11撃 法についても勉強するべきだ

 ***


   

 トレジャー学院の生徒として生活する日々が続き、二週間ほど経とうとしていた。

 十五時まで学生業に集中し、その後はファンシルのカイブツを退治しながらマオウ軍の本拠地の捜査をしていた。その間もレアルタにはマゾックが出没していたが、聖たちに全てを委ねていた。


「姉貴の黒魔法でも見つけられないなんてな」

「ほんとだよね、驚きだよ」


 洞窟に潜る俺の隣を、今日は珍しく姉貴が歩いている。いつもは引きこもりストーキングするのだが、どうやら今日は欲しい素材があったらしい。


「姉貴、欲しい素材は集まったのか?」

「うん、もう帰ろう!疲れた」

「俺はもうちょい探索したいんだけど、いいか?」

「えー、やだ。今移動手段ないし、暗くなったら帰り道怖いじゃん。暗い中を乙女に歩かせるのは紳士として失格だからね?」


 以前大破した俺のバイク。そのせいで今は移動手段が徒歩しかない。姉貴はロング丈のスカートにヒールを履いているし、確かに歩くのには適していない。そもそも歩き回るのが分かっていたのにこの格好はどうなんだ? なんて言えば怒られるから言わない。


「仕方ないだろ、バイクの納車は明日なんだから」

「明日に来ればよかった」

「なんで今日来たんだよ」

「リアムちゃん疲れてそうだったから、癒し要員必要かなって」


 冗談のようなことを平然と真顔で言うのが俺の姉貴、サリバン・ローズ。さも当然のように俺の癒しは自分だと勘違いしているハッピーな思考の持ち主だ。


「そうだな、癒しのお姉様にしんどい思いはさせれないな」

「しゅき」


 これ以上ごねられたら面倒だし、俺は大人しく姉貴に従うのが正しい選択だと知っている。

 姉貴を背に乗せ、洞窟の出口へと向かって歩く。自宅が見える頃には、姉貴はぐっすり夢の中だった。


「おかえりなさいませ坊ちゃん。おや、ローズ様はご就寝ですか」

「黒魔法乱発してたから疲れたんだろ、これ姉貴の研究室に置いといてくれるか?」


 素材が詰まった革製の巾着袋。それなりに重いそれをスチュアートに渡して俺は、起きる気配のない姉貴を部屋に運び込んだ。


 そして迎える翌日。学校帰りに俺はレアルタにあるバイク屋に訪ねる。

 大きな店ではなく、個人経営のこじんまりとした、錆びれたという表現が似合う店舗。


「雰囲気のある店だねー、速いバイクいっぱいありそう!」


 店の前で俺は立ち止まっている。なぜなら聖が俺の隣にいるからだ。


「付いてきた理由は?」

「暇つぶしかな」


 さも居て当然のような口ぶりの聖。


「俺納車しに来ただけなんだけど」

「リアムくんがどんなのに乗るか気になるなぁ」

「別に、普通の黒い中型だ」


 俺は別にバイクに対して情熱があるわけじゃない。メーカーやモデルなんて知らないし、乗れればいいと思っている。いわゆる交通手段としての買い物だ。


「色々あるじゃん? さ、中に入ろうよ」

「ここまでついてきて突き返すのもあれだもんな……」

「そうそう、一緒に暇つぶそうよ」


 俺を暇人扱いするな。


「……よう、りぃちゃん。なぁんだ今日は彼女連れかよぉ」

「ちげぇよジン。先輩だわ」

「は、はじめまして……」


 明るく誰とでも気さくに話せそうな聖が、目の前に立つ男――ジントニア・ブラッドに萎縮している。


「先輩ちゃぁん、よっろしくねぇ」

「あ、ははは……」


 だらけきった口調で、実に生気を感じさせないこの男は、ワンポイント青が取り入れられた銀髪をくくりながら一台のバイクへ近付く。


「りぃちゃぁん、バイクもちっといじっていー? おねがぁい今後の整備代とか安くするからぁ」


 どうやらまだ細部の調整をこだわりたいらしい。ディーラーのプライドというやつだろうか。

 俺は得するし特に困ることもない。


「あぁ、構わない」

「やりぃ。十五分ちょーだいねぇ」


 百九十センチほどの身体で喜びを表すジンは、鼻歌まじりに工具をいじり始めた。


「聖、奥行くぞ。多分三十分はかかるぞ」

「う、うん」


 店の奥にはジンがサボるための休憩室が用意されている。そこでは十分に暇が潰せるし、店内にいても他の客が来た時に邪魔になる。まぁ来ないだろうけど。


「リアムくん、あの人知り合い?」

「ああ、ちょっとした顔馴染み。ボロい店だけど、いいところだぜ」


 ジンは俺が幼い頃に、よく家に飯を食いに来ていた謎の多い男だ。色々と博識だが、気力がない。それしか知らない。よく俺と一緒にスチュアートに稽古を付けてもらっていたついでに、俺の面倒も見てくれた。だから決して悪いやつでは無い気がする。その分喧嘩も多かったが。


