夫、そもそも私海苦手なんだよねぇ。あんなの世界中の知らない誰かと同じ水を共有するようなものでしょ」


しかり」


 そう、そうなのだ。俺も激しく同意する。

まず海に入るのは地球上のおっさんとの混浴を意味する。そんなことあってはならない。


ましてや見えもしない極小の生物共がうようよいるようなとこで眼なんか開けられるかってんだ。

まだプールならその範囲は海上からプールの敷地内まで狭まるし、消毒もされてる。プランクトンも当然いない。


 とはいえ、いずれにしろ絶対今ではない。暑いといってもまだ夏が本気出してきたわけでもないし、第一屋外プールなんてこの天気じゃどこもやってない。というかまだ開業もしてない。


「でもプールも市民プール以外ほぼやってないよ」


市民プールに学生が望むような設備など無い。ここぞとばかりに俺は小野寺さんを説得する。


「そこじゃ私達わちゃわちゃできないの?」


「びちゃびちゃにはなるよ」


ザァーザァー


 ……










やらかした。










「なぜだ、桜田くん。なんで私たちは今、こんな空気になった」


「それは…俺が今、会話を破壊したからだ」


「なぜ会話を破壊した」


おのれの欲に従い、混乱に乗じて小野寺さんの気をそらし、この話を終えるために…」


「その欲とは?」


「…話題を有耶無耶うやむやにし、泳ぎに行かないことだ」


「そうか…泳ぎに行かないためだったら……そりゃあ仕方ないよなぁ」


「っ…!違う‼違うんだ小野寺さん…‼ここが今こんな空気になったのは、しょうもないことを言った俺のせいだ‼‼」


俺は前のめりに膝から落ちて両こぶしで教室の床を叩く。


「やっぱり私は…桜田くんと同じだ」


「え……?」


「私は泳ぎ続ける。敵をく…」


「おっのでらさぁーん!」


この口調、この高低差、この間の抜けよう…見るまでも無く、荻野先生オギセン


「ちょーっちこれ運んでくれるぅ~?」


ちょっち=プリントの束×3


「はぁーい!」


こいつらあほなのか。なぜ小野寺さんがこの量を持てると思った。なぜ小野寺さんはこの量を持てると思った。


「ちょ、俺も手伝いますよ…」


「っへ……」


オギセンの眼が輝いている。まさか、いやまさか。


「じゃ~ぁ、あとは若い二人にまかせちゃおーかな?」


謀ったな。


「このあま…」


「まぁまぁ、いこ、桜田くん」


あぁったく、癪だ。


「しゃあねぇ、んじゃあこの1セットは小蕾が…」





振り向きざま、そこに小蕾の姿は、もうなかった。





「このッ…裏切りもんがあぁあああああ‼‼」

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