第4話 大丈夫なんじゃない

 彼女が欲しいんじゃない……これが俺の信条であり、常である。だが...



 「ゆけゆけゴーゴ~‼」


 「相変わらずテンション高ぃ...」


 本日、我々の学校は待ちに待った遠足を迎えた。実のところ俺は遠足が大好きである。大勢でどこかへ赴くというのは苦手であるのだが、どうにもこの"遠足"というのはどこか嫌悪し難い、純粋な気持ちにて形容される子供ながらの楽しさを思い出させてくれる。

魅惑とでもいうのだろうか、俺もまだまだ子供だ。ただ、斜に構えるよりは断然こちらの方が楽しいし、こういったことを楽しめるうちが華だ。


とはいっても…


「ねぇねぇねぇえ!遠足って、着いてからより着くまでが楽しかったりするよね。でもさ、このまま着かなかったら着かなかったで楽しくないし、目的地はいる。そのうえでやっぱり移動中が遠足感あっていいよね。遠足って多分そういうものだよね。ね。ね。」


「う、うん。そうだな...」


 ここまではしゃげと言っているのではない...

 ただ不思議なことに、この無邪気という邪気を放っている女の子…小野寺さんのことを騒々しいと思ったことはない。

なんというか、ハツラツとしていて、純真無垢で、例えば子供に対してそのことについて憎悪の念が湧かない様に、このに対しても同様のことが言えてしまう。

色々なことに驚き、感じ、疑問を持って、笑顔で自分の意見を共有してくるその姿は、あろうことかおしとやかとさえ思えてしまう程で。なかなかどうして小野寺さんは…


「でね、聞いてる?帰るまでが遠足なら、帰らなきゃずっと遠足ってことなんだよきっと‼だから今日帰らないでいようよ!」


「うん、そうだね」


つくづくわけがわからない。



――――――――――――――――

 俺たちが今日向かっているのはバスで1時間半ほどかかる、それなりに遠い公園である。僕は偶然にも小野寺さんの隣の座席。それすなわち小野寺ワールド1.5時間耐久コースということ...


 「今日行くところって大きい広場みたいなところなんでしょ?」


 「広場っていうか、それこそとんでもなく広大な公園みたいな感じらしいよ」


 「へぇ↑↑↓↑↓↓↑↓↓↓↑」


そのへぇは関心があるのかないのか。でも目には溢れんばかりの輝きと、炎が宿っている。光はまだしも火はいらない気が...


このまま僕は『遠足と豚足は名前が似ているから腹違いの兄弟なのではないか説』について一時間半聞かされ続け、退屈することなく目的地に到着することができた。

うん、退屈はしなかったよ...


――――――――――――――――――


「はぁい。点呼を取りまぁすよぉ―」


シーン


「あら?」













「せんせー!荻野せんせー、どこにいるんですかぁ!」



荻野教諭 失踪



「ほかの生徒みんな揃ってるのに。点呼してもらえないから結局誰もいない判定にされるじゃん!」


クラスメイト達がわあわあ騒いでドーナツ状に走り回っている。

荻野先生、貴方のせいで、今クラスでは、ドーナツ化現象が起きています。


「まったく、オギセンの方向音痴も折り紙付きだな」


小蕾しょうらいがやれやれといった風にぼやいている。


「おまえ前に先生ひろったんだろ。ほら、席替えした初日」


「あぁ、あれは…」


「おおぉい、とりあえず隣の組の先生に状況を伝えたから、先にご飯にしようってさ」


クラスメイトの男子が声を上げて皆に伝達している。名前、なんだっけ。なまえ。。。なまえ...まいっか。


「というわけで、一緒に食べようね。桜田君、神田君!」


小野寺さんが唐突かつ強引に俺の視界に割り込む。


「なに当然のように...まぁいいけど。な、小蕾」


「おん」


桜の木は言うまでも無く美しく、意図せずとも花見状態だ。

俺たちは開放感を求め、あえて木から離れた草原ともいうべき広間にやってきた。三人のレジャーシートを合体し、草原の中に屋根・壁なしの豪邸を作る。

スペースは広いのに小野寺さんはお姉さん座り…正座から少しつま先を横に出すように座っている。こういうところをみると、やっぱり女の子だ。口数こそ多かれど、他の女子よりうんと清楚でおとなしく見えてしまう。

各々弁当を開け、箸をつけ始める。


「桜田君、お弁当のおかず交換しよ。神田君も」


「りょ」


「これはトレードだからね。私の中で食べたいのはある?」


色とりどりなお弁当の中にひときわ輝く肉汁が、俺の眼をくぎ付けにした。


「み、みーとぼーるがいいです」


「ほほい」


小野寺さんは特にためらいもなく肉団子をくれる。


「じゃあ私は...その卵焼き!二個ね」


このみーとぼぉーるからすれば卵焼き二個は惜しくない。


「おう、もってけ!」


まぁとうぜん卵焼きは好きなのだが、お肉にゃあ勝てませんでした。


「では早速」


小野寺さんは神田とも交換しているようだがそれを気にせずおれは肉団子を味わう。

この肉感、溢れる肉汁、マイルドなソース。圧倒的まりあーじゅ。よその家の肉団子は使う肉も違えば調理法、そしてソースの調合が異なる。特にこのソースというのは家庭によって大きな差があり、甘かったり、塩味がきいてたり、濃口だったりあっさりしてたり。

