30撃 被害が大きいらしい、急ぐぞ

 ***


   

 ジョーカーを倒してから、一ヶ月ほど時間は流れていた。

 この一ヶ月間、俺はアヴァンズの六人目として残党のマゾックを討伐していた。数もそれなりにいたし、そこそこ手こずった奴もいたが、ジョーカーほどの強さのやつはいなかった。


「聖、机に溜まってた書類片付けといたぞ」

「ありがとう! でも多かったでしょ? 大丈夫だった?」

「問題ない、大した内容じゃなかったしな」


 トレジャー学院生徒会室。そこには今、聖と俺の二人がいる。そして俺の腕には、生徒会の腕章がついている。

 なぜ俺が生徒会に入っているか、それは多分気の迷いだと思う。

 だが強いて言えば聖が生徒会の仕事に追われる姿を見て、少しかわいそうに思ったから。だろうか。


「にしてもまだ慣れないなぁ、リアムくんが生徒会で働いてくれてるなんて」

「まだ少ししか生徒会として活動してないけど、この量の仕事量は正気じゃないだろ」


 聖と昼飯を食べた時、食後すぐに生徒会の仕事に行った聖を見てすぐにアイに生徒会に入れるように掛け合ったが、思いの外時間がかかった。

 なんでも、生徒会は聖のスペックについていけなくて挫折するやつが多く、参加する人材は教師数人が認める必要があるそうだ。そのことについて、掛け合った時に随分念を押されたものだ――

   

 ――少し時間は遡り、アイに掛け合いに行った日を少し思い返す。


「アイ、いる?」


 聖が食堂を去ってしばらく食堂にいた俺だが、今は職員室に来ていた。


「リアムくん、どうしたの?」

「用があって来た」


 散らかったデスクで、大きなメロンパンにかじりつくアイは、俺を隣に座るように促して、飲みかけのコーヒーを渡してくる。いや、飲まないぞ?

 突如訪れた生徒をもてなそうとしてくれているんだろうけど、この人少し抜けてるんだよな。


「新しいの入れてくるね」

「お構いなく」


 言ったものの、アイのデスクはコーヒーマシンのすぐそこ。わずか数秒で新しいコーヒーは、芳醇な香りを放ち俺の前に現れる。


「で、どんな用事かな?」

「生徒会ってどうやったら入れる?」


 デスク上の書類を整理し始めていたアイは、ピタリと手が止まる。


「え、生徒会入るの?」

「まぁな」

「どうして急に?」

「メンバーがたりてないんだろ」


 俺が生徒会に入りたい理由を聞いて、アイはバサっと机に書類を投げるように置いて、大きなロッカーへと小走りで向かった。


「アイリス・ビルー先生、職員室で走らないでください」

「すみませーん」


 何を担当している教師かは知らないが、少し威厳のありそうな初老の男に注意されているアイだが、あれはおそらく反省していない人の謝り方だろう。


「ほい、これ」

「入部届?」


 アイがまた小走りで戻ってきて、俺に入部届とボールペンを渡す。訳もわからず、とりあえず名前だけ書いてみる。


「そこ、生徒会って書いてね」

「生徒会って部活なのか?」

「一応部活扱い」


 テニスやサッカーと比べれば、全然部活って印象はないが、文化部と考えれば一応間違いではないのか? 詳しい定義なんかは分からないけど、俺は納得した。だから紙に堂々と記入する。


「はい、これでアイがハンコを押して提出したらリアムくんには腕章が渡されるよ」

「案外すぐ入れるものなんだな」

「参加自体はね。あとは岸田さんのカリスマ性に心を折られないかだね」


 心配そうに言うアイだが、そんな心配なんてこれっぽっちも必要ない。

 心が折れるのは聖に追いつこうだとか、聖を追い越そうだとかを考えて、目標に見据えるからだろ。そしてその大きすぎる目標に絶望するんだ。勝手に目標値にして、絶望したら心折って去っていく。無責任で自己中な連中だ。


