第1話 友達がいないんじゃない

 俺が高校に入った時、知人は一人もいなかった。なぜなら俺がそうしたから。誰にも俺がどこの高校を受験するか教えず、ひっそり受けて、ひっそり受かった。なのでこっそり入学してやった。そして今に至る。

 入学式から1週間。

 友達が、いない。


 そもそも俺は人に自分から話しかけることは基本的にない。

 話しかけられたら意気揚々に話はする。だから陰キャではないと思う。運動も下手ではない自信がある。老人にも優しい。きれい好きで部屋は散らかってない。ピアノが弾ける。だから、ぼっちじゃない。うん。絶対。




(ここは陽がまぶしいなぁ)


 昨日担任の荻野おぎの先生が帰りのホームルームにていきなり

「友情ってのはね、簡単に愛情に変わるの。小さなきっかけさえあれば、男だって、女だって。だから先生は、そのきっかけになりたいのぉ!」

 と”きっかけ”への進化宣言をされ、その第一形態が席替えらしい。それで俺は今、一番後ろの左端に座っている。

 この席は、そうラブコメの聖地。ここと右隣の席二つ合わせて俺は「お約束の地」と呼んでいる。それだけ魔性なのだ、この席は。


 まず教壇からの距離が遠い。ある程度の私語なら聞こえないし、見えにくく、気づかれにくい。

 また、他生徒からの視線が少ない。皆授業中は黒板を向くため背後からの視線はもちろん、隣からの視線も軽減される。なので左端がちょっとやそっと戯れたところでノープロブレム。

 そして何より、窓に近い。

 青春の1ページの背景が廊下か外の景色かだと、ラーメンにメンマがのっているかいないかくらいの差がある。これはとてつもなく大きな差異だ。

 俺はメンマが別に好きではないが、ラーメンにのっていなければガチギレする。あいつがいなきゃ、ラーメンじゃない。

 話がそれたが女子と男子が淡い談笑をするさなか、そのバックが雑巾がけされた廊下か木から葉が落ちるさまを見られる景色かだと、どう考えても窓辺が萌えるというもの。事実、恋愛もののアニメの約9割は、カップリングの席が左端なのだ(俺調べ)。


 そして俺が、その一角に選ばれてしまったわけだ。だからこうして朝日を眺めて黄昏ながら、この現実を憂いているのさ。クラスにはもう何人か来ているようだが、俺の近くの席ではない。俺はもう知っている。俺の右隣には女が座り、その女が俺に話しかけてくる。


 そしてもうひとつわかることがある。この前の席には俺の親友となりうる男が座る。それがテンプレというもの。すべては俺が、この席に座った時点で決まっていた。俺はラプラスでも何でもないが、それを確信させるほどにそんな気がしてならない。”答え”達が登校するまで、しばしの間、俺は睡魔に身をささげた。


 どれくらい時間が経ったか、まだ周りに人は来ていない。だが答え合わせの時は近いようだ。彼らが遅刻しない限り。

 そんなことを考えていたら、俺の隣に座ろうとする女が目に入った。

 髪は黒と茶髪の中間といったところで肩まで伸びており、眼はくりんとしていて俺より背は低そうだ。座席表を確認した時周囲の人間の名前はある程度把握した。確か名前は…


「おはよう。あ、初めましてか。桜田君…だよね。私は小野寺志乃おのでらしの


 おっと俺としたことが見過ぎていたようだ。


「初めまして、おはよう。その通りで俺は桜田冬斗さくらだふゆと


「よかった。さっき座席表見てきたときにお隣だったから覚えてきちゃった。よろしくね!」


 おそらくだが彼女ほど制服が似合っていると思った女子はこれまで会ったことが無い。あえて言うなら紅葉のようで、なんというか、右手に筆を持つ姿が目に浮かぶ。


「あぁ、よろしく」


「ところでこの筆どこに置こう。」


 あ、まじで持ってたのね。


「小野寺さんは書道でもやってるの?」


「中学の時部活でね。だから今日体験入部しようと」


 俺なかなか見る目あるやん。


「なら放課後までロッカーに入れとくことを推奨するよ」


「だね。ありがとう、行ってくる。」


 書道やってる人ってのはマイ筆持ってんのかな。俺は小学校の授業以来やってないからわからない。


小野寺さんという清楚系和風美少女。

これは習字の一つや二つできる顔立ちだ。



走っていく小野寺さんを眺めていると、ポンッと軽く肩に手を置かれた。


「やぁ、君が桜田君だよね」


 後ろを見やればなかなかのイケメンがこちらを見ている。


「おぅ、お前は確か…」


神田小蕾かんだしょうらい、ショウライでいい。よろしくな」


 なるほどコミュ強。相手に自分の呼び方を定める時点で強い。


「よろしく。登校はいつもこんな遅いのか?」


「いや、さっき迷子の人がいてな」


 なるほど金髪さわやかイケメン。それでいてうざったくないさわやかな顔立ち。顔が良くて、性格も良い。これはさわやかだ。モテるな。

 でも性格が良いから俺を見下すではなく穏やかに話しかけてくれるタイプの良いさわやかイケメンだ。


「そいつは災難だったな。俺は桜田冬斗。フユトでいい」


 これで俺もコミュ強の仲間入りだ。


「じゃあ早速だが冬斗、昼は一緒に食わないか」


「よしきた。乗ってやる」



 キーンコーンカーンコーン



「みなさーん席についてくださぁーい」


 荻野先生がチャイムと共に教室に入ってくる。俺は小蕾と話をやめると席に着いた。


「いやぁ、きょうは道に迷っちゃいましてぇ。でも助けてもらったので何とか間に合いましたぁ」


 そういってこちらに手を振った。こちらというより小蕾に…


 え、お前?


 いや、話的に子供か老人だと思ってたぞ。ていうか普通迷子のイメージをするときに二十代独身女性は使わねえよ。全く先生はどういう…


 いつのまにか小野寺さんも隣に帰ってきているし。

 目が合うとこちらに手のひらを一瞬かざして微笑んだ。少し個性的だがみんないい奴らのようだ。

 こいつらとなら仲良くやっていける。

 そう、思っていた。



 こ の 時 ま で は



 俺はまだ、小野寺さんがどんな人なのか、この先どんな奴らに出会ってどんな目に遭わされるのか、知らなかった。

 知る由もなかった—————

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