9撃 お肉アーン

「なぁ、この学院なんかゆるくないか? 授業受けてなくてもお咎めなしだし」


 授業中にジュースやお菓子片手に談笑していてもなにも注意されないなんて、教育機関としてどうなんだ?


「自由が売りだからね。自由主義ってやつ」

「程があるだろ」


 どうやらここは、テストの成績と決闘の成績で進級が決まるようだ。

 色々と自由なこの学院では、飯の時間も自由だから、昼前に自由に食事をしたりする応用ができる。


「がら空きだな」

「まだ昼休みじゃないし、時間を遅くにずらす人の方が多いからね」

「この学院のノリについて行けるかが不安になってきたわ……」


 遠赤外線で焼く肉を乗せた網を二人で突きながら、この学院の奔放さに呆れた。学食の焼肉定食が、焼いて出てくるタイプではなく、まさか網で焼くタイプだとは思わなかった。

 窓際に十五席程用意された焼肉定食専用のテーブルは、昼休みには取り合いになる人気の場所らしい。ちなみに鍋料理用にIHが埋め込まれたテーブルは十席あるそうだ。ここの学食、何を目指してるんだよ。


「あ、そのお肉まだ赤いよ」

「そんなに焼くと硬くなるぞ」

「歯応えがある方が満腹感あるよ?」


 トングで肉を押さえつける聖は、最高の焼き加減を体験させると息巻いている。


「あ、そういえばさ。昨日大丈夫だった? 街で変なカイブツ出たんだけど、遭遇しなかった?」

「カイブツ? 知らないな。もしかしてその怪我、そいつにやられたのか?」

「う、ううん!? ううん!? 全然全然! 知らないよ知らない!」


 ……。嘘下手すぎか?

 今の質問は、微かに俺の火傷について探りを入れてきたんだと思ったのだが、どうやら違うのかも知れない。


「そう、安心した」

「優しいんだね」

「特に言うことなかっただけ」


 実際堂々と放たれた嘘にどう反応していいかは分からない。


「言うことなくても安心したって言葉に出せるのは優しい証拠だよ。はい、お肉」


 トングで掴まれた肉を聖は、俺が手に持つ茶碗の上に乗せてくれる。


「……硬い」

「強靭な顎になれるよ?」


 別になりたくないんだが?

 硬く、まるでジャーキーのような歯応えの肉をおかずに白ごはんを口へ運ぶ。目の前では聖も満面の笑みで頬張っていた。幸せそうに食べている。


「ねぇリアムくん」

「なに」


 口に頬張っている米のせいで聞き取れないが、聖は複雑な顔をしている。


「お友達、負けたってさ」

「だろうな」


 言ってスマホの画面を見せる。そこにはグエンとのチャットが映っていた。

 内容は、勝った報告と床にひれ伏す晴人の写真だった。そしてもう一つ分かったことは、グエンはことごとく聖に嫌われていると言うことだ。


「友達追加してないんだな」

「友達じゃないからね」


 人望と正義感の溢れる熱い生徒会長かと思っていたが、案外黒い面もありそうだ。


   

 ***


   

 夕暮れ時、そんな時間にようやく学校案内をする聖から解放された。

 長すぎる学校案内のせいで、授業なんてものを受ける時間はなかった。


「リアム、おつかれさん」

「なんだ、生きてたのか」

「勝手に殺すな!?」


 夕日にぼんやりと視線を送って、その日の終わりを実感していると、傷だらけの晴人が俺の肩に手を置いて引き留めてきた。


「あいつめっちゃ強かったで、全力で土下座してきた」

「どや顔で言うことか?」


 随分手ひどくやられたようだが、当の本人は一切気にしていない。なんだこの楽観的な生き物は。


「てかごめんな。せっかく待っててくれたみたいやけど、俺今日用事あんねん。ほなまた!」


 なにを勘違いしているのか、晴人は見当違いなことをいいながら全速力で下校していった。


「俺も帰ろ」


 不愉快な勘違いをされたことはもう忘れるとしよう。


 ――沈む夕日を背負って帰路につきたどり着いた、自宅。

 リビングでは、豪勢な食事が用意され、部屋も飾り付けられ、俺はタスキをかけられていた。


「なんで本日の主役?」

「新生活おめでとうパーティー。お姉ちゃんは、リアムちゃんが初日からチヤホヤされてて嬉しい!」

「やっぱストーキングしてたか」


 予想はしていたが、引きこもりの姉貴には学生生活も筒抜けらしい。


「お姉ちゃんね、リアムちゃんが楽しそうに女の子と会話してるの嬉しかったよ。年相応って感じで」

「別に仲良くはしてないだろ」

「してたよ〜! お肉アーンしてもらっちゃって!」


 焼きすぎて硬くなった肉を強引に口にねじ込まれていたあの瞬間のことを言っているんだろうか。あれはアーンと呼べるのか?


「坊ちゃん、大変成長なさいましたね……! このスチュアート、大変嬉しゅうございます!」

「大袈裟だな」


 姉が取り分けてくれる、テーブルに置かれたチキンを口に入れながら、感極まるスチュアートを横目で見る。年々感情が昂りやすくなってる気がする。


「美味しい? リアムちゃん」

「美味い」

「よかった〜! 今日市場で活きのよかった鶏ちゃんだよ」


 命は尊い。社会には食物連鎖が存在することは承知しているし、可哀想なんて思わない。

 だが今その情報はいらない。ちょっとなんか、あぁ……ってなる。


「……まぁ、うん。糧になってくれよ」


 普段よりじっくり噛み締めるチキンは、少しばかり優しな味がした。


「坊ちゃん、お食事中すみません」

「どうした?」


 スチュアートは俺にタブレット端末の画面を見せてくる。


「これは……」


 映されているのは、街中をクラッカーに変えて砕いていくマゾックの姿。

 また出たのか。だが、聖が既に交戦している。俺の出る幕は無いんじゃないか?


「リアムちゃん、ここは一旦聖ちゃんに任せとく?」

「そうだな、今はバイクが壊れて移動手段もないしな」


 そう言い訳しながら、街中の監視カメラをハッキングして映し出された映像を、タブレット端末からモニターへ繋いで大画面で鑑賞することにした。


 流石スチュアートと言わざるを得ないハッキング技術。

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