第6話 乗らないんじゃない

さあどうして俺は小野寺さんと遊園地にいるのだろう。話は1時間前にさかのぼる。そう、たったの1時間前。



——————————————————


「来ちゃった♪っじゃねえよ。唐突かつ脈絡のない『来ちゃった』は不法侵入に近いからな」


「てへぺろ」


無鉄砲なところが小野寺さんの長所たんしょだ。


「でなにしにきたの」


「なにって、拉致?」


「帰れ」


麗しき優雅な休日は、俺に別れを告げた。


「ていうかなんで疑問系なんだ。他人ひとの家に押しかけてまで不明瞭なこと言われても…っいや、いい、断定しようとしなくていいから、ほんとに」


俺だけだと全くもってツッコミが追いつかない。


「まあまぁ、そう私のことを全面的に否定しないで。今日はすることがあって来たんだから」


「拉致?」


「拉致♡」


「帰れ」


なかなかどうして、度し難いというかなんというか。この流れで俺が快諾するとでも思っているのか。


「堂々と非合法的なこと言えば合法化されると思うなよ」


「思ってないってば」


思ってるなこいつ。


「そもそもなんで俺の家知って…」


「さぁなんででしょう」


いさぎよいほどに答える気が無いなこの娘。こうなると小野寺さんは絶対に口を割らない。情報源がとてつもなく気になるが仕方ないか。まぁいずれ問い詰める時のネタにでもしよう。


「まあ良い(全然良くない)。で、俺をさらってどうするおつもりで」


「そう、桜田くん今日は私とデートなの」



「…へ?えっちょま、っ………」


————————————————


で今こうして遊園地にいるというわけだ。

よもやこれまでのことが1時間以内に全て起こっていると思うと恐ろしい。小野寺さんの行動力が恐ろしい。パジャマで駆り出されそうになった時は流石に止まってもらったが、それ以外はノーストップだ。

そういえば家に来た時からのことだが、小野寺さんの私服は初めて見る。妙に様になっててなんというか、かわ…


「でね、って聞いてる?」


「え、うん、全然。なんの話?」


「『カラッと除湿』ってすごい良いよね。カラッとしてるってのがじめじめしてなくて、それなのに乾燥してカラッカラなわけじゃない感じがすごい気持ちよさそう。なんていうか、唐揚げみたいな」


この人自分の発言が他人に理解してもらえないことを理解しているのだろうか。


「そうだね」


「ね」


「それはそうと、なんで今日は遊園地に?」


かねてよりの疑問である。


「ふっふっふそれはですね。これですジャンッ」


小野寺さんが嬉々として取り出し掲げたそれは


「フリーパス?」


「そうなのです」


あの入場券兼アトラクション乗り放題(一部を除く)という魔法の切符、フリーパス。


「なんでまたそんな稀有なもの」


「いやぁコネをこねこねしまして。ちゃっかりゲットしちゃいました」


コネって。俺の家のことといい、どんな人脈通なんだ小野寺さんは。


「ま、そゆことで遊びましょ」


いささか腑に落ちないが


「おっし、じゃあいくぞ!」


つくづく俺も馬鹿なのだ。


「ほら、あの360度回転するあの船乗ろうよ!」


「おう!...おぅ?え、いやあれはさすがにっ」


「れっつごー‼」




なぜこんなのに行列ができるのだろうか。物好きな連中なことだ。

なぜこんなのに並んでまで乗らなければならないのだろう。盛況も盛況で一度並んだが最期、今更もう戻れないほどに後ろに行列ができている。

乗る人乗る人が皆死んでいく。気の毒に、降りてくる人の中に亡者が混じっている。さしずめ俺と同じで強制的に乗せられたといったところだろう。ご愁傷様です。そしてこれは他人事ひとごとでないという恐怖。もうほんと帰りたい。




ぎぃぃいいああああああああああああああああ……



多分俺は5回くらい死んだ。多分転生したんだと思う。現にほら、帽子をかぶったビーバーみたいな化け物が俺と抱擁している。


「はぁーい撮るよー」


どうやらこの遊園地のマスコットらしかった。

初手で死んだ俺はその後を吐き気と抱き合いながら楽しんだ。水鉄砲の進化形のような固定砲台、マジの虫が出てくるダンジョンというよりジャングルな迷路、中心を原点に弧を描いて移動する馬の乗り物、40分待ちと書いていながら10分で乗れたゴーカート…園内には古めのアトラクションもあるようで乗ったのだが非常に命の危機を感じた。絶対に遊園地で感じるはずのない、いや感じてはいけないはずのかつてない恐怖スリルだった。

その間も小野寺さんはとどまることを知らない。次から次にアトラクションを見つけては片っ端から乗せようとしてきて、乗ってる最中もずっと笑うか叫ぶか泣くか喋るかしていた。せわしなくて、気がかりで、目が離せなくて...なんとも.........


「じゃあ最後にあれの乗ろ!」


小野寺さんに疲れという感覚は搭載されてないのか。もうさすがにこれ以上は。せめて休ませてほしい。


「ちょ、まっおのでらさん...休憩を…」


俺は口どもる。致し方ない。

小野寺さんが眼を輝かせて指さしたのは、観覧車。

先とは異なる動機で激しさを増す動悸。


「…いこ。桜田くん。」


「………ん」



―――――――――――――――――――――


それでは行ってらっしゃいませー



「高い…ね」


あれだけはしゃいでいた小野寺さんが、ここにきて落ち着きをもってして観覧車を堪能している。


「そう…だな……」


小野寺さんは今日、様々な感情を目に浮かべていた。

喜、楽、恐、驚、嬉……今まさに小野寺さんの眼に浮かんでいるのは、哀愁のような憂い。でも哀しんでいるというより、しみじみとした潤みを含んでいる。目をほそませて、少し口角があがって、どうにもいつもより大人びていて...


「今日は、ありがとうね」


先ほどまで景色を見ていた小野寺さんの目線は、俺のまなこをしっかりととらえていた。


「いや、こっちこそ、誘ってもらえて。…ありがとう」



柄にもない会話をしたせいかむずがゆい。

思わず目線を景色にそらしてしまう。


もうじきてっぺんだろう。こんなにも綺麗な夕焼けを見たのはいつぶりか。いや、夕日に限らず、この眼に映る山々の光景の美しさは過去一かもしれない。間違いない。


これまで見てきたもののなかで一番きれ……




不意に前方へ目をやると、小野寺さんの横顔が夕日色に染まっている。





一秒と経たないうちに、更新された、過去一。




観覧車は、最高点に達した。

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