12撃 初乗りはお姉ちゃんが良かったです!

 ***


   

 トレジャー学院周辺。聖を送って、今はその帰り。そこで姉貴の声が聞こえる。


『初乗りはお姉ちゃんが良かったです!』

「……」


 姉貴は黒魔法を介して俺に話しかけている。


『ジンほんと相変わらず気の回し方がわたしの嫌がらせにしかならない!』


 姉貴は昔からジンに苦手意識がある。なぜなら、ジンの行動はなぜか姉貴にとって不都合な事態になることが多いかららしい。


「とりあえず不平不満は家帰ってから聞くわ」


 姉貴の黒魔法はとりあえず無視して、エンジンを吹かす。

 スマホに聖からお礼のメッセージが届くがこれも後回しでいい。


「前のより若干フラつきが少ないか? それに心なしか走りやすい」


 排気音も前と違い静かだ。バイク乗りは揃って排気音は大きな方を好むらしいが、俺は違う。

 静かな方が俺好み。いいカスタムだ、ジン。

 バイクの知識はないが、俺なりの率直な感性でニューマシンを分析しながら、気付けば敷地内に帰還していた。


「おかえりなさいませ」

「ただいま、これ頼む」


 出迎えてくれる使用人にバイクを預けて俺は、自宅へと入る。いつもはスチュアートが玄関前でスタンバイしているのだが、今日は違った。


「みっちり話聞いてもらうからね!」


 腰に手を当て、ぷりぷりと怒っているような様子で仁王立ちする姉貴がいる。


 スチュアートは申し訳なさそうな顔で姉貴の後ろに身を潜めていた。


「げ……」


 踵を返そうと身を動かした途端に俺は危機感を覚え、その瞬間にガクンと衝撃を感じた。


「逃げちゃだーめ」


 グエッ!

 首根っこを掴まれて、姉貴の部屋へと誘拐される。靴すらまだ脱いでいないのに、強引すぎる。


「待って靴脱がせて……!」


 引っ張られながらも靴を脱ぐ俺の耳に、リビングからの警告音が飛び込む。


「出た」

「タイミング最悪!」

「坊っちゃん、本日はグエンさんが一番に到着されました」


 姉貴が俺をリビングに引っ張っていくと、スチュアートがモニターを眺めていた。


「近距離戦苦手なんじゃないか?」


 モニターに映されるのは、距離を保ち弓で矢を放つグエンの姿ではなく、弓でマゾックを強打する姿だった。


「弓使いが必ずしも近距離が出来ない。という固定概念はケガをいたしますよ、このマゾックのように」

「割と優勢だなグエン」


 液晶に顔が映るマゾックの猛攻を交わし、弓で液晶を殴打し続ける。


『テレレレ……弓使いのくせに、なかなかやるテレ……! この液晶テレビマゾックを追い込むとは……』

『余裕っしょ、ただの雑魚が強者ムーブすんなし』

『地デジ送りにしてやるテレ!』


 グエンの前でピカッと発光する液晶テレビマゾック。


「なんだ? 急に明るくなったぞ」

「発光してグエンさんの視界を妨害しているのでは?」

「待って、その本人消えてない?」


 姉貴がモニターを指差すと、確かにマゾックの前にいたグエンが消えていた。殴り飛ばされたか?


『おわっ! なんここ! 俺っちどうなった!?』


 声だけは聞こえる。だが少し音質が悪い気がする。


『テレレレレ! もうお前はおいらの中に囚われたテレ!』

『くっそ! 出せ!』


 嘘だろ? 何が起きたんだあれ。

 先程までマゾックの顔が映っていた液晶には、グエンが映されていた。どういう原理かは分からないが、捕えられている場所から逃げ出そうとして、グエンは内側から殴打する。だがびくともする気配がない。


『テレレレ! 効かん効かん! おいらの中は別次元、内側からの脱出は不可能! そして戦える者はお前のみ。詰みテレ!』

『――それはぁ判断がはやいんじゃなぁい?』


 カメラの視覚から斬撃が飛ぶのが見えた。それに今の声……。


『テレ!? 誰テレ!?』

『凡庸なディーラーでぇす』

『グエンお待たせ……って、え!? ジンさん?』


 満を持して颯爽と現れる聖の前に広がる景色は、液晶が半壊したマゾックと、力尽きるグエンと、大きな斧を持つジンの姿。それに明らかに驚いている聖を、俺たちはモニター越しに見ている。


『あれぇ先輩ちゃぁん。先輩ちゃんも急に武器飛んできた感じぃ? 驚いたよねぇ』

『は、はい……』

『なぁんかよく分かんないけどぉ、へーんしぃん』


 気だるげに言うジンは、聖の変身した姿の青色バージョンの全身スーツに身を包む。


『え、ジンさんも変身できるの!?』

『ノリでぇ』

『ノリって……。いや、今は考えてる場合じゃないや、変身! さぁ、正義を燃やそう!』


 色々ツッコミたいところはあるようだが、今はマゾック退治を優先するべき。その考えは聖も同じらしい。


「ジン、あいつもアヴァンチェンジャーを……?」

「とうとうリアムちゃんにとっても嫌がらせを! リアムちゃんの需要がほんと無くなっちゃうじゃん!」


 なぜかジンの登場に激昂する姉貴は置いといて、俺は密かにジンの戦闘スタイルに興味があった。やる気を一切感じさせないあの男は、あの大きな斧をどう使って戦うのか。これは実に興味深い。


『先輩ちゃぁん、サポートするよぉ』


 斧を大きく振りかぶり、護るべき街を真っ先に破壊した。

 斧はアスファルトを激しく揺らし、ジワジワと広がる亀裂はマゾックの足元を崩す。


『戦闘が派手すぎますよ!?』


 同時に聖も足元が不安定になるが、それをもろともせず飛び上がる。そしてそのままマゾックに斬撃を与え、アスファルトに亀裂が入っていない安全圏に着地する。


 よろめくマゾックを斬撃で追撃する聖は、ヒビ割れたアスファルトからマゾックを追いやっていく。自分も戦いやすい場所で決着をつける気なんだろう。


『……黄色い弓のお前、なぁんでカイブツに挑んでんのぉ? 弱いんだから逃げてなよぉ』

『は? 初対面でなんだよ』


 低音の声を響かせグエンを威嚇するジンは、捕らえているマゾックに向けてシッシッと手を払うジャスチャーでグエンを挑発している。


 妙に圧を感じるジンに怯えたのか、なぜかマゾックは捕らえているグエンを解放して一目散にジンから離れていった。


『俺っちまだ本気出してないだけだし……俺っちも変身出来てたら、あんなのに遅れを取るわけないっしょ』

『タラレバで物事を語るうちは一生無理でぇす。はやく逃げなよぉ』


 マゾックから解放されたグエンは、疲弊しながらも立ちあがろうとする。だが、生身のグエンの許容を超えた負荷だったんだろう、その場で気を失った。


『マゾックは離れた場所に行ってるし、まぁ逃げなくてもいっかぁ……先輩ちゃぁん今援護しにいくねぇ』

『テレ……! 全身スーツを纏うだけでここまで人間は強くなるテレか!?』

『人は志次第で強くなれる! さぁ、正義を燃やそう!』


 詰め寄るジンと共に波状攻撃を仕掛ける聖。交互に剣と斧で斬りつけられ気圧されるマゾックは、太刀打ちできずに後ずさっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る