18撃 いい女。よぉん

 ***


   

 バイクの後ろに桃谷を乗せて、ファンシルの遺跡跡を走ること十分程度。

 道中でカイブツを見つけれていれば適当に数匹倒して帰ろうかと思ったが、そう上手く物事が運ぶことはまず無いようだ。


「多分遺跡の中には居ると思うから入るぞ」


 道中では一匹たりとも出会わず、大きな遺跡にたどり着いていた。


「崩れたりしませんの……?」


 半壊……いや、ほぼ全壊の遺跡の中へ続く階段の前でたじろぐ桃谷。


「崩れたら姉貴が黒術でなんとかしてくれるだろ」

「他力本願はダメですわよ? でも師匠、万が一の時は助けてくださいましお願いします!」


 厳格な師匠ムーブをしたい姉貴は、あえて会話に参加せず水晶を見ているだけと言っていたので、俺たちは姉貴の返答を待たずに階段を下がっていく。


「下に潜っているはずなのに明るいですわね、なぜですの?」

「さぁ? 明るい方が視界がいいからじゃないか?」

「そういうものですの?」


 ファンシルではありとあらゆるレアルタの常識なんて通用しない。常にそういうもの、と思い込んで気楽に過ごすのがファンシルの暮らし方だ。


「周りよく見とけよ、カイブツ潜んでるから。ほらそことか」

「え!?」


 壁面の窪みに、小さなネズミのようなカイブツが息を潜めている。


「あれくらいなら一人で大丈夫か?」

「ええ、師匠直伝の”空撃”がありますわ」


 小さなカイブツに、至近距離で杖を構える。


「ボン!!」


 冗談じみた二文字は、姉貴直伝の詠唱らしい。

 その詠唱で飛び出すのは初級魔法。と言っても姉貴が桃谷のために考えたオリジナル。自分の声量に比例して威力の増す空砲。

 そんな空砲は、それなりの威力でカイブツをピンポイントで襲う。


「あら、壁も傷付けてしまいましたわ」


 ピギュっと小さく囁く怪物の断末魔は、体が壁にめり込む生々しい音と共に生命の終わりを伝えた。


「よし、今日はここまで。戻るぞ」

「まだ一匹しか倒していませんわよ?」

「五匹倒す頃には遺跡潰れるぞ」


 あの威力をあと数回、壁や天井に加えられれば確実に倒壊するだろう。おそらく姉貴は助けてくれるが、避けられる事態は避けるべきだ。そんな俺の判断力も、もしかしたら試されているのかもしれない。


「もう少し、もう少し自分の力を試したいですの」

「マゾック相手に試してくれ、聖たちに一緒に戦うよう言われてるんだろ?」

「ええ、岸田さんにお誘いいただきましたわ。でも、リアムさんは共に戦いませんのね」


 渋々俺について遺跡を出る桃谷は、不思議そうに訪ねてくる。


「お強いのに、なぜ?」

「深く関わりたくないだけだ。めんどくさいしな」

「そうですの……でもワタクシが思うに、リアムさんは人と関わるのは嫌いじゃありませんわよね? それに、嘘が下手ですわよ?」

「……」


 含みのある笑顔で、俺を見透かすように言う桃谷。

 なにか反論でもすれば、それを上回る言葉で言いくるめられてボロが出そうで、俺は訂正や虚偽で話題を広げることを避けた。


   

 ***


   

「おかえり! リアムちゃんナイス判断! あと二撃であそこ壊れてたよ」

「判断を誤らずに助かったわ」

「リアムちゃんと萌香ちゃんのやり取り可愛くて癒されたぁ」


 厳格な師匠ムーブはどうした姉貴。


「助かりましたけれど、もう少し動きたかったですわ」

「桃谷様。物足りないのでしたら、レアルタへ戻ることをお勧めします」


 闘志溢れる桃谷に提言するスチュアート。そんなスチュアートはどこからともなく現れ、レアルタで暴れるマゾックを映す。


「行きますわ!」

「もうみんな集まってるみたいだね。萌香ちゃん、飛び込んで!」

「はい! 師匠!」


 姉貴は床に黒魔法を展開し、大きく描かれた魔法陣に飛び込むよう桃谷に指示を出す。自分の消耗より、レアルタの安全を優先したようだ。


『岸田さん、皆さん。お待たせいたしました』

『どこから現れたの!?』

『企業秘密ですわよ』


 目の前に突如現れる桃谷に驚く面々だが、目の前のマゾックに意識を再集中させる。


『コッスッス! 麗しい女性が増えたコス! オイラ女性がだぁいすきコス! さぁそこの女性二人、このコスメマゾックのものになれコース!』


 聖と桃谷を交互に見るマゾックの頭部は口紅の形をしていて、ヒクヒクと先端を伸ばしては縮めてを繰り返している。


「リアムちゃんあれなんか卑猥じゃない?」

「深く考えるな、所詮カイブツのすることだ。見て見ぬ振りでいい」


 少し疲れ気味な姉貴は、モニターに映るマゾックを軽蔑の眼差しで見ている。確かにこれは俺も酷いと思う。


『リップビーム!!』

『……っ! ふざけた見た目なのに強い!?』


 先端を高速で出し入れして熱エネルギーを溜め、それを光線として放つコスメマゾックの攻撃は、確かに厄介なものだった。


『女性二人の護衛は、大きな斧を持っただけのゴミとそもそも変身のできないカス。お前らに勝ち目はないコス!』

『痛いとこついてくるじゃん、でも上等! 俺は援護メインだし!』

『弓使い、ある程度距離保っとけよぉ?』


 言うとジンは大きく斧を振って、光線を断ち切る。


『でないと自由に暴れらんなぁい』

『コスゥ……光線を防ぐとはなかなか……だが! 一芸だけで粋がるなコスよ!』


 光線を無闇に撃ち、それを全てジンが防いだ瞬間。一瞬の隙が生まれる。


『喰らうコス! トナースプラッシュ!』

『目潰しぃ!?』


 腰に装備したボトルを人に投げつけ、短い光線でそれを爆発させる。

 飛び出る液体はジンに飛びかかり、数秒判断を遅らせる。ジンに邪魔されずグエンを仕留めるには十分の妨害だ。


『げっ! 俺っちやば――』

『なっさけないわねぇん。タマ、付いてんのかしらぁん? アンタ』


 ねっとりとまとわりつくようなくどい声が響くと同時に、グエンの前に細長い槍が飛んでくる。

 勢いよくアスファルトに突き刺さる槍は、火花を散らし甲高い音を奏でていた。


『だ、誰コス!?』

『いい女。よぉん』


 そのいい女とやらは、たぎる筋肉を装備した腕を見せつけるようなノースリーブのジャケットを纏っていた。

 下半身の筋肉も、ピチッとしたスキニーで主張が激しい。そして、股間部分も主張している。

 こいつ付いてんだろタマ。


『お、お前……』

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