27撃 歯食いしばれ

 ***


   

 暴魔風は数十秒吹き荒れ、はるか上空まで浮き上がったとこまでは覚えている。

 だがそこからの記憶はなく、気付けば開けた視界の何もない場所へいた。


「生きてる……のか?」


 どうやら俺は生きている。地面に横たわってはいるが、痛覚はある。だから生きている。だがグラムが顔スレスレのところに刺さっているのは流石に肝を冷やした。あと数センチ違っていれば鼻がフラットになっていただろう。


「痛たぁ……でも生きててよかった……」


 横たわる俺の足元から、安堵の声が聞こえる。どうやら聖は無事なようだ。落下の衝撃で変身が解けているため、今は素面だ。流石に顔を知られるのはまずい。


「変身……」


 顔だけでも隠したい一心で、グラムを握り変身しようとする努力は無駄に終わる。

 変身できない……? なぜだ? 死んだ?

 何度試しても姿はありのままのサリバン・リアム。


「あ、そういえば」


 理由を探そうと過去を思い出していたところ、一つ心当たりがあった。それはスチュアートの言葉。聞き流していたが、ファンシルではなぜか変身ができない。と言った内容だった気がする。


「……リアム、くん?」

「っ!?」


 不確かな気はするが、変身できない理由はここがファンシルだから。だと納得した時、俺の名が呼ばれる。それはよく聞く声で、よく呼ばれる呼び方だった。


「それ、ダークネスの。ってことは、そういうこと……?」

「聖……」


 もろに顔を見られた。もう潮時ってことだろうか。


「……俺は」


 もう隠し通すことはできないだろ。

 腹を括れリアム。


「リアム!? それに聖お姉様!?」

「お前……」

「西くん!?」


 全てを話すか、はぐらかすか。そんなことを迷っている時、やかましい声が聞こえた。

 俺たちと同じくらいに傷だらけで、それに手にはあいつが持っていた二本の剣を握っている。


「銀狼はお前が変身してたのか?」

「その剣、リアムがあの黒いやつやったんか? それにお姉様は赤いの?」

「リアムくんは味方で西くんは敵?」


 話がいきなりややこしくなってしまった。


「この際だ、自己申告制でいこう。俺はこのグラムで変身してる、マオウ軍は敵だ」

「私はこのエクスカリバーで変身してる。マオウ軍? に関してはあまり知らないけど、みんなを脅かすあいつらは敵だと認識してる」


 俺は自分の正体を隠蔽することを諦めた。

 俺が正直に申告し、それに続く聖も申告する。俺たちは晴人に視線を送る。


「俺は……このよう分からん武器で変身しとる。善も悪も分からん。なんも知らんけど、俺は妹のために戦っとる」


 握る武器を見る晴人の目は、憎しみがこもっているように感じた。


「でもリアムたちが敵や言うてる奴らのコマやった俺は悪やな、なんの言い訳もしやん」

「理由、あるんだよね? リアムくんの友達だし、悪い人には思えないんだよ」


 妹のため、か。聖が言うように、理由がありそうだ。それも不愉快な。


「歯食いしばれ」


 鈍痛が響く体を起き上がらせ、息を整える俺に合わせるように、晴人も起き上がり俺の前に立つ。


「……おう、おもっきり頼むわ」

「ちょっと……リアムくん?」


 恐らくヒビが入っているであろう左足を軸に、大きく右足で晴人を蹴り飛ばす。俺の横で驚く聖だが、晴人は何も言わずに申し訳なさそうに涙を一筋流している。


「あの銀色は蹴り飛ばさないと気が済まなかったんだ、これで勘弁してやる。話せよ。言い訳聞いてやるよ」

「あほか! 俺はお前らを殺そうとしてたんやぞ、甘いんとちゃうか?」

「晴人ごときに殺されるわけないだろバカか。ほら立てよ」


 晴人は自分を責めているように感じた。こいつは純粋すぎるんだろう、俺は誰かのために全てかなぐり捨てて行動出来るのは凄いと思っている。言い訳をせず潔く自分の非を認めるのもなかなか出来ることではない。俺はこいつの評価を見直す必要があるかもな。


「優しくせんとって……泣きそうなる」

「もう泣いてんじゃねぇか」

「ちゃうわ暑いから汗かいとんねん」


 横たわっていた晴人を起き上がらせて、俺たち三人は地面に座る。


「お前の妹、人質にでもされたのか?」

「せや……。しかも俺の前で攫われた。この剣拾ったのが原因らしいわ、なんか選ばれし者……? がこれ以上敵に回るのはめんどいから手荒な真似するね? みたいなこと言われたわ」


 晴人が言うには、人質に取られたのはつい最近のことらしい。

 変身したのは今日で二回目だと言う。こいつ、俺より強いんじゃないか?