「でも珍しいよね、ファンシルの人がレアルタで仕事してるの」

「趣味を追うやつだからな。損得なんて考える気すらないんだと思う」


 聖が言うように、ジンは珍しい例だと思う。

 ファンシルの人間はファンシルで、レアルタの人間はレアルタで働く。そんな暗黙のルールがある。

 なぜなら、レアルタではファンシルの人間は警戒され、ファンシルではレアルタの人間が警戒され、利益を出すには向かない。


「立派な人だね。無気力そうな人なのに」

「立派……と言えばそうなのかもな。ただの変人だと思うけど」


 俺もあまりジンについては知らない。だから立派な人、というのに強く否定はできない。肯定したくないんだけどな。


「そういえばリアムくん、学校生活なれた?」

「もしかしてそれ聞くためについて来たのかよ」


 入学初日から、やたらと俺に絡んでくる。それも新入りを気遣うこいつなりの行動だったのか?


「正解! なんかやけにリアムくんはほっとけないんだよね。すぐに壊れちゃいそうなおもちゃみたい」

「誰がおもちゃだ、てか俺だけかよ」

「うん、新しく来たばかりだし不安かなって心配もあるしね」


 晴人、お前忘れられてるぞ。


「あんまり絡まれるのは不本意だ、クラスで質問攻めにされるんだ。生徒会長とどういう関係かってな」

「あぁ〜思春期真っ只中の男の子には、その手の揶揄いは辛いかぁ……」

「別に俺はどうでもいい。生徒会長なんて人気商売みたいなもんだろ。いいのかよ、変な噂流れて」


 学院にいて二週間、生徒会長岸田聖の話題を聞かなかった日はない。

 人徳があるだとか、美人だとか、振る舞いに色気があるだとか。聞く話の大半が女として見ている褒め言葉だった。生徒会長岸田聖の評価は、女子生徒岸田聖として確立した物の上に建てられたハリボテでしかないんだと俺は確信した。


「別にいいよ。生徒会長じゃなくなっても、学校の風紀は正せるしね」

「なんだ、トップに立って優越感に浸るエゴイストだと思ってた」

「酷くない!? え、私ってそんな風に見えてたの?」


 冗談だ。他人のために自分を犠牲に出来る偽善者でバカだろ、お前は。見ず知らずの幼い子のためにマゾックに挑んだ聖の姿は、きっとしばらくは脳裏に焼き付いてると思う。


 本人にそんなことを言えば、俺が見てたことバレるから決して言えないけどな。


「あ、そろそろ出来る頃か」

「分かりやすいシカト!」


 十五分はとうに過ぎ、三十分を迎えようとしていた時。


「でぇきたよん」

「うわ、顔真っ黒ですよ!?」

「愛ゆえだよぉ」


 凶器を片手に手拭いで頬を拭うジンは、休憩室に俺を呼びに来た。あ、あれモンキーレンチか。警棒ほどのサイズの工具をジンが持つと、もはや凶器にしか見えない。


「おつかれ、バイクどんな感じ?」

「やばぁいスペックにしといたよぉ。説明はー?」

「いらない」

「言うと思ったぁ」


 ジンから投げ渡される鍵を受け取り、休憩室を後にする。


「え、説明聞かなくていいの!?」

「うん」

「りぃちゃんはマシンの性能度外視で、乗れればいい人だからねぇ……これでいいんだよぉ」


 バイクなんてのは、鍵さしてエンジンかければノリで走れる。って言ったらバイク乗りに総攻撃されそうで怖いが俺は今までこのスタイルでやってきた。今更バイクに目覚めるつもりはない。


「頼まれてたメットとグローブはバイクの近くに置いてるぅ。オマケもねぇ」

「さんきゅ」


 すぐに乗れるよう、オーダーしに来た時に壊れた俺のヘルメットとグローブをジンに追加注文して用意してもらっていた。ガソリンも満タンにするように頼んでいるし、早速これでファンシルを走るとするか。


「……そういうことかよクソディーラー」


 オマケ。それは付箋の貼られた赤のヘルメットのことだろう。

 付箋にはこう書かれている。


「ちゃんと先輩ちゃんのこと送ってあげなよ。だってさ、よろしくね」


 殴り書きの文字を読み上げる聖は、ニコッと笑ってすでにヘルメットを装着している。


「家どこ」


 スマホでナビアプリを開き、聖に渡す。


「ねぇリアムくん、一つ聞きたいんだけど。まだ十九歳じゃないよね?」

「違うぞ。ここか、学院と近いんだな」

「ダメじゃん! 中型は十九歳からでしょ!?」


 スマホをホルダーにセットする俺の横で、聖が何か言っている。


「それはレアルタの法律だろ? ファンシルではそんなの関係ないぞ」

「え、そうなの?」

「ダメだな生徒会長。ちゃんとファンシルの法についても勉強するべきだ」


 あれ? これブーメランな気がする。

 二週間ほど前にレアルタの政治について学べと言われた俺が言えたことじゃなかった。

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