 小野寺さんとこのは甘めで美味しい。あぁ、すきっぱらにぶち込むとすれば肉だよなぁ。あとご飯。あでも焼肉とかだとちょっといきなりはガツンときちゃうよな。その点ミートボールは優しい。

ちなみに俺がミートボールとか肉団子とか言い換えていることに、何一つ意味などない。

この二つの違いが全然分からないから適当に言ってるだけ。なんか違いあるのかな。


なんだかんだといいつつ、食べ終わった。

ここからは自由行動なのだが、協議の結果、この豪邸にてごろごろすることになった。

あぁ、不意に空を見上げて寝そべれば、そよ風の心地よさとやってることの背徳感でどんどん眠たくなる。


「ひろいな、空って」


普段街では公道で寝そべることもできず、できたとてマンションやらなんやらで、ここまで目いっぱいに空を拝めない。

気付けないからこその感想だ。


そうして見ると、この見渡す限りの空一面を青く塗り尽くす、ここから見るにちっぽけなあの太陽は、随分に働き者である。




―――――――――――――――――


「じゃあ集まれ、点呼を取るぞ」


我々、遠足寝て終了。


「いよいよ俺ら寝てただけ...」


「まぁいいじゃない、気持ちよかったよ」


小野寺さんがすっきりした顔で背伸びしている。


「そういって帰りのバスで寝るなよ」


「もういっぱい寝たから大丈夫大丈夫!」


そういえば一名忘れている。

「そいえばオギセンは?」


「「あ 」」


クラス全員今思い出した。


「おい小蕾、前はどんな感じで見つけたんだ?」


「あの時は、学校に遅刻しちゃう~って学校の真反対に走って行ってたから、引き留めて学校への方向性について授業したんだ」


「そ、そうか」


教員とは



「じゃあ先生今回もわけわからんとこにいるんじゃ...」


「おぉぉおおい」


見ると他クラスの先生三人が荻野先生をひこずって来ている。


教員とは


聞けばオギセンはここからめちゃくちゃ離れた木の上にいたらしい。


「みんなをさがそぉと思って木に登ったんだけどぉ、こわくなっちゃって」


らしいです。よくもまぁバスから降りるだけでここまで…

ようやく荻野先生に集合の点呼をしてもらい、各自バスへ向かう。帰りも当然、同じ席だ。うん。


 帰り道、小野寺さんはどことなく元気がない。これはどうにも眠いようだ。やれやれあれだけ大丈夫とか言っておきながら。

30分を過ぎたあたりでパーキングエリアにいったん停車した。トイレ休憩だ。みんな外の空気を吸いがてらバスから出ていく。俺が戻ってきたときには男だらけだった。


「お、桜田ぁよかったなぁ小野寺さん隣で」


クラスメイトの男子が話しかけてきた。


こいつにはこの苦しみが理解できないのか、そうかそうか。


「え、なんで」


「え、だってお昼も一緒に食べてたじゃん」


いや、それだけかよ


「小蕾だっていたろ」


「いやでも特にお前らよくしゃべってるよな。この遠足に限らずさ」


「まぁそうにしても…」


なわけがない。


「ま、がんば、な」


「ちょっ」


女子たちが帰ってき始めた。話しかけてきた男は元の席に戻っていく。俺の話も聞かずに。冗談じゃない。おれは彼女だなんだとガキのうちから女子とそういった馴れ合いはするつもりなど毛頭ないのに。


「はぁ、外の風気持ちよかったぁ」


小野寺さんもこの休憩にご満悦。俺の苦労もしらないで。


「はぁい、バスが出ますよぉ~」


バスが動き出す。僕たちのバスは、他のクラスに挟まれて発進した。

小野寺さんが眼をうとうとさせている。


「やっぱ眠いんじゃないの?」


「ちがうもん、ぜんっぜん眠くなんか...」


「くっ」


思わず笑ってしまう。


「もう、なにわらってるの、このくらい大丈夫なんだから」


そう小野寺さんは少し頬を膨らませて言う。


眼を細ませて、気だるそうに、それでもムキになって手で髪を耳にかけて窓の外を眺める姿は…妙に色っぽく......


「おの..でら......さん」


いつもと違う雰囲気で、けれどもどこからどう見ても彼女に他ならぬそれは、どことなく、先に見た桜を彷彿とさせ…


と、小野寺さんが俺の肩にもたれかかる。


「っっ‼‼」


「……?」


寝ているようだ。バスの揺れでこちらに倒れ掛かってきたのか。


―彼女が欲しいんじゃない―


そう、俺は断じて色恋沙汰などに関わらない。関係ない。俺がだれかと付き合いたいだなんて…



「んん...」



小野寺さんの香りが舞って、俺に擦り寄るように小野寺さんがまことに微細ながらも、動く。その微動さえ、俺にはどうにも…



「なにが大丈夫だ...全然大丈夫じゃねぇよ…」
































桜田冬斗の肩の上、小野寺志乃の顔は夕日より濃く、あかく染まって乗っていた。

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