2撃 人は成長する
***
「この差はどうにかして欲しいんだよな」
さっきまで居た俺が転生する前の世界に酷似した世界レアルタから、俺の住む屋敷があるファンシルとの境界。
レアルタには、堂々と立ち並ぶビルの数々。それに対抗するように、ファンシルからは教科書でしか見たことのない、中世のような造りの建造物が構える。境界の真ん中からみた景色の歪さに酔いそうだ。
「よう! 今帰りか?」
ファンシルに戻ろうとしたその瞬間、力強く背中を叩かれる。
「なんだお前か。疲れてるから話しかけるな」
「にっしっし! 冷たいこと言わんといてや、俺らはおんなじ日に転校してきた同士やん? 仲良くしようぜ?」
力強く俺の背中を叩いていた状態から、流れるように肩を組む
俺がレアルタの学校に転校したその日、こいつも他の地方から転校してきた。そのせいか、仲間意識を持たれダル絡みが絶えない。
喧しく、人との距離の詰め方が下手くそなこいつは、正直苦手だ。
悪いやつではないのだろうが、俺は群れない。なぜなら人はいずれ離れる、その時に虚しくなるだけだ。
だから俺は下手に相手せず、東晴人から逃げるようにファンシルへ足を踏み入れ、自宅へと歩みを進める。
「――おかえりなさいませ、坊っちゃん」
「ただいま」
晴人を蹴り飛ばし、屋敷に帰った俺を出迎える執事のスチュアート。
スチュアートは、少し長く伸びた髪を一つに括っている。だが、たくましい、白髪の壮年男性だ。そんなスチュアートは、毛先を軽く揺らし。
「それで、レアルタに出没するマゾックとそれに対抗するヒーローはどうでしたか?」
俺に訪ねる。
今回現れたマゾックの手応えを知りたいのだろう。
「相変わらず大したことなかった。マゾックも、ヒーローも」
「左様ですか。して、変身状態で上手く立ち回れましたか?」
聞きながらも、慣れた手つきで紅茶を淹れる執事、スチュアート。茶葉の香りが室内に充満した頃、俺の姉貴が自室からのそのそと出てきた。絡まれるとめんどくさいのでスルーしておく。
「出来たけど、マゾックにポージングを強要された」
マゾックの行動に困惑したのか、俺が冗談を言っていると思って考えているのか、しばらく固まるスチュアート。そんなスチュアートが動きを取り戻し、言葉を発しようとした時だった。
「――リアムちゃん、マゾック相手に圧勝だったわね。見てたわよ? 可愛かったわ! ポージングもしたらもっと可愛かったのに」
水晶を手に持った、サリバン・ローズ。先ほど自室から出てきていた俺の姉貴だ。もうそろそろ、ちゃん付けはやめて欲しい。
「疲れたから寝る」
「だめよ~! お姉ちゃんに言うことあるんじゃない?」
始まった……姉貴のストーキングお説教。姉貴は、水晶と黒魔法を駆使して、俺を監視している。
姉貴が言いたいことはわかる。恐らくあれだ。
「お姉ちゃん言ったよね? お友達は大事にしなさいって」
「し……してる」
ニコッとした表情で俺に詰め寄る姉貴の目は、笑っていなかった。しっとりとした黒髪に長いまつ毛、膨らんだ涙袋。俗に言う地雷系、つまり怖い。
「嘘は嫌いだよ? 正直に言って、でないと監禁」
「してない……」
姉貴の表情筋が活動を休止する。
「だよね? どうして? 晴人くんいい子じゃない。ちゃんと優しくしないとダメよ? このままじゃ本当に一人になっちゃう」
「……仲良くなってから失うのが、怖い。最初から一人なら、怖くないし、辛くない」
この世界に転生して、赤子からやり直し。ここまで成長する間、ずっと考えた。前の世界での友達はもう三十路を超えている、なのに俺はまだ成人すらしていない。
同い年の友達を失い、それどころかもう会えない。楽しかった思い出さえも、もう微かにしか思い出せない。
怖い、大事にしていたものが自分の手から消えていく感覚が。二度とこんな思いはしたくない、姉貴もスチュアートも、いつかは失ってしまう。だから……。
「そっか……でもね、リアムちゃん。完全に失っちゃうなんてことは絶対にないの」
姉貴は、穏やかな声でこう告げる。
「確かに、リアムちゃんの記憶からは消えちゃうかもしれない。だけど、世界には残るの」
「残る……?」
ゆっくりと伸ばされた姉貴の腕は、しっかりと俺を抱き寄せる。
「誰と誰がどこで出会って、何が起こったか。こうしてお姉ちゃんが、リアムちゃんを抱き締めていることも、しっかり残るの。そしていずれ再会できる。だから恐れないで、今を楽しむのよ」
今を楽しむ。考えたことなかった。俺は今まで楽しんでなかった、人から逃げていた。自分が傷付くのが怖いから。つまらない人生送っていたな、俺。
「ありがとう。姉貴の言う通り、楽しんでみるよ」
「その調子よ、リアムちゃん」
「ああ……坊ちゃんが成長なさった……」
この後スチュアートは、「坊ちゃんのお気持ちに気付けないとは執事失格でございます」なんて嘆き続け。
姉貴は、「リアムちゃん、ほら人に優しくする練習よ」と言ってひたすら抱きついてきた。
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