4撃 時には街だって熱される
***
「……逃げられた」
ファンシルでバイクを走らせて数時間。俺は完全にマゾックを見失っていたため、大人しく自宅へと戻った。
「おかえり、リアムちゃん」
水晶を片手に出迎えてくれる姉貴を視界から逸らし、奥に見えるスチュアートを見据える。
「あいつ、なに」
今分かっていることは三つ。
一つは知能を持ち人の言葉を話すこと。特殊能力を操るということ。そして、俺の両親の仇。
俺にグラムを握らせたスチュアートなら、把握しているだろう。
「坊ちゃん……」
「知ってるんだろ?」
手に持っていた掃除道具を壁に立てかけるように置くスチュアートは、深く息を吸う。
「旦那様、奥様……。どうやら坊ちゃんに全てをお話しする時が来たようです」
壁に掛けられた両親の肖像画に語りかけると、スチュアートは俺をある場所へ誘う。
そこは、肖像画が掛かる壁に隠された通路から入れる地下室。この家、こんなのあったのか。
「ことの始まりは、坊ちゃんが産まれる前からでございます」
「俺の両親はずっとカイブツを退治してたんだろ?」
「ええ、立派な方々でした」
両親の武勇伝は、よくスチュアートから聞かされていて知っている。
「旦那様たちの敵は、地球の支配を目論むマオウ軍と名乗るカイブツの軍勢。先ほど現れた知能を持つカイブツ、マゾックの集団でございます。当時、自分も共に戦っていましたが、旦那様たちにフォローされてばかりでした……」
後悔を滲ませると、次第にスチュアートは惨劇を思い出し涙を少し浮かべた。
「マオウとの激戦の挙句、なんとか封印することが出来た旦那様たちは、不意を突かれ……仕留めきれていなかったマオウ軍幹部に……! 自分は意識を失っていたからか、トドメを刺されることなく、歳を重ねました……」
「その幹部、どうなったの」
「分かりません。ですが恐らく、生きています。今回全て討伐したはずのマゾックが現れたことが、何よりの証拠でしょう」
地球を支配しようとするマオウ軍? 不意をついたマオウ軍の幹部? それが親の仇か?
「俺はカイブツを退治するためにスチュアートに鍛えてもらった。それは、いずれこうなることを理解してたからか?」
「……左様でございます。勝手に重荷を背負わせてしまったことは、許していただけることではないでしょう。ですが……ですがどうか! 旦那様と奥様の無念を晴らしていただけませんでしょうか……」
力強く語るスチュアートを見るのは初めてだ。いつも、どんな場面でも冷静なスチュアートの珍しい姿に、俺は少し困惑する。
「グラムは元々旦那様の武器。そんなグラムに、坊ちゃんは選ばれた。幼少期に、もしやと思い持っていただいた時、自分は運命を目撃しました」
魔剣グラムは、秘められた能力がある武器だと聞かされた。そんなグラムは所有者を選ぶ。もしも選ばれなければ、戦うことはおろか、素振りすら出来ないらしい。
「分かった……両親の仇は俺が取る。だからもう頭下げなくていい、俺の師だろ。堂々としててくれよ」
「坊ちゃん……! あぁ……立派になられて……」
フルフルと肩を小刻みに揺らすスチュアートは、一枚のカードを俺の手に握らせる。
「時がくれば、必ず役に立ちます……旦那様の残した、最後の希望を……どうか……!」
紋章が刻まれた一枚のカード。見たことのない紋章だが、剣のようなデザインで、スチュアートはそれを父親が残した最後の希望だと言った。
それだけで、持っているには十分な理由だ。かさばる訳でもないし、俺は上着の内ポケットに入れた。
「スチュアート、マゾックを探す。姉貴と一緒に探してくれ。親の無念くらい晴らせないと息子と名乗れない」
「承知しました……!」
俺には四人の親がいる。こっちでの両親は肖像画でしか見たことがないし、転生前の両親の記憶はもうほぼない。二度も親と離れ離れになった俺にとって、親に関することには重みがある。言えなかった感謝を、行動で示す。それが今の俺に出来る最適解だろう。
倒したと思った敵にやられたのは無念だっただろう。息子が自分より先に死んだのは無念だっただろう。
だから俺は生きて戦い続け、両親を殺めた幹部を倒す。転生前はすぐに死んだが、この世界では最後まで生き抜いてやる。
そう決めた俺は、姉貴が待つ部屋に戻る。
「おかえり、リアムちゃん」
涙目の姉貴の手にはまだ水晶が持たれていて、最初に見た位置から姉貴は動いていない様子だった。無視されて拗ねていたようだ。その証拠に、姉貴の目には冷たさを少し感じる。
「姉貴」
「マゾックならまたレアルタに行ったわよ」
「――! 調べてくれたのか」
「だって、無念くらい晴らせないと息子と名乗れないんでしょ? だったらわたしにも手伝わせてよ。娘だけどね」
部屋で微動だにしていないと思っていた姉貴だが、いつもの水晶ストーキングは実行していたらしい。
「やっぱ姉貴頼りになるわ。ストーキングはガチやばいけど」
「ストーキングじゃないよ? 見守ってるだけ。ね、スチュアート」
「……ノーコメントでお願いしますローズ様」
視線を逸らしながら言葉を濁したスチュアートは、空気を変えるようにその場から離れて家の掃除に戻った。
スチュアートにもやってもらおうと思っていた、マゾックの捜索は姉貴が一人で終わらせた。やることがなくなったスチュアートは、掃除に戻るしか無かったのだろう。遠ざかる背中は少し寂しげに見えた。
「……行ってくるわ」
「お姉ちゃんはスチュアートにそれとなく謝っとこかな……」
***
レアルタ。再び現れたマゾックを追ってたどり着いたのは、先ほどと同じオフィス街。
だが先ほどと違い、空気が激しく炸裂する音が響いている。
「なにが起きてる……? にしても暑すぎないか?」
音が大きくなる方へバイクを進ませるが、ジリジリと熱が空気を焼くのを肌で感じる。
パァァアン――!!!
「っ!?」
車体が宙を浮き、ホイールが激しくアスファルトにキスする。
火花を散らして転がり俺から離れていく車体、ヒビが入り頭から外れるヘルメットも共に離れていく。
「破裂した!?」
『リアムちゃん、異常気象起きてる! 今リアムちゃんに起きた現象があちこちで頻発してるの。高熱にタイヤが耐えれてないみたい!』
俺が横たわるアスファルトから、姉貴の声が聞こえる。
俺のグラムを収納する際に使用する、姉貴の十八番の黒魔法を通じて声を飛ばしている。水晶で監視して声を黒魔法で飛ばす。これでいつでもどこでも会話ができると姉貴は喜ぶが、常に監視されている俺からすれば喜べたものじゃない。便利なのは否めないので黙認している。
「犯人はあいつ?」
『うん、急いだ方がいいかも』
相手はスキレットで人間を焦がしたのはカイブツ。今度は街ごと焦がすつもりらしい。
進もうにも地面はもうすでに灼熱と化している。これが焼かれていく肉の気持ちか。
「すぅ……」
息を吸う。深く、深く。
肺が空気で満たされた時、口をつぐむ。詰め込んだ空気が漏れないよう、しっかりと息を止める。
靴が熱を通す前に、右足、左足、素早く入れ替えて前へ前へと駆け抜ける。
息を止める苦しさから、多少の熱は感じない。だが、それもキャパがある。空気は熱気を帯び、汗は止まらないし、靴にも熱が蓄積していく。
「ぶはっ! あっつい!」
――――――――――――――――――――――――
《あとがき》
「リアムちゃん! お姉ちゃんは……」
「なんだよ」
姉貴は唐突に言葉を溜めて俺を焦らし始めた。
「これからのリアムちゃんの活躍を世界中の人が知ればいいと思ってる!」
「そうか……」
突然何を言い出すんだろうかこの姉貴は。
「だからね? 気が向いた時でいいからフォローしてくれると嬉しいな!」
姉貴は俺に背を向けて何やら机に向かって言葉を投げている。
「その言葉、誰宛?」
「水晶に映る希望に向けてだよ」
言って姉貴は、あざとくウインクしてみせた。
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