25撃 へぇ? リアムくんはそんなデートがしたいんだぁ?

 ***


   

 ジョーカーに敗北してから一日。


 気持ちを切り替えるように俺はいつも通りマオウ軍の本拠地を探してファンシルをバイクで縦横無尽に徘徊している。


「この辺りの雑魚はもう掃討したか?」


 バイクで走れるところは一通り見てみたが、悪意がない下級の魔獣くらいしか見当たらない。


 危険性のある魔獣なら狩るが、悪意がない下級なら放置していても問題ないだろう。


 深く緑に生い茂る木々をバイクで抜けながら走っていると、前方に固定しているスマホがホルダーの上で通知を受信する。


 小刻みに震えるバイブレーションは、一定のリズムで鳴り続け、画面には発信者の名前が記載されている。


「……なんの用だ? 聖」


 相手は、以前なし崩し的に電話番号を渡してしまった生徒会長、岸田聖だった。


『なんの用だ? じゃないよ! 今日学校! 教室行ったらアイ先生に来てないって言われてびっくりしたよ!』

「あー、そういえば平日だったな今日」

『もう! せめて連絡くらいしなよ? 今日一緒にお昼ごはんでもどうかなっておもったのに!』


 ジョーカーの件で、翌日は学校がある事実なんてすっぽり頭から抜け出ていた。


「今から行く、アイに言っといて」


 それだけ伝えて、俺は姉貴から黒魔法で送られてきた制服に袖を通す。

 電話を切る寸前の聖はなにか言いたげな感じはあったが、会ってから聞くことにしよう。


 生い茂る木々の間に細々とつながる獣道をバイクで駆け抜ける。体中に風を感じながら数分無心で進み続ければ、たったの数分で目的の学び舎までたどり着く。


「あ、もしもし。バイク停めるとこある?」


 門前で停車し、腰を掛けたまま聖に連絡を入れる。


 まだ学園のすべてを把握してるわけではないので、バイクをどこに停めていいかを知らない。編入時に自転車を停める場所は案内されたが、流石にあそこにバイクを停めるスペースは無かったと思う。


「バイクは職員用のところ! 大遅刻だよリアムくん!」

「なんだいたのか。電話かけるまでもなかったな」

「聞き覚えのある排気音が聞こえたから来ただけだよ」


 どんな耳してるんだこの生徒会長は。


 ただ者ではないなと改めて思いながら、俺は聖に職員が使用している駐車場へ案内されている。


「あとで使用申請書書いてよ? あと、本来は徒歩通学か送ってもらうしか認めてないからねうちの学園」

「まじかよ、めんどうだな」

「それが学生の普通なの! 今回ほんと特例だからね! 分かった?」


 どうやら聖はぷりぷり怒っているようだが、手にはしっかりと財布が握られている。この人俺が来るまで昼抜いてたな?


「次からは気を付けるよ」

「よろしい! じゃ、ご飯行こ!」

「学生の普通ってなんだろな」


 当然のように授業をボイコットしている聖に対して、先ほど言っていたセリフについて考えさせられる。自由が売りの校風で通学に関しては制限がある。ルールがガバガバだな。


「私みたいな学生のことかな」

「あーはいはい」


 生徒会長なんて役職を持ってる生徒は普通じゃないし、変身するやつなんてダントツで異常だろ。


「リアムくん、今日は午前授業で午後からの授業はないから駅前のご飯屋さんに行こうと思うんだけどどう思う?」

「駅前っていうとあそこか? 最近人気の海鮮丼……ん?」

「どしたの?」


 午後からの授業がないだと?


