20撃 魔力の揺らぎ
***
朝、眠気まなこをコーヒーで覚まして登校。
昼、うるさい晴人と食事。
夕方、小難しい授業で重くなる瞼をこじ開け下校。
夜、ファンシルで本拠地探し。
そんな生活が三ヶ月ほども続けば、退屈な作業と化してしまう。レアルタでは頻繁にマゾックが現れ、それを聖たちが倒している。
「師匠! 今日はこの神殿なんてどうですか!?」
「うーん……ここは一回リアムちゃんが行ってるけど何もなかったんだよねぇ。でもなんだが地図から怪しいオーラは出てるんだよねぇ……」
そんな作業ばかりの日常に、桃谷はごく自然に馴染んでいる。
学院から帰れば姉貴と桃谷が当日に捜索する場所の相談をしている。俺の部屋で。
「いいんじゃないか? 桃谷がそこ気になるなら、もう一度行ってみても。見落としてることもあるかもだしな」
自分の制服をハンガーにかけながら、姉貴の黒魔法が仕込まれた地図を覗き込む。この魔法は、邪悪な雰囲気を察することができるらしい。
そしてこの神殿は前回行った時、嫌な雰囲気は感じたが何もなかった。だからもう一度行くのなら念入りに調べるに越したことはないな。
「姉貴もまだ怪しいとは思うんだろ?」
「うん。水晶を通して見てみても、少し嫌な予感がするの」
「師匠任せてくださいまし! リアムさんが必ずその予感を解消してくれますわ!」
「桃谷もだからな」
今日の目的地は決まった。そうなれば話は早い。
人の手で壊されたであろう神殿の外観を観察しながら、俺たちはすでに臨戦体制に入っていた。
前回来た時は自然によって倒壊した箇所はあっても、こんなにも不自然に破壊された形跡なんて無かった。
「桃谷、前も聞いたけど本当にレアルタの方はいいのか?」
「ワタクシは基本前衛ではないですからね。ほとんど聖さんがいれば倒せるので来れたら来て、とだけジンさんに言われてますの」
俺は警戒しつつ神殿に入るものの、毎日のように俺とファンシルを捜索する桃谷のことも気掛かりだった。俺の計画では、五人でマゾックを退治している時に俺単体でファンシルで本拠地を探しているはずだった。
だが実際はレアルタに四人、ファンシルに二人だ。
「もしかしてワタクシと一緒にいるの、嫌でした?」
「……別に」
桃谷は他の四人と比べると、明らかに弱い。敵に狙い撃ちされる時も度々あるほどだ。要するに護りながら戦うのが難しいから来るなと拒絶されているのだろう。
だからこうして時間のある桃谷を、姉貴が鍛えて俺が実践に連れて行き、経験を積ませている。そうすることで確実に桃谷単体でも立ち回れるようになるだろう。それによって自ずと必要とされ、俺一人で行動できるはず。
「深く関わりたくないといいながら、ワタクシのことは構ってくれるということはつまり……そういう事ですわよね!?」
「どういうことか見当がつかないんだが」
「照れなくていいですわよ、言葉より行動で示す。素晴らしい心意気ですわ」
俺は以前一緒に戦わないのかと尋ねられた時に深く関わりたくないと答えた。それは桃谷め含めての人間関係に対する答えだったんだが、どうやら厄介な勘違いをされたらしい。
「戯言はいいから気を引き締めろよ。なんかヤバい」
進むこと数分、俺は第六感で感じ取っていた。この神殿のどこかに潜む脅威を。
「確かに……魔力の揺らぎを感じますわね」
この世界には、魔法を使う人間だけが感じることの出来る魔力が空気中に漂っている。それが今、揺らいでいるらしい。魔法の使えない俺が、嫌な感じを察知したのも、恐らく魔力なんだろう。
「どこが特に揺らいでる?」
「右なんですけれど……」
そう言って桃谷は右を見るが、視界に映るのはただの壁。そこに隠し通路がありそう、という訳でもない。それはもうまごうことなき壁。
よし、壊すか。
「リアムさん!?」
試しに全力で蹴ってみる。強度がどれくらいかは分からなかったが、一発蹴れば何かが分かるだろう。と思って蹴ってみたんだが……。
「案外脆いな」
「天井からパラパラと小石が落ちてきましたわよ……ってなんですの!? この禍々しい魔力は」