「俺は折れるほどの心を持ち合わせていないから大丈夫だ」


 聖は聖で、俺は俺なんだ。そこはどうあがいても変わることのない事実。だったら無理に目標にして折れる必要もない。


「でも不安なのよね」

「俺は大丈夫だ」

「みんな最初はそう言うのよ」


 ハンコを押すか、押すまいか。アイはハンコをゆらゆらと迷わせる


「どんだけ迷うんだよ」


 長考するアイを横目に、俺はコーヒーをすする。周りの教師からもらったお菓子をつまみながら、分からない問題を解決してもらったりもして、軽くさ三十分は経ったと思う。


「おいアイ、まだか?」

「迷ってるのよ」

「焦ったい」


 まだまだ迷うような雰囲気のアイ。だがもうこれ以上は待てないぞ。

 まだゆらゆら揺らすハンコを紙の上で踊らせているアイの手を掴み、俺は強引にハンコを押す。


「俺の心が折れたらもう生徒会にメンバーは入れなくていい、というか聖を会長から外したほうがいい。以上」

「辛くなったらアイに相談してよ?」

「おう」


 コーヒーを飲み干して俺は職員室を去ったんだが、ドアを出る寸前までアイは何度も俺を心配していた。生徒会に入る手続きより、アイを説得する方に時間が掛かった――

   

「――でもほんと、リアムくんがいてくれて良かった。頼りにしてるよ、副会長!」

「プレッシャーかけたら俺も挫折するぞ会長」


 聖を揶揄うように残りの仕事をこなしながら、俺はクッキーを頬張っている。


「それ美味しそ〜! 会長にもアーン」


 テーブル越しに口をあける聖に、俺はクッキーを数枚連続で投げ込む。投げ込まれたクッキーをムグムグと聖はクッキーを頬張っていた。


「これどこのクッキー!? バカうまじゃん!!」

「手作りらしいぞ」

「え、リアムくんの?」

「違う、晴人の――」

「嘘でしょ東くんクッキー作れるの!?」


 俺の言葉がまだ途中にも関わらず、食い気味でオーバーなリアクションを披露する聖は、それでもクッキーを咀嚼する。


「リアムさんいますか? 先生に許可もらえたんで来ました」


 生徒会室のドアが丁寧にノックされ、その後俺を呼ぶ声が聞こえる。


「わざわざ悪いな。ありがとう」


 俺と聖二人の生徒会室に、来訪者が現れる。それは、俺が頼んでおいた要請に応じてくれた心優しい人だ。


「これから生徒会の役員としてお世話になります、東天です。これからよろしくお願いしますね、会長、副会長」

「え、新メンバー?」

「この前資料見せただろ? 晴人の双子の妹」

「そらちゃん同じ学校だったんだ!? そもそも双子だったの!?」


 どうやら忙しすぎて新メンバーのことについては頭からすっぽり抜けてたみたいだな。

 小柄だし、高めに結んだツインテールが幼く見せるせいか、年下だと思っていた。それは聖も同じらしい。


「リアムさん、クッキーどうでした?」

「すごく美味しかったぞ」

「やった! 今度はマカロン作るんで、そん時も味見お願いしますね?」

「あぁ、楽しみにしてる」


 机に置かれたクッキーが入った袋と天を交互に見てあわあわと動揺を見せる聖は、なにやら口をパクパクとさせている。


「そらちゃんが作ってたんだそれ。てっきり東くんが作ったと思っててびっくりしてたんだよ……納得した」

「聖さん、兄貴は料理なんて全くできませんよ? あのアホがキッチン使ったら大抵ボヤ騒ぎ起こりますし」


 早速会長と打ち解ける新メンバーはまるで姉と仲良く談笑する妹のように思える。そんな光景を微笑ましく思いながら事務処理をしようと思ったところ、ボヤ騒ぎを起こす兄貴から連絡が入る。


『マゾック出たで、なんかめっちゃ被害でかい!』

「聖、マゾックが出た」

「了解! そらちゃん、留守任せても大丈夫?」

「大丈夫です、お気をつけて!」


 放課後ということもあり、学校を抜け出しやすいが、俺たちは生徒会。教師に任された仕事などをこなすため、教師が頻繁に訪れる。だから会長と副会長が両方いないのは割とまずかったりする。かと言って現れるマゾックを他のメンバーに丸投げするわけにもいかないし、苦肉の策として役員に一人いてもらうことにした。

 聖にもその話はしたはずなんだけど、よほどその時忙しかったんだろうな、一ミリたりとも覚えている気配がない。

   

 天に見送られながら、俺たちは晴人にもらった位置情報を頼りにバイクで向かう。後ろに聖を乗せてバイクを走らせるのはもう何度目だろうか、慣れすぎて違和感を感じなくなった。


「被害が大きいらしい、急ぐぞ」

「うん、みんなを護らないと!」

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