 しれっと事実を突きつけてきた聖を見ると、しっかりとカバンを持って帰る準備が万全なのが確認できる。それによく見ると、まだ敷地内に残っている生徒もカバンを持っている。


「俺、来た意味なくないか?」

「うん、大遅刻すぎて普通に欠席だね。アイ先生が爆笑してたよ」


 ……。


「言おうとしたのに有無を言わせず電話切っちゃうんだもんなぁ」

「バイク停めに来た意味もなくないか……?」

「ないね」


 にししとイタズラに笑うような聖は、「だから使用申請書は書かなくていいよ」と言いながら俺にウインクする。


「俺を揶揄ってたのか」

「ごめんって、でもクールな後輩がポンコツなことするの可愛くてさぁ」


 肩で笑うようにする聖に対して俺は、バイクのシートに入れられたヘルメットを放り投げる。

 これはいつぞやのディーラーが余計な気を聞かせたものだ。


「腹減ったから早よ行こ」

「はーい!」


 後ろに聖を乗せて、俺は賑わっているであろう駅前の海鮮丼屋へとバイクを走らせた。


「――特上二つ!!」

「あいよぉ!」


 木造の店内で、魚が見える生簀があるカウンター席に通されるやいなや、聖は威勢よく手をピースにしてオーダーを叫んだ。


 それに呼応する店員は、聖の三倍ほどの声量で答えて魚を捌く。


「いい雰囲気のお店だねー」

「そうだな」


 老舗、のような風格のある店構えだが、決して小汚いわけではなく、綺麗に掃除され、インテリアなども工夫されていた。


「でもデートに来るとしたらちょっと渋いよねぇ」

「まぁデートだとしたら小洒落たカフェとかだろうな」


 健全な高校生のデートとなれば、みんな好むのは呪文を唱える系のカフェとかだろう。きっと海鮮丼を食べに来たりはしないはず。


「へぇ? リアムくんはそんなデートがしたいんだぁ?」

「別に、一般論だ」


 ニマニマと笑みを浮かべながら俺を揶揄う聖は、海鮮丼が届くまでずっと小洒落たカフェを検索して俺に「たとえばこんな場所とか?」なんて言って画面を見せつけてきた。


「――ふぅ! 美味しかったぁ!」

「美味かった、本当に奢られていいのか?」


 海鮮丼を食べ終えて会計をしようとしたところ、女子高生の先輩が颯爽と財布を出して俺の分も払ってしまった。


 転生前、親に口酸っぱく「女に財布を出させるな」と教え込まれた俺からすると少し負い目を感じる。


「いいよいいよ! 先輩だし! さっき揶揄ったお詫びってことにでもしといてよ」

「ありがと、ご馳走様」


 父から財布を出させるなと教わっていたが、母からは「相手の気持ちを無碍にするな」とも教え込まれている。


 ここは母の教えを尊重しておこうか。


「はーい! また行こうね! 今度はオシャレなカフェかな」

「気が向いたらな」

「とか言って誘ったら来てくれるくせにー」


 ……。絶対いかねぇ!


 そんなことを決意しながら俺は、聖を自宅まで送り届けてから自分も家へと帰っていった。


「――おかえりなさいませ坊ちゃん。欠席は感心しませんね」

「……やっぱバレてる?」

「ええ、ローズ様が過呼吸になる程お笑いになってたので」


 クソ姉貴め、そういうのはこっそり笑って悟られないようにしといてくれよ。スチュアート怒ったら厄介なんだよなあ。


「坊ちゃんは旦那様と似ていて微笑ましいですが、そのようなルーズな部分は似なくていいです。以後、お気をつけて」

「はい……」


 粛々と告げられることがどれほど怖いか。これはきっと経験者しか分からない。


 変に反論することはなく、大人しく従っていると、マゾック出現を知らせる警報が鳴り響く。


「出やがったか」


 まぁ俺はこの場で待機し、あいつらを見守るだけなんだけどな。


『やっぱり彼は死んじゃったかな』


 ……あいつは。ジョーカー!


『でも君たちが生きてるなら、ここにいないだけで生きてる可能性もあるかな』


 俺の予想ではあいつが前に出てくることはほぼ無いと考えていたが、どうやら違ったようだ。


『知らないよそんなの! 知ってたところで教えないけどね!』


 ジョーカーを睨みつけて剣を構える聖は、仲間を導くように声を大にして言う。

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