7撃 転校生二人

 ***


   

 朝日が眩しい午前七時。


「坊ちゃん、早くお目覚めを。今日から学校ですよ」

「……へ? 編入ってすぐするって話だったん?」

「ええ、善は急げです」


 姉貴はきっとまだ夢の中だが、俺は制服に袖を通した。

 ブレザーのような、ローブのような、なんとも言えない紺の制服。


「なぁスチュアート、これ指定の制服? 裾長くない?」

「カスタムでございます。坊ちゃんに似合うよう、ローズ様と熟考いたしました」

「似合ってる……か?」


 今から行く学園は制服のカスタムが許されているとは言え、装飾を加える程度だろう。丈まで変えるやつなんてそうそういないはずだ。ましてや編入初日で。


「目立ちたくないんだけどな……」

「大丈夫です、学院にはいろいろな人がいますよ」


 憂鬱な気分のまま、俺はスチュアートに送られて学院の門を越える。


「おはようございます」

「お……はようざす……」


 校舎に入るドアの前で、挨拶を繰り返す生徒に驚かされ、満面の笑みに気圧される。

 なんだここ、すれ違う人物全員が自信に満ちた表情をしていて、中には木剣を帯刀している生徒も見受けられる。


「まじでこの学院、カイブツ退治を目標としてるってことか」


 私立トレジャー学院。所在地はレアルタにあるにも関わらず、カリキュラムのほとんどは、カイブツを倒すための体術や剣術を主とした特殊な学舎。


 レアルタではカイブツの存在は知られていないはずだが、案外そうでもないらしい。政府が隠蔽していることも少なくない。家族をカイブツに殺された人たちだって、主張しないだけで一定数は実在しているとスチュアートから聞いた。

 俺は知った気になってグラムを握っていたが、知らないことも多かった。この学院に踏み込んで、それを改めて実感した。


「あくまで精神を鍛えるためのカリキュラムですって無謀なブラフかましてるところが、カイブツを知る人物が少数派だということを証明しているな」


 カイブツの存在を知る生徒よりも、やはり何も知らない生徒の方が多いのが現状。知らない方が幸せだろうが、知らずの間にカイブツ退治の技術を身につけてしまうのは同情してしまう。


「にっしっし! お前オモロイなぁ! さっきからブツブツ呟きながら校舎見渡してなにしてんの?」

「…………」


 背中越しに耳を騒つかせる声が浴びせられる。振り返ることをせず、視線を少しずらして後ろを確認する。

 そこには、俺と同じ紺色の制服を着た男が仁王立ちでいた。だが、俺の制服とは違い、裾が極度に短かった。


「おーい、聞こえとる?」


 前が開いた短ランから、加圧シャツで強調された筋肉を魅せる男は、俺の顔を覗き込むように前にまわる。


「急いでるから、これで」


 関わるのは面倒なタイプだ。俺の勘が、そう知らせていた。


「これが都会の冷酷さってやつかぁ。世の中世知辛いなぁ……」


 何か言っている。そんな男を無視して、事前に指示されていた一年一組の教室へと向かった。

 道中、ジロジロと見られたが、無地に教室に辿り着けた。ホームルーム前に担任が紹介してくれるため、着いたらまずは教室前で待てとの指示だ。


「あれ? お前さっきのオモロイやつ!」

「……」


 教室の少し後ろから、先ほど聞いたばかりの騒音が聞こえてくる。


「君がサリバン・リアムくんかな?」


 そしてもう一つ声が聞こえる。声の方へ向くと、短ランの男とジャージ姿の女がいた。


「誰だ?」

「こわこいつ担任にタメ口やん。なぁアイちゃん?」

「君も大概だからね?」


 アイちゃんと呼ばれた女は、どうやら教師らしい。


「アイの名前はアイリス・ビルー。君と彼が今日から過ごすクラスの担任です、アイ先生でいいよ。よろ」

「俺は東晴人、よろしくやでリアム!」


 ヒョイっと手を上げて挨拶するアイの横で、東晴人と名乗る男は馴れ馴れしく話しかけてくる。


「え、このやかましいやつ一緒なの?」

「リアム口悪! ええやん、おんなじ日に転校してきたんやから、仲良くしよや」

「そうだよリアムくん、こんな騒がしい子でも一人だと寂しいと思うから、仲良くしてあげてね」

「いや先生も酷い!」


 数分言葉を交わしただけだが、この男はとても騒がしく、バカだと言うことが理解できた。無性に蹴りたくなる性格をしている。


「痛っ!」

「朝から騒ぐなうるさい」

「リアムくん、他の子は蹴っちゃダメよ」

「俺はええの!?」


 軽く挨拶程度の蹴りを済ませ、俺は二人より早く教室へ入る。

 見渡せば、似たような服を着た数十人が一斉に俺を視認する。こいつらがどうやら俺のクラスメイトらしい。


「転校生?」

「ああ」

「きゃー! クールじゃん! いいねいいね、どこから来たの?」

「なんだお前ら……」


 俺の席はどこかと周りを見渡しながら黒板の前に立っている俺に向かって、数人の生徒が寄ってくる。俺の席はどこだ? テキトーに座っていいか?


「ねぇねぇお名前は?」

「サリバン・リアム」

「もしかしてファンシルの人? いいなぁファンシル憧れるなぁ」


 1人の生徒が胸の前で手を組み祈るように天を仰ぐ。

 ここレアルタに住む若者の中には、ファンシルに対して幻想を抱く人も一定数いると言うことは知っていた。が、ファンシルは未知なことが多い。

 レアルタの人間は、危険を避けるためにファンシルへはなかなか立ち入ろうとしない。だから幻想も抱く。実際危険なんてほぼない。カイブツがたくさんいるくらいだ。


「おいおい新入り、女子にチヤホヤされてるからっていい気になるなよ? ちょっと顔が良くて、ちょっと男らしい体してるからってよ。どうやったらそうなれるか教えてください、お願いします」

「そうだぞこの野郎、教えてくださいこの野郎」


 オラオラと威嚇しながらも何故か低姿勢な男子生徒にも絡まれる。


「……よく食べてよく寝てよく動け」

「ありがとうございまぁぁああす!」


 何だこいつらは。

 いつのまにかクラス中が騒がしく盛り上がっている。これは歓迎されてるって解釈でいいのだろうか?


「おーおーめっちゃ盛り上がってるやん!」

「誰?」


 満を持して。みたいな雰囲気で口角を上げて教室へやってきたのは、東晴人。後ろからそれを面白がるようにアイが微笑んでいる。


「どうもー! 今日からこのクラスの一員で、同じく今日からのリアムの親友、東晴人です! 気軽に、あずくんとか、はれくんとか呼んだってなぁ!」

「へー、東も転校生か」


 クラス中の反応は、それだけで終わった。


「え、リアムに人気総取りされてるやん。泣ける」

「はーい、みんな着席。リアムくんと東くんは教卓前のそこね」


 俺たちは揃って、一番前の中央に並んで座るよう指示された。


「なあリアム、リアムは一瞬にしてチヤホヤやのに、俺の扱い雑くない? おんなじ時期に来てんからもはや俺はリアムのハッピーセットみたいなもんやん? 俺もチヤホヤされたい!」

「お前、それでいいのか」

「当たり前やん、チヤホヤされるならどんなに惨めでも長いものに巻かれる」


 なにをドヤ顔で言っているんだ。


「てかみんなほんま冷たいよな。苗字やで? くん付けすらしてくれへん。ちょっとは好感度分けてや」

「大人しくアイの話聞け晴人」

「……ちゅき!」


 名前を呼べば大人しくなると思ったが、逆効果だった。

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