23撃 どこでサボってたんや?

 ***


   

「遅いやんリアム、どこでサボってたんや?」


 昼休みが四十分ほど過ぎた頃。俺は授業中の教室へと入り、自分の席へと腰を落とす。


「職員室。アイと、美学について討論してた」

「なにしてんねん……ほら、ゴリちゃん怒っとんで?」


 晴人が指差す方を見れば、教卓に乗せた拳をプルプルと震わせて、眉間にはビキビキとシワのよる古文の教師がいた。ゴリラのような見た目のその教師は、ゴリちゃんと呼ばれている。愛称ではなく蔑称に近いので、面と向かって言うのは晴人くらいだろう。


「お前にも怒ってるんだ東ァ! 二人とも授業中にぺちゃくちゃ喋りやがってェ! 大人しくしてろォ!」

「「すません」」


 怒られたがそれ以上お咎めはなく、俺は残りの十分を大人しくやり過ごした。

 そんな調子で残りの授業も全て終える。そして迎える放課後。


「じゃあな晴人」

「おつかれー」


 教室を出て、裏門辺りに用意された駐車場に停めてあるバイクへまたがる。

 今日は家に帰らず、そのままファンシルへ一人で本拠地を探しに行く予定だ。以前撤退したあの神殿に。


『リアムちゃん、気をつけてね』

「あぁ、分かってる」


 神殿の前にバイクを停めて、姉貴にグラムを送ってもらう。また嫌な雰囲気を感じる、だが、今回は以前ほどの禍々しさはない気がする。


「壁が……直ってる?」

『それにドアも付いてるよリアムちゃん』


 神殿を進み、以前俺が蹴り壊した壁。それが今は直っている、それどころかドアまで付いている。


「これで確信が持てた」


 誰かがいる。

 何かの罠かもしれないが、人がいることは確実だ。だったらこのドアを開けて確かめるしかない。不確定要素を放置するほど、俺の危機感は欠如していないからだ。

 

 ドアノブを掴み、勢いよく開ける。すると……。


「やぁ、サリバン・リアムくん。君に会いたくて会いたくて震えていたよ」

「誰だ……お前」


 目の前に見える男は、俺を待ち侘びていたらしい。だが俺はこいつを知らない。

 その着物姿の男は椅子を正しく座らず、背もたれに頬杖をついてだらけきっている。


「スカウトマン。そう思っていいよ」

「この俺をスカウトか?」

「あぁ、是非一緒にマオウを復活させようよ」


 男は椅子から立ち上がり、カツカツと下駄を鳴らして近付いてくる。


「その前に一つ聞かせろ。なぜ俺だ」

「簡単だよ、小生を瀕死に追いやりマオウを封印した男の息子だから。いやぁあの男は手強かった、不意を突いても最後までしつこく粘られた」


 は……? 何を言ってやがる、こいつ。俺の父親を殺したってのか?

 男が武勇伝のように言った言葉で確信した、間違いなくこいつは親の仇だ。生き残ったマオウ軍幹部。


「あの男はね、自分の息子が小生を倒すって言ってたんだよ。だからその前に仲間にしようかなって。グラムを継いでるなら戦力としても問題ないしね。答えを聞かせてくれるかな?」

「地獄に送る。それが答えだクソ野郎」


 差し伸べられた手、それを俺はグラムで切り離す。だが、斬った感触がない。


「あーダメダメ。小生に物理攻撃効かないから」

「バケモンかよ……!」


 俺からの攻撃は通じないくせに、あいつの攻撃は俺に通じる。理不尽すぎるだろ。


「色々調べたり、君のお姉さんに感知させたりしたのに残念な結果に終わって悲しいよ」

「あの魔力の揺らぎはお前の仕業だったか」


 どうやら色々と根回しをしていたこいつは、「君が第三者を連れてきた時は焦って転移魔法使っちゃったよ。ダメじゃん一人で来ないと」なんてぬかしやがる。


「君とは仲良くなれると思ったんだけどなぁ……もう用済みだね」


 俺の前に強大な殺意が広がる。こいつ、俺を仕留めにきたか……。

 男の手には黒いオーラが集まり、段々と球体を形成していく。


「流石にやばい」

「じゃあね。次会う時はスカウトマンじゃなく、完全に敵だよ」


 俺の足元に現れる魔法陣を見てそう呟いた男の姿が消えて、俺は姉貴に家へと強制帰還させられた。

 

「リアムちゃん!」

「助かった」

「戻って早々だけど、レアルタに行って! バイクはすでに家の前に移してる」


 疲労する姉貴は、俺に事情を説明する。

 どうやらレアルタの、廃工場にマゾックが二体出現し、片方が無双状態でアヴァンズは瀕死らしい。


「分かった、すぐ行く」


 俺とバイクを移動させた姉貴は疲弊している。そんな姉貴を休ませるようスチュアートに頼み、俺は廃工場へと急ぐ。


   

 ***


   

 今にも壊れてしまいそうなほどボロく劣化した工場で、金属音や爆撃音などの戦闘で起こり得る数々の音が響いていた。


「なんだ……あいつ」

「ダークネス! 来てくれたんだね」

「その呼び方はやめろ、俺はお前らの仲間じゃねぇ」


 何度か参戦したからか、俺はこいつらの仲間だと認識されているらしい。


「とりあえず邪魔だから下がってろ」


 目の前には敵が二人。

 タキシードを彷彿とさせる見た目のマゾックに、俺たちと同じ全身スーツを身に纏ったやつが一人。


「……」


 銀色の全身スーツのそいつは、特に言葉を発することなく斬り込んでくる。両手に持つ剣で、的確に死角から狙いを定めてくる。


「アヴァンチェンジャーを二本……?」

「カッカッカ! やってしまいなさい銀狼の騎士!」


 銀色のことを銀狼の騎士と呼んだタキシードのマゾックは、指揮官気取りでふんぞり返っている。特に何もしてこないが、後ろで騒いでいるのが鬱陶しい。先にあいつから片付けるか。

 銀色の隙をつき、裏へと回り込む。それと同時に一気にタキシードのマゾックへ一撃浴びせる。


「カ!?」

「そんなもん身につけて紳士気取りか? 危害を加えてたら紳士でもなんでもないぞ」


 マゾックの頭にちょこんと乗っていたシルクハットを斬り落とし、本体を壁へと追いやる。


「ぐぅ……この怪盗マゾックの目を欺く見事な立ち回りは称賛に値するでしょう。しかし、背後が疎かですね」

「思考が浅いなエセ紳士」


 背後が疎かだと? 見えてんだよ。


「カァァ!? な、なぜぇ……」

「……!」

「お前たちがコンビなら、相方のピンチには必ず動くだろ。それを見越して動いてたに決まってるだろ」


 背後に意識を向けていれば、かわして仲間撃ちを誘発するぐらいなんてことない。


「あとはお前だけだな」


 爆散する怪盗マゾックを背に、銀色を見据える。

 向こうは剣を逆手に持ち変えて、低姿勢で俺の死角を狙っている。こいつの戦法はどうやら相手の弱点を突くスタイルらしい。


「……」


 滑り込むように俺の足元へ飛び込む銀色は、逆立ちするかのように俺の腹部に蹴りを入れる。

 なんとかグラムで庇えたものの、体勢を崩される。


「まじかよ……」


 グラムを床に刺し、それを支えに体を浮かして銀色を蹴る。

 だが間一髪でかわされる。


「舐めやがって……」

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