14撃 キラキラ王子様

 ***


   

 休日。レアルタの、そこそこ大きなショッピング街。

 数々のショップがある中、俺は姉貴の好きそうな何かを探すために歩いていた。姉貴の機嫌を取るためだ。

 昨日、バイクの初乗りがどうたら。なんて拗ねていたから、それを上書きできるほどのサプライズを用意すれば機嫌が取れるはずだ。どうせ監視されてるからサプライズじゃなくなるんだろうけど。


「店多すぎだろ……」


 正直姉貴の好みなんて分かりやしない。厨二心くすぐる黒っぽい何かでいいんだろうか? 何を渡しても大袈裟に喜ぶから、心の底から好きなものを知らない。

 何がいいか、そんなことを考えながら歩いていると俺の前に影大きなが迫る。


「――っ! すみませ……」


 どうやら人にぶつかった。だが、声からは女性に感じる。

 影から推測するに、俺より大きな人だ。相手の体は微動だにしなかったが、俺の体幹は軽くブレる。鍛えている俺の体幹が軽く揺らされたのは、割とショックだ。


「王子様……?」


 恐る恐る放たれたであろう言葉が俺の耳に届く。


「……?」

「やっと会えましたわ! あなた、ワタクシの王子様ですのね!?」


 目の前で目を輝かせているのは、長身の女。出るところは出ていて、それでいて凹むところは凹んでいる。という表現が似合うこの女は、桃色の髪をカールさせている。


「いや、ちが……」

「いいえ、あなたは絶対ワタクシの王子様ですわ!」


 長身の女は、体幹を崩してよろめく俺の前で中腰になって手を取る。

 こんな惨めな王子様がいたら世の夢見る少女は度肝を抜かれるだろう。


「ショッピング中に出逢うとは思っていませんでしたわ。何かキョロキョロしていましたけれど、探し物ですか?」

「姉貴のご機嫌取りに何か買おうと思っただけなんで。急いでるんで、それじゃ――」


 絡まれる、そう感じたらまず逃げろ。対策はその後だ。


「待ってくださいまし、王子様!」

「……」


 引き止めるために掴まれた俺の腕は、ピクリとすら動かない。


「お姉様、と言うことは女性ですわよね? ならば同性のワタクシがお力になれますわよ!」

「いや、まぁ。お願いしゃす……」


 姉貴とこのメルヘン乙女は趣味が違いそうだが、この女が身に纏うもの全てが高そうで、金銭感覚は貴族の娘である姉貴と等しいものだと思った。


「じいや、王子様を見つけましたの。迎えはもう少し後でいいですわよ」


 俺を捕らえている手とは反対の手で、スマホを操作する長身女は、こちらを向いてニコッと微笑む。


「ワタクシ、桃谷萌香(ももたにもえか)と申しますの。あなたのお名前は?」

「サリバン・リアム」

「まぁ、素敵なお名前ですわね」


 本心ではないであろう言葉をいいながら、桃谷はおすすめのショップを何軒かピックアップしてした教えてくれた。

 嬉しそうに回る桃谷を見ていると、俺より体感が強いとは思えないほど可愛らしさがあった。


「お姉様、きっと喜んでくれますわね」

「おかげさまで良さげなのが買えた」


 行く店舗ごとに最低でも一つ。ピンと来たものを買い続け、今では両手一杯にショッパーをぶら下げている。

 桃谷は桃谷で、各ショップで服や小物を買っては郵送の手続きをしていた。これがお嬢様という生き物か。


「まだ見て回りますか?」

「もう十分、ありがとな」

「そうですか、楽しいショッピングでしたわ」


 名残惜しさを滲ませるように潤んだ瞳でそんなことを言う桃谷は、恐る恐るスマホをポーチから取り出す。


「リアムさん。よ、よろしければその……連絡先を――」


 連絡先の交換。おそらくその申し出を桃谷が言葉を最後まで言う前に、先にスマホを出そうとした時。


「カーップップップ! ここは上質な品物が目白押しカプ!」


 周辺のテナントやキッチンカー。外壁などを、投げ飛ばすカプセルの中にドンドン入れていく。周りにいる客は、急足で逃げ惑う。


「な、なんですの!?」

「厄介だな……」


 当然のように平和を破壊しながら姿を現すのは、ゴツゴツとした見た目のマゾック。

