5撃 さぁ、正義を燃やそう!

 スキレットマゾックを目視で確認できる近さまで近付けたが、ここでついに息の限界と暑さの限界が訪れる。

 そして、違和感にも気付く。


「なんなんだお前はジュワ! 本当に人間か!?」

「気安く人の命を奪うあなたに、私は屈しない! みんなは必ず私が護るんだ!」


 逃げゆく人々を背に、一人の人物がマゾックに啖呵を切っている。

 その人物に俺は見覚えがあった。最初にマゾックが現れた時、スキレットを弾いて幼女を助けた女子高生だ。


「なにやってんだあいつ」

「女ぁ! 死にたいやつなんていないなんてぬかしてたジュワね! だがお前は早く死にたいように思えるジュワ!」

「死にたくないってば! でも……私の命でみんなが救えるなら、投げ出しても構わない」

「よく分かったジュワ! トドメを刺してやるジュワァ!」


 バカバカしい。命で命を救う? 本末転倒だな。


「……今度は邪魔が入る前に蹴散らす」


 手に持つグラムを握り直し、マゾックに距離を近づけて行く。だがまだ人が多い、剣を振り回すのは得策じゃない。

 パーカーのフードを深く被り顔を隠す。ついでにマスクもつけよう。サングラスも……いや、流石にやりすぎか。


「ジュワァ! スキレットアターック!!」


 振りかざす大きなスキレットの軌道を確認する。スキレットの大きさ、振りかぶる動作から、ある程度の予想は出来る。スチュアートが。


『坊ちゃん、約二秒です!』

「十分――」


 姉貴の黒魔法を通じてスチュアートが声を上げる。スキレットが女子高生に当たるまで約二秒、俺がマゾックに飛び込むには十分な時間だ。


 だが。


「――ジュワァァアア!!」


 俺が飛び込む準備を一秒未満で整えた時、空を斬り裂く轟音があたりに響き、マゾックが持つスキレットごと、腕を深く斬り込む何かが飛んできた。


「なに!?」


 女子高生の前に突き刺さるのは、白く輝く一本の剣。グラムと対比するように、シャープな見た目のそれは、燦然と煌めいていた。


「え? 私が? 無理だよ!」

「ジュワ……?」

「……うん、分かった! 戦うよ、私」

「だ、大丈夫ジュワ……?」


 剣の前に立ち、一人で会話している。そんな女子高生を敵ながら心配するスキレットマゾック。

 剣と会話している……?


「行くよ! エクスカリバー!」


 地面に突き刺さるエクスカリバーと呼ばれる剣。女子高生はそれを力強く抜いて天高く剣先を突き上げた。


「変身!」


 光が辺りを覆う。

 そしてその光が消える頃。そこにいた女子高生は消えて、代わりに全身赤スーツの人物がエクスカリバーを構えていた。


「あの派手な見た目……」


 この世界で初めて見るその姿、だが俺はあの全身スーツを知っている。派手なカラーの全身スーツに、転々とつけられたアーマー。動きやすさを重視したのか、簡易的な鎧のようなデザイン。


「繋がった、全てが」


 あの見た目、間違いない。前世で友人に勧められていた漫画に出てきてたやつだ。確か主人公だった気がする。


 俺は、漫画の世界に転生してたってことなんだろう。異世界に転生したことは分かりきっていたが、まさか異世界と現代が混ざる世界を題材にした漫画の世界に転生していたとはな。いや、レアルタとファンシルに分かれている謎の設定の時点で気付くべきだった。


 薄れつつある前世の記憶でも、作品の概要くらいは記憶にある。しつこく友人に聞かされ、嫌でも脳に焼いついている。内容は深くは知らないが、五人のカラフルな戦士が敵を倒すというよくある話だった気がする。


「さぁ、正義を燃やそう!」

「決め台詞かそれ?」


 捉えようによっては、正義を否定する敵みたいだな。って漫画をチラッと読んだ時にもツッコんだ気がする。


「姿が変わったところで、消される未来は変えられないジュワァ!!」

「それはどうかな?」


 剣を繊細に振るう赤は、マゾックのスキレットを鋭く斬りつける。そのまま、マゾックの顔を激しく拳で殴打する。


「ジュワワァァアア! な、なんだこの威力……!」

「すごい! 力が湧いてくる!」


 赤が振るう剣は徐々にスピードを増していき、共にパワーも上がっている。その証拠に、スキレットマゾックのフライパン似の顔はみるみると欠けていく。


「一気に終わらせるよ!」


 声高らかに叫ぶ赤は瞬時に間合いを詰めて、激しく斬撃を浴びせた。


「ジュワァァアア!! 負けた……ジュワ…………!」

「うぃん!」


 サラサラと光の粒子になるように、この場から消えていくスキレットマゾック。死んだ……のか? 体を細かくして逃げた、なんてことは考えられないだろうし、あいつは命が尽きたのだろう。


「俺の出番無かったんだけど?」

『何あの子……! リアムちゃんいらないじゃん!』


 おい。


「いらないってことはないだろ姉貴」

『でもリアムちゃん、あの子に勝てる?』

「……」


 剣を持っていて、腕に多少の自信があっても、生身の人間がヒーローに勝てると思うほど自惚れてはいない。俺が親の仇を取ると息巻いていたが、主人公が現れたんだ。もう俺の出る幕は無いんじゃないか?


『あ、もしかして自信喪失しちゃった?』

「うるさいな、してない。あいつより弱くても、両親の仇は俺が取る」

『そ、良かった。戻っておいで、優しいお姉ちゃんが慰めてあげよう』

「バイク壊れたから帰れない」


 俺のバイクは、熱に大破させられた。タイヤは爆散したし、弾け飛んだ車体は炎上した。どう足掻いても乗れないだろう。


『スチュアートがさっき迎えに行ったよ。あと破損したバイクのパーツ回収に何人か使用人も向かってる』

「助かる」


 姉貴の黒魔法で大きなものや、人間を移動させるのには魔力の消耗が激しいらしい。

 スチュアートが来るのを待とうと大通りの道路に出ようとした時、ふと目に映るのは変身が解けた赤の姿だった。


 疲れが一気に来たのか、肩で息をしている。制服の胸を掴み、苦しさを紛らわせようと深く息を吸う赤は、地面に膝をついている。


「ありがとね……これからもよろしく……」


 赤がエクスカリバーに言葉をかけると、フワリと空を舞いエクスカリバーは姿を消した。


「あいつ、剣と会話が出来るのか?」


 呆気に取られていると、不意に赤が地面に倒れ込む。


 騒ぎが収まったからか周りに人も集まってくるが、腫れ物には触れるなと言う雰囲気で誰も赤に近付こうとしない。まぁ時間が経てば自力で立ち上がれるだろ。


「いやダメだ焦げる」


 地面はマゾックに熱されている。最高温度ではなくなったものの、長時間肌を密着させていれば焦げて火傷になるだろう。


「ちょっと動かすぞ……って言っても聞いてないか」


 赤を抱え上げる時に、右手がアスファルトに触れる。ジュッと短く焼ける音がした。


「……っ」


 だが今は火傷なんて気にしている場合じゃない。人目もある、抵抗できない女性を急に現れた男が運んでいくのはあまりにも絵面があれだ。通報されたらめんどうだ、ささっと人目のない場所に連れて行かないと。なんか悪いことしてる気分になってきた。

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