「妹が帰ってこなきゃお前は、人に害をなすマオウ軍に与するつもりか?」

「リアムたちには悪いけど、そうなるな。俺はこんな世界より妹の方が大事なんや、例え悪に支配されても、妹が助かるなら俺はそいつらと一緒に堕ちていく。長いものには巻かれるんや」

「そうか」


 晴人の優先順位は自分よりも、世界よりも、妹らしい。譲れないものを、無理に譲れなんて言わない。


「いいお兄ちゃんしてるんだね、西くん」

「聖お姉様……俺の名前、東です」


 あ、ついに訂正した。妹の話をしていたら聖の存在すら霞むらしい。

 霞んだ聖は申し訳なさそうに謝って、「リアムくん絶対気付いてたでしょ」なんて俺に振ってきた。とばっちりだ。


「ちょっと電話」


 俺のポケットに入れられたスマホから、通知音が鳴る。

 姉貴からの着信だった。


『もしもしリアムちゃん、会話全部聞いてたよ。ビデオ通話にしてくれる?』

「分かった」


 疲労で休んでいたはずの姉貴だが、水晶でのストーキングは怠っていなかったようだ。


『もしもーし、晴人くん聞こえてる?』

「!? 誰……?」


 当然の反応だな。いきなり知らない女からビデオ通話で名前を呼ばれたらこうなる。


「俺の姉貴だ。趣味は俺のストーキング。だから俺の身の回りは全て把握されてるぞ、ごめん」

「愉快なお姉さんだね……」

『聖ちゃん可愛いねえ』


 ニヤける姉貴に対して、引き気味の二人。

 二人ともほんとごめん。


「姉貴、脱線はそこまでにして本題に入ってくれ」

『あ、そうだった。妹ちゃんってこの子で合ってる?』


 スマホのインカメラを動かして椅子にポツンと座る女の子を映した姉貴は、晴人に確認する。


「せや……せや! もしかして助けてくれたん!? ですか?」

『リアムちゃんのお友達だからね、これくらい朝飯前だしね』


 口をぱくぱくしながらも感涙する晴人は、カメラ外に消えるように頭を深々と下がる。


「ありがとうございます!! 一生ついていきます!!」


 俺のスマホにしがみつくように感謝を述べる晴人は、汗とは誤魔化せないほどに涙を流している。それはまるで滝のよう。でも、嬉しそうでよかった。


『わたしじゃなくて、リアムちゃんに一生ついててあげてね。リアムちゃんこう見えて寂しがりだから』

「任せてください! 寂しい思いなんて絶対させません!」


 サラッと俺に一生ものの災いをなすりつけて来た姉貴には後で嫌がらせをしよう。


「妹さんは助かった、ということは……?」

「晴人。妹は助かって、マオウ軍に与する必要は無くなったんじゃないか?」

「ああ、言う通りや。これからはリアムや聖お姉様たちと一緒に戦うで! 俺に出来る償はそれくらいしかないしな」


 妹の無事がよほど嬉しかったんだろう、晴人のテンションは激しく高揚している。


「七人で力を合わせて戦おう!」

「どうして俺も勘定されてんだよ」

「敵は一緒でしょ?」


 おもむろに立ち上がる聖はエクスカリバーを前に突き出して俺を見る。


「リアム、お前もあの着物野郎に因縁あんねやろ? マオウ軍のことはよう分からんけど、あの着物野郎は二人で倒そうや」


 聖が突き出すエクスカリバーに重ねるように晴人は自分の剣の片方を前に突き出す。そして二人は俺を見る。


「……あいつは俺一人で十分だ。ただまぁ……それまではお前らに乗ってやるよ」


 自分が握るグラムを二人の武器に重ねる。


「足引っ張んなよ」

「そっちこそ」

「おもっきり暴れたる」


 こいつらなら、少なくともあっけなく失うなんてことはなさそうだ。空から落下しても死んでないしな。

 俺が人と関わりを深く持つ機会なのかもしれない。そう感じている。


『リアムちゃんがついに仲間意識に目覚めたぁあ』


 地面に置かれたスマホから、姉貴の声が聞こえる。まだ電話つながってたのか。


『アヴァンズのみんなは家に招いたよ。リアムちゃんたちは今スチュアートが迎えに行ってるからもう少し待っててね』

「アヴァンズ全員集めたのか?」

『マオウ軍とか詳しいこと話した方がいいでしょ? 全員まとめて説明した方が効率いいしね』


 言いたいことだけ言って通話を終了させる姉貴。晴人と聖は不思議そうに俺を見ていた。


「リアムもしかしておぼっちゃま?」

「そうなるんじゃないか?」


 おぼっちゃまの定義とは何か、そんなことを議論していたらスチュアートが運転する車が到着する。


「おおおお!!! 長い車や! すっげ! 中にお菓子とか置いてるやん!」

「東くん、あまりはしゃいだらスチュアートさんに迷惑かかるよ」

「お気遣いありがとうございます、ですが心配ご無用です。若人は何事も楽しむのが良い点ですからね。どこかの坊っちゃんにも見習っていただきたいものです」

「姉貴たちが待ってんだろ、早く出してくれ」


 揶揄うように俺を見るスチュアートは、嬉しそうに車内を見渡す晴人も交互に見ていた。

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