 投げ飛ばしていたカプセルを拾い上げると、ハンドルのついたカプセルトイ型の自身の頭の上部を開けて収納する。


「カプー? 逃げ遅れた人間がいるカプ! このカプセルマゾックの餌食になるカプ!」

「桃谷、逃げろ」

「リアムさんは!?」

「あとで合流するから行け」


 この場にいるのはマゾックと桃谷。桃谷さえいなければ、姉貴の黒魔法でグラムが届くし、荷物で塞がった手が解放される。


「逃がさないカプ! 最初の警告を兼ねた攻撃で逃げ遅れた人間には容赦しないカプ!」

「あれ派手な演出じゃなくて警告だったんだ」


 マゾックが投げる大きめのカプセルは、綺麗なカーブを描き桃谷の方へ飛んでいく。

 背に腹はかえられないか。


「姉貴、グラム」

『はーい、プレゼントありがとねー!』


 床から黒魔法でグラムが現れ、代わりに姉貴へのプレゼントを投げ入れる。


「ちょっとしゃがめ桃谷」


 グラムを振りかざし、カプセルを斬る。それには少し桃谷の頭が邪魔になる。

 桃谷がしゃがむことで頭上にスペースが空く。俺はそのスペースを通過するようにグラムを振り、カプセルに剣先を当てる。


「無駄カプ! 狙いを定めたもの、そしてマジックカプセルに触れたもの。全て異空間へ封印カプ!」

「初見殺しかよ……!」


 カプセルが目の前で大きくなり、俺たちを喰らうようにカプセルが開く――


「――っらぁ!」


 カプセに喰われ、数分が経った。グラムで内部からカプセルを壊そうと考えたが、今立たされている場所に壁なんて概念はない。


「クソ……比喩かと思ったらガチで異空間かよ」


 なすすべなく、暗闇の中ただ俺はグラムを振り続ける。どこに当たるわけでもなく、ただ空を斬る。


「ここは……どこですの?」

「目が覚めたか桃谷、なんとかするから離れて待ってろ。危ないから」

「危機からワタクシを救ってくださる、本当に王子様ですのね!」

「ではないのよ。あ、これ今のうちに渡しとく。買い物付き合ってくれてありがとな」


 桃谷イチオシのショップで買った、新作の札が立てられていたネックレス。受けた恩は返すのがサリバン家の流儀。


「いらなかったら捨てていい。とりあえずここから出るぞ」

「捨てないですわ! 大事にさせていただきます!」

「そうか……いったん下がってろ。危ねぇから」


 遠くへ行けと言いたいところだが、離れすぎたら奇襲された際に対応できない。しかも、この何もない空間がどこまで続いているか分からない。


「カープップ! もがけ苦しめカプ! この空間を支配する、ミニカプセルマゾックを倒さない限り、お前たちはここから出ることは出来ないカプ!」

「なんかそっちの方がカプセルマゾックって名前がしっくりくるな」


 カプセルトイ型の本体が創り出す異空間を支配するのは、丸型のカプセル顔。どう考えてもこっちの方がカプセルっぽい。


「こっちがメインだから当然カプ! さぁ出られない恐怖を実感するがいいカプ!」

「そうか」


 グラムを握り直し、瞬発力を活かして懐に潜り込む。


「カプ!?」


 俺の斬撃を軽く腕で弾くマゾックは、距離を取り俺を警戒する。


「今の反応出来んのかよ……」


 今いる異空間は薄暗く、足元も不確かで大胆には動けない。

 だがこれは確実に好機だ。倒すべき対象が目の前に現れたんだから、あとは倒すだけ。

 背後の桃谷を護ることに意識を集中させ、目の前のマゾックに剣先を向ける。


「カッププ! その女がよほど大事らしいカプ!」

「まぁ! 王子様の中でワタクシの存在がそこまでのものになってたんですのね! 嬉しいですわ!」

「大人しくしてろ桃谷」

「イチャイチャするなカプ!」


 言うと、マゾックはカプセルを豪速で投げ飛ばす。狙われたのは、俺の奥にいる桃谷。俺の頬を通過時、剣先はマゾックに向けられている。

 剣で弾こうにも、今から振り戻すには間に合いそうにない。

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