22撃 しんどい時はしんどいって言わないとダメだぞ

「……!?」


 ドアから教室内を覗くのは、赤髪の生徒会長。頬には絆創膏を貼って、手には包帯が巻かれていた。

 そんな二年生の生徒会長が一年棟に現れたことで、クラス中は少しざわめき始めた。当然、俺の前にいる晴人も取り乱している。そんな晴人に俺は聖とのメッセージ画面を見せながら、聖の方を向いて手招きする。


「悪いな呼び出して。こいつ、最近の聖が心配らしくてな」

「いいよリアムくん、でもご飯のお誘いかと思っちゃったよ。ちょうどお昼だし」

「昼行くついでだと思ってくれ」


 学食を食べに食堂まで行くには、どのみち一年棟の前を通過していく。だからついでということで勘弁してもらおう。


「おいリアム、先輩呼び出すってお前まじか……しかも相手は学院のマドンナで生徒会長やぞ!? びっくりして言葉失ったわアホ!」

「早く本題に入れよ」

「えーっと西くんだっけ? きっと怪我のこと心配してくれてるんだよね。でも大丈夫だよ、おっちょこちょいでこけちゃうだけだから!」


 色々な人に同じような話をされるのだろうか、こっちから何も言わなくても的確に話題を察して答えてくれる。だが流石に無理があるだろ。

 あまりにも強引な嘘にびっくりしたが、晴人はなぜか納得していたので、もう何も考えないことにした。


「聖お姉様、何かあったら俺を頼ってください……って、伝えて」

「自分で伝えろ。もう聞こえてるだろうけど」


 何をひよっているのか、斜め前に本人がいるにも関わらず、目の前にいる俺に伝言を頼んできた。自分で言ったほうが絶対早いだろ。


「はぁ……聖、何かあれば俺を頼れ」


 だが俺は伝えることにした。俺の横に立つ聖に、雑談を投げるように。俺は自分のカバンから財布を取って、「教室を出るぞ」と言葉を続けた。


「ありがとうリアムくん! 頼りにさせてもらうね」

「あれ? なんかリアムがバシッと決めたみたいになってへん!?」


 どうやら聖は晴人の言葉は聞こえていなかったらしい。肩を沈め落ち込む晴人を笑うまいと、クラスメイトは密かに笑いを堪えている。ごめん晴人。


「……晴人も飯行くか?」

「妹に弁当持たしてもらっとるから大丈夫やで」


 罪滅ぼしも兼ねて学食に誘ったが、そういえば妹お手製弁当を毎日嬉しそうに自慢してくるのを忘れていた。晴人はすごく家族愛が深いのだろう。


「そうだったな。じゃ、俺たちももう行くか」

「はーい、西くんまたねー」


 満面の笑みで弁当を広げる晴人を置いて、俺は聖と学食を食べに向かう。

 一年棟を歩く中、聖は何度も声をかけられていて、改めて生徒会長の人気を実感した。


「流石は生徒会長様って感じの人気っぷりだな」

「もー、やめてよ。恥ずかしい」

「でも実際凄いよな、生徒会長の人気は。トップがデカすぎて他のメンバーの重圧凄そうだけど」


 生徒会についての噂は、生徒会長の聖の噂しか聞かない。よほど役に立っていないのか、話題にしたくないほどのクズなのか。俺密かに気になっていた。


「今は私しかいないから心配ないよ。私が生徒会長になってからみんな辞めちゃったからね」

「……」


 俺は察した。圧倒的カリスマを誇る聖が率いる生徒会っていう重圧に負けてんじゃねぇかそいつら。


「それ、生徒会として機能してるのか?」

「ほぼしてないかな。でも雑務は一人でもなんとか出来るし、どうしてもって時は友達に手伝ってもらってるけどね」

「大変なんだな、生徒会長」

「違うよリアムくんこういうのはね、やりがいがあるって言うんだよ。誰かのために役立てるって最高だよ!」


 聖はよほど生徒会長としての誇りがあるみたいだ。だが俺には理解できない、身を粉にしてまで人に尽くすなんて一種の宗教か?


「そうか、でもしんどい時はしんどいって言わないとダメだぞ」

「うん、その時はリアムくんに言うね」


 二人でカレーを食べながら話しているだけで、周りの生徒はざわついている。この周りからの崇拝感がある現状では、簡単に弱音なんて吐けないだろうな。


「あ、このあと生徒会の仕事あるからもう行くね!」

「おう、無理しすぎるなよ」


 食い終わると同時に忙しくなく席を立つ聖は、誰もいない生徒会室へと進んで行った。その背中はとても疲れて見えた。


「誰かのために、ね……」


 空の食器を一人で見つめていても時間は過ぎるばかり。教室に戻るか、それとも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る