「……これ、視界が歪むの俺だけか?」
崩れ落ちる壁の向こうには、椅子が一つ置かれた隠し部屋。だがそこを見渡せば、視界がみるみる歪み足元がおぼつかなくなる。
「魔法を使わない人からしたら、この濃さは危険ですわね。原因の解明は後日でもできますわ、一旦退散しますわよ」
『二人とも、無理しないでね』
俺たちの背後に姉貴が魔法陣を展開させる。後ろに倒れ込むように魔法陣に飛び込むと、そんな俺を護るように桃谷も倒れ込むように飛び込み俺に寄り添って自宅へと戻る。
「リアムちゃん……萌香……ちゃん……おかえり……」
「師匠ありがとうございます、消費した体力大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫……」
息を切らす姉貴に「ワタクシが上級の魔法を使えれば体力も回復出来ますのに……」と言いながら桃谷は水を差し出している。
「それ言うなら、姉貴が黒魔法を極めれば体力消費は減るだろ」
「リアムちゃんスパルタだぁこわぁい」
「そんなこと言うならもう模擬戦付き合わないからな」
「冗談だって許して〜!」
姉貴が思いついた時に開催される模擬戦形式での戦闘訓練。互いの特技を活かすための訓練のはずが俺は素手で戦わされている。おかげでフィジカルや機敏性は身についたが、要するに黒魔法の実験体だ。
「師匠、ワタクシも模擬戦付き合いますわよ」
「危ないからダメだよ。リアムちゃんじゃないと死んじゃうから」
「悪いことは言わない、ガチでやめとけ」
何をしているのか、興味津々な桃谷は見学したいと言ったが、見学すら危険なので安全性が確保できる施設を作るまで待つように姉貴が言った。
「そんなことより、あれなんだったわけ?」
「あの魔力量は異常でしたわ」
「私はその場にいなかったから分からないけど、きっと高位魔法を使った人がいるんじゃないかな?」
魔法は、周囲に溢れる魔力と自分の中に流れる魔力を融合させて発動させる。そして発動後、外に出た体内の魔力は周囲に同化し、漂う魔力量が膨大になるらしい。だが大抵の魔法では非魔法者も感じるほどの魔力の濃さになることはない。
「確かに、それなら納得がいきますね」
姉貴と桃谷の魔法組は、魔力の仕組み的に納得している。が、俺とスチュアートはどうしても納得できない点があった。
「スチュアートも疑問に思ってるんだろ?」
「ええ、なぜその人物は狭い部屋で高位魔法を使用したのか。それがどうしても理解できません」
高位魔法を使用したのは分かっても、理由が分からない。
なんのために? 部屋は破壊されていなかったし、攻撃系の魔法ではないはず。だとしたら転移系か? だが魔力が揺れ動くほどの高位な転移魔法なんてあるのか?
「もしかしたらリアムちゃんたちに気付いて逃げたんじゃない?」
「高位の転移魔法なんてあるのか?」
「どうだろね。詳しいことは分からないけど、なにか嫌な予感がすることは確実だね」
「警戒しておく必要がありますわね」
桃谷が言う通り、警戒を怠る気はない。明日も確認しに行くべきだな。
「――桃谷様、レアルタとファンシルの境界付近でマゾックが現れました。ですがまだ他の皆様は到着しておりません」
「スチュアートさんありがとうございます。ワタクシが行きますわ!」
「俺が連れてく」
姉貴は疲労している。だったら今移動手段は俺のバイクだけだろう。スチュアートや使用人が連れて行ってもいいが、俺が動けるならそうしたほうが早い。
「今までのマゾックとは少し違うようです。街の破壊を積極的に行い、凶暴なようです。お気をつけください」
「だってよ桃谷」
「上等ですわ、絶対倒して見せますの」
意気込む桃谷は、先に外へと出ていく。
「リアムちゃん、グラムを送るくらいの余裕はあるからね」
「別に必要ないだろ」
姉貴はグラムを手に取ると、グッとサムズアップしてみせる。
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