3撃 ジュワ
***
レアルタに建てられた要塞のような外観の、トレジャー学院。名前こそふざけているのか? と思うものの、割と教育体制が整えられた学校。
「よ! 元気してたか?」
下足室に響く、騒がしい晴人の声。いつもなら冷たくあしらうが。今回は……。
「おはよう、晴人こそ元気してたか?」
「お……おぅ? い、今……返事してくれたん? 嘘やろ!? 誰!?」
拝啓、姉貴。こいつとは仲良くできないかもしれないです。
「俺だよ」
「痛っ! この蹴りはリアムや! どしたんどしたん! 急に返事してくれたりして~!」
からかうように、脇腹を突いてくる晴人。もう一発蹴ってやろうか。
――と、考えていたら。
「あ、おはよう! リアムくんに西くん!」
紅葉で着飾ったかのような赤毛、その赤毛と同じ色に輝く瞳の女生徒。
彼女は、この学院のマドンナと言っても過言ではないだろう。圧倒的なカリスマ、それに加え学年関係なしに話しかける、コミュニケーション能力。
そんなマドンナ岸田聖に、俺はなぜか目を付けられている。そして、俺も彼女に目を付けている。なぜなら……。
「聖、ボロボロだな?」
「えっ!? あ、うん。ちょっと転んじゃって」
赤いヒーローの正体だからだ。
かと言って俺はこいつとは深く関わらない。こいつは隠そうとしているし、俺も正体がバレると面倒なので距離を取っている。つもりだがなにかと絡まれる。
「いつまでそうしてんの? 聖はもういないぞ?」
聖は、誤魔化すように笑いながら廊下を駆けていって、既に見えなくなっている。
「ッ! 今日は最高の日やわ! リアムが返事してくれるし岸田さんが俺の名前を覚えてくれてるなんて!」
はっと我にかえり、聖に名前を覚えられていたと喜ぶ晴人。お前はまず自分の名前を覚えた方がいい。
「ほら、早く教室いくぞ。西晴人」
「誰やねんそれ」
こいつはやはり、もう一発蹴ろう。
「にしてもほんま岸田さんかわええなぁ」
「俺は苦手だ」
晴人は聖に想いを馳せるが、俺はあいつの正義感が気に食わない。ひと目見た時から。
あいつを知ったのはそうだな、レアルタにマゾックが現れはじめた頃くらいだったか。
***
時間は少し遡り。
「随分、ここのカイブツも活発になってきたな」
ファンシルにある洞窟でグラムを振り始めて二時間。
以前にも暴れていたらしいが、二年前にカイブツがファンシルの村や街を本格的に荒らし始めた。その日からグラムは、素振りの道具ではなく、カイブツ退治の武器となった。
転生した俺は、貴族で冒険者。亡き両親を継ぎ、カイブツからファンシルを護ることが役目だ。
「五歳の時にスチュアートからグラムを渡された時は困惑したけど、もう手に馴染みきっている」
毎日毎日、ファンシル中の洞窟や神殿に出向いてグラムを振り続けても、カイブツは出現し続ける。
『リアムちゃん大事件!』
姉貴からスマホに連絡が届く。チャット画面に短文が一つ。要件は大事件が起きたことへの報告らしい。
『何事?』
洞窟の出入り口付近で、俺は姉貴にチャットを返す。すると一秒も満たないうちに返信が届く。
『レアルタのオフィス街でカイブツが暴れてる!』
大事件じゃないか。
俺がカイブツの存在を知ってから今まで、レアルタで暴れたなんてこと聞いたことはない。全てファンシルでの出来事で、レアルタでは知られていないはずだ。
『すぐ行く』
それだけを姉貴に返信して、俺は洞窟前に停めてあるバイクにまたがる。
手に持つグラムを地面に突き刺すと、水晶で俺をストーキングしている姉貴が黒魔法で収納してくれる。監視は引くがこういうところは非常に助かっている。
「急いだ方がいいよな……」
アクセルを握り、何度か排気音を響かせる。
洞窟や森などが立ち並ぶファンシルには似合わないバイクで疾走する俺は、瞬く間にレアルタにたどり着く。
「キャー!!」
「な、なんだあいつぅぅうう!!」
休日の昼下がり、いつも穏やかな日々が流れるレアルタで、悲鳴が上がっている。
「ジュワジュワジュワ! 焼けろ! 焼き上がれ! 狐色にぃ!」
「だ、誰かぁ! た、たすけ……ぎゃぁぁぁぁ!!」
小さなスキレットが逃げ惑うスーツ姿の男に直撃して、ジュワっと焼け焦げる音が響く。
スキレットを投げつけるそいつは、フライパンのような形のカイブツ。
「あれが……」
「我は! マオウ軍雑兵代表! スキレットマゾック! 下等な人間どもをこんがり焼きに来たジュワ!」
噂には聞いていた。知能を持ち人の言葉を話す、特殊能力を操るカイブツも存在すると。そして、俺の両親はそのカイブツに殺されたとも聞かされている。
「ジュワジュワジュワ! 全員狐色に焼いてやるジュワ! スキレット追尾システム稼働!」
「な、なんで……かわしたのに追ってくるん――ぎゃぁぁあああ!!!」
容赦無く飛ばされるスキレットは男を追尾し、必中する。他にも、逃げ惑う人たちを執拗に追尾し続ける。
「たすけてぇ!」
「っ! 早く逃げて!」
幼い少女をスキレットが襲う時。そのスキレットを、突如どこからともなく現れたスクールバッグが弾き落とす。
バッグの主は、制服を着た赤毛の女子高生。
「怪我は!? 大丈夫?」
「う、うん……お姉ちゃんありがとう」
涙を滲ませる少女に対して、輝くような笑顔を見せる女子高生。
「気にしなくていいよ、早く逃げて」
「ジュワジュワジュワ! 女ぁ! よほど早く死にたいようだ!」
逃げゆく少女の背中を見送り、女子高生は先ほどの少女に向ける表情とは異なる険しい眼光でカイブツを刺す。
「死にたい人なんているわけないでしょ! なんでこんなことするの!」
「ジュワジュワァ! 弱者は吠えることしか出来ないジュワ!」
スキレットマゾックと名乗るカイブツに怯むことのない女子高生。
「いや、怯えてはいるのか」
力強く握る拳は、小刻みに震えている。
早く助けに行くべきだが、レアルタで武器を振り回すのはまずい気がする。ファンシルには存在しないがここレアルタには、転生前に生きていた日本と同じ法律が存在する。短時間なら問題ない気もするがな。
ビルの影に隠れながら俺は、人の群れがマシになる機会を伺っている。
はやくあの女子高生も逃げてほしい。
「そこの怪物止まりなさい! 完全に包囲している!」
俺の願いは叶えられることなく、さらに人が集まる。群がってきたのは、完全武装した警官数十名。
女子高生を護るようにマゾックだけを包囲すると、拳銃を構え、威嚇の一発を発する。
「あんなの、撃つだけ無駄だろ」
案の定、マゾックに傷一つ付けることすら出来ない。
マゾックも呆れたように警官たちを見回す。
「不愉快ジュワ! だが……人数が多すぎるジュワ。戦略的撤退ジュワァ!」
「ま、待ちなさい!! 追え追え追えー!」
辺りを、赤く熱されたスキレットで焦がしながら、スキレットマゾックは警官の包囲網を潜り抜けて逃げ去っていく。
「ったく……めんどくさいことになった。姉貴、追う」
ヘルメットを被り、グラムを地面へ突き刺す。
どうせ姉貴が監視している。独り言も、突き刺したグラムも、必ず姉貴は見逃さない。
「……」
排気音を聞きながら、俺は背中越しにあの女子高生に視線を送る。
タフな人物だと思った。トラウマになってなきゃいいけど。
逃げ去った方角から予測するに、ファンシルへ逃げ込んだんだろう。逃げた方角の遥か先に洋風の城が微かに見える。ファンシルのシンボルであるあれが見えると言うことは、間違いない。確実にファンシルに逃げ込んだ。
「ファンシルからわざわざ出向いたのに、また戻るのかよ」
忙しない1日を憂いながら、俺はアクセルを